ふぃりあ第四話【正常そもそもが狂った時計の人】伍

ふぃりあ
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アーニャ

『後ハ、アキツグ様ガ猿ヲ消シテ終ワリ…… 』
 護符の中で目覚める女を背後に、本来口になる部分に大きな目玉を持っていた白衣にマスクの男が仰向けに倒れる姿を見届ける予定でいたの……
 「これは……? 」
 元の自分の体に戻った院長は、自分の両手を見合わせて私の背後で状況を把握しようとしていたのに気付いたの……
 アキツグ様は狩りをしようとする猿を狩りに出掛けてしまった。
 私は万が一に備え、この病院に結界を張り犠牲を増やすなとお願いされた。
 正直に言えばどうでもいい話なのだけれど、愛している人のお願いを裏切る事は私の性分ではないので果たそうと思っている。
 『気付イタ? 』
 私は仰向けに倒れた男から注意を逸らす事無く女に声を掛けた。
 黒髪を巻いた、私と同い年くらいに見える人……
 病院の長…… って事だよね。
 若過ぎると思ったの。
 『院長先生カ? 』
 「私…… 薬品庫に隠れてて、それで…… 」
 思い出せないのは興味無いけど、私の質問に応えて来ないのは嫌……
 『病院モ貴女モ、私ノ結界ノ中ナノ…… 私ノ主人ガ来ルマデ離レナイデ 』
 解るわけないよね、結界の中とかなんて……
 貴女は心を入れ替えられていたと説明して、はいそうですか! なんて話が通るなら私達はこんな生き方してないもん。
 「おふだ? 」
 『ソレハ私ノ作ッタ結界ナノ。 貴女ハ出テコナイデ 』
 今仰向けの死体が微かに動いた。
 点と線が繋がった。 まだ終わりじゃないって……
 意識が回復しない女は私の結界の中でいてくれさえすれば良いの。
 『今カラ見ル出来事ハ、全部夢ダヨ…… 』
 私もアキツグ様も最初の茶番に気を取られていて盲点になっていたのね。
 この男に院長の精神…… 女に黒い猿が取り付いていた。
 この男の精神はそもそも何処にいたのか?
 私達は女の中にいたと思っていた。
 だけどそうじゃないんだ。
 精神が入れ替わっていたと思うのは、私達の先入観で女には猿が取り付いていただけ。
 この男は元々狂った人なんだね……
 猿の目玉を口に銜え込んでいたのは、男か猿どちらかが支配しようとしていた為なのかな……
 つまり今転がっているのは死体ではなくて、タイミングを見計らっている狂人なんだよ。 これで足し算でも引き算でも答えに繋がるぞ!
 アーニャ褒められるよ。 こいつを殺せば!
 『起・キ・ロ…… カプースタ。 鶏ガ朝ヲ告ゲル前ニ殺シテアゲル 』
 風に狂って廻り続ける風車…… 解るかな……?
 私の周りで音がするのはそういう音。
 ソレが何か解る時、誰しも生きてはいないのだけど……
 『久我、あなすたしあ。 ミドルネームナド無イ。 アキツグ様ダケノ女ダカラ…… 殺ス者ノ名ヲ冥土ニ持ッテ逝け 』
 「あぁ…… バレているのですか? 」
 拍手打つようなリズムで手を鳴らし、仰向けに横たわったまま顔だけを私に向けるこの男は、やっぱり何処か普通とは違う人間だと解るの。
 アキツグ様ならきっと……
 ほぉ? 面白い! とか言って目を細めて笑うんだろうけど、私はやっぱり少し怖いんだよ。 でも殺すけどね……
 白衣にマスクの男が、溜息混じりに立ち上がると濡れた布を私に投げてくる。
 速度も遅いし私に触れる事無く迎撃するだけで効果は無いのだけど。
 どれだけ持ってるのか不思議に思う、数十枚の濡れたハンカチが私の周りに落ちました。
 『ソレガ酸ダロウガ、毒ダロウガ、私ニ触レル事ハ無イ…… 』
 肩を上下に笑うんだ、この男……
 きっとモテ無いだろうな……
 「毒でも酸でも無いですよ…… くっくっく…… 」
 マスクの位置を直して距離を置いて、私を見て目を丸くするの。
 気持ち悪……
 「見た所…… 異人さんの様だが? お国はどちらかな? 」
 『露西亜だ…… 』
 答える必要もないけどね……
 「妖精のような肌の白き美しさですな…… 」
 『…… 』
 鳥肌立つなぁ……
 そのまま私を中心にぐるぐる回るだけ……
 「これ…… クロロホルムだ! 吸い込まないで! 」
 くろろほるむ? 何ソレ? 毒なのか?
 『院長、毒モ何モ私ニハ効カナイノ…… 』
 「それだけ甘い香りがするって言うのは大量な量よ! 多く吸い込んでしまっては動けなくなるの! 」
 へー…… 医学って色んな毒があるンダね。
 私でも神経系の毒は効果在った気がする。 トリカブト食べた時吐いたりしたもんね……
 『院長…… 時間ハドレクライデ効果ガ出ルノ? 』
 「四半刻くらいで麻痺し始めると思う 」
 結構な時間あるじゃないか。 この男独り葬るのに充分だよ。
 『アリガトウ 』
 間合いが少し遠いな……
 「私はね? 救うんですよ。 患者達を…… 」
 体を低くして立ち止まること無いまま話しかけてくる。
 白衣のポケットに手を入れて出すと、小さな包丁を幾つも出してきた。
 「外科医志望だったのですがね…… 」
 ですが、なんだよ? って私は思うけど黙る。
 にしても室内が甘―い香りに包まれていてお菓子を食べたくなるな。
 「異人さんの娘さんに突き立てるのは忍びないのですがね 」
 両手を交差させて投げてくるんだけど……
 本当この人自分に酔っているんだね。
 無駄なのにな。 その投げた刃物全部私には届かないよ。
 『ブリン! ナダィェロ! 』
 馬鹿なんじゃないかな? 竜巻に折鶴飛ばしたって中まで届かないよ。
 「診察して差し上げたいね! 」
 諦める事無く刃物を投げてくるけど、帝國の男はしつこいな……
 届かないと言っているのに……
 「娘さんの手前で何故か落ちてしまうね? 不思議な夜だ! 」
 大袈裟な男だな……
 格好も大袈裟だし、白衣姿で両手を広げて笑っては距離を置いて……
 頭痛くなってきた……
 「異国の娘さん? これはどうだろう? 」
 ズボンからガラス瓶を出して投げてきたよ。
 一個は天井で砕けて、一個は私に向けて投げて……
 へたっぴーだね。
 『…… 』
 そのまま瓶を割ってあげたけど、卵が腐ったような匂いが……
 「あぶない! これは毒ガスだよ! 」
 色々あるんだね? 私は死なないけど、貴女は死んでしまう。
 『ドウシタライイノ? 』
 「空気より重いから上には行きにくいと思うけど危険なの! 」
 なんだ! 簡単じゃん。 院長には悪いけどね。
 『ティフ! 』
 ほら! 院長の後ろの壁に風穴開けてあげる……
 「きゃぁ! 」
 どう? 空気入れ替えるくらい簡単でしょ?
 簡単過ぎるのと、頭悪い男のせいで吐き気もしてきたよ。
 「凄い破壊力ですね! 娘さん? そろそろ動けなくなってきたんじゃないですか? 」
 『…… 』
 言われると体の自由が利かない気もしないでも無い……
 けど何故?
 「クロロホルムが回ってきたんじゃ…… 」
 あぁ…… だから院長は口を塞いでたのか?
 私は死なないと言ってるでしょう。
 『私ハ死ナナイノ…… 』
 「そろそろ近付いても大丈夫そうですね? 」
 ひえええええ……
 そう言う事なの? 舐めてた、私この男臆病者だと思ってた!
 白衣の男が大きな鋏を背中から出してきて、開いて閉じて音を鳴らし始めた。
 私の操る白銀糸の制度が落ちてきた……
 実はこの男、頭良かったのですね……
 天井、壁、扉、窓……
 逃げるニシテも遠いな……

 

アーニャノ心ハ

 「先程から見えない何かは糸状の物だったのですな? 」
 天井に打ち付けたガラス瓶って、糸の起動を読む為だったんだ?
 大人って怖いね……
 起動上全ての糸を大鋏で切りつけて私に向かってくる……
 『チョルト、ヴァズィミ 』
 力が抜けてその場に座り込んでしまった。
 「到着、到着! 」
 ちっか! 私の直ぐ近くに白衣の男がきてしまった。
 「乙女の柔肌とは異国も変わりないのでしょうかね? 」
 『…… 』
 私の胸に手を伸ばす男が、心の底から殺してやりたいと思った。
 「痛! 」
 白衣の男は私の体の周りに、張り巡らせた糸に触れた。
 『イディオート! 』
 私の肌に触れて良いのはアキツグ様だけ、男は許さぬ……
 触れた瞬間、男が今まで投げ散らかした包丁が体に刺さる。
 二十? 三十じゃ足りないね。
 私の糸で縛った罠に次々と嵌る。
 何処かで見た植物のようにトゲトゲになって立ち尽くした。
 うーん? うーん……?
 アキツグ様なら格好良い一言でも付けて止めを刺す筈なんだ!
 うーん……
 『鳳仙花ニ触レテ地獄ヘ逝クト良イ…… 』
 喉元、頭、体中…… 叫び声上げることも出来ないまま。
 立ち尽くして死んだみたい……
 ふうう……
 私にしては油断したな。
 「サボテン…… 花が咲いたような光景…… 」
 『…… 』
 え? サボテン?
 何か聞いたことある……
 同じくらいの歳の帝國女に教養で負けた気がした……
 『院長? 貴女ッテ幾ツナノ? 』
 彼女の顔を振り返って見ることは出来ないの……
 負けず嫌いとかじゃないの!
 この立ち尽くした男が、実は普通の人間ではなくて、もう一度向かって来たらと考えると気を許してはいけない状況なの!
 「私ちょっと若く見られるけど三十路超えております 」
 恥ずかしそうに答える声がびっくりしたの……
 帝国の女は歳を取らないのか!
 ゆっくり振り返ると……
 頬を赤らめた院長の後ろ。
 私の空けた壁の風穴から、アキツグ様が笑いを堪えて私を見ていたの。
 『嫌ナノデス! 嫌ナノデス! 何時カラソコニイタノデスカ! 』
 顔から火が出るという言葉が、帝國にはありますね……?
 それを今感じて穴が在ったら入りたいのですが、私は穴の向こうのアキツグ様に飛び込んだのです!


 「アーニャ…… 月が綺麗だな…… 」
 『愛シテオリマス! 』

 これが私達の一日だったりするよ。

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