迷子
「迷ったさ…… 」
俺の愛した女が死んで八千代を産んだと言うのか?
しばし待ち母親代わりを連れてくるのかをな。
不思議と女は俺の家に馴染んだ。
従者共はこの女を親しんだ。
私は八千代の為と思い、八千代が懐けばこの家の引継ぎも兼ねて婚姻とも思っておった。
だがな……
八千代は中庭に独りになり、無限回廊が出来る始末。
息子を取り戻そうにも、俺一人の力では辿り着くことも出来なかった。
何が正しいか恥ずかしげも無く解らぬ。
忍んで求めたのは助けよ。
それは眼前のお前様に頼ると言う……。
俺以外の視点というものを見て聞きたいのだよ。
「なるほどね…… 」
そう思えるのは納得行くのだが、謎が解らぬものでな。
魑魅魍魎も何処から来るのか?
何故無限回廊になるのか?
何故撫子は一周する事が簡単だと言ったのか?
解らぬ事多いのでな……
今回は寝る事で絞めるとしようかな……
諦めると言うよりも無駄時間が嫌なのさ。
「享楽様…… 」
「おう。 リンドウ 」
茶を持ち部屋に入る女をリンドウと当主は言ったのさ。
黒髪の長い帝國服の似合う異人よ。
アーニャとは違い褐色の女とでも言うのかな……
「客に茶を用意してくれたのか? 気を使わせたな 」
「滅相も御座いませぬ 」
この女が母親代わりの女なのは私でも解るさ。
どれ頂戴したら休むとしようかな……
これより数日が同じ事の繰り返しになるとはこの日思わなかったのさ。
撫子も初日に一周した以外は迷い子になる始末。
ますます解らぬまま……。
私は開き直ったさ。
「撫子とアーニャを連れて無限回廊へ行くかな…… 」
迷惑な話だろう?
無限であろうと、こちらも一騎当千とは奢りではないからな……
『マイリマス 』
「皆で遊ぼうねーーーーー 」
両手を挙げて喜ぶ撫子は空気感と言うか緊張感無いが……
まぁ緊張するまでも無い…… かな。
三人入り口を前に扉が開けば最初から魑魅魍魎の中であったとさ……
『私ガ参リマショウ 』
一歩前へ出たアーニャは身動き一つ。
右手を肩より高く左側から右下へ振り下ろす。
ソレを合図に無数に待ち侘びた人外共がこちらへ向かってくるのさ。
それはそれは私達を喰らっては屋敷まで侵入出来る確信ある勢いでアーニャに向かったのさ……
『花鳥風月…… 』
一つの人外が見えない糸に貫かれ、それは花となり血飛沫が上がるのさ。
それを見た数体の人外は天敵に気付いた水辺の鳥の様に、その場を離れようと離散するわけだ……
アーニャの糸はソレを捕らえる気狂い糸よ。
四方など逃げ道など無い、八方まで雑ではないのさ。
刺さる音すら聞こえはせぬが、向かってきた獣も人外も張り詰めた見えない糸に貫かれて自由など無い。
風切る糸の音が暫し鳴るとアーニャが両腕を突き上げて振り下ろす。
大輪の華では例え切れない紅い月。
二度と見れぬ紅い紅い月がこの場に浮かぶのさ。
『ダスヴィダーニャ…… 』
地下室から屋敷へ抜けるこの距離が、獣も人外も絶望的距離に今は見えるのだろうな……
撫子パラダイス
「撫子遊んでおいで 」
「良いの? 」
笑顔でスカートの裾を持ち上げながら獣の群れへ向かっていく。
飛んで蹴り、抱きついて折り、ソレを投げては潰し……
純粋な殺戮は遊びという形でこの魑魅魍魎共へ恐怖を与えているのさ。
私も負けては居らぬとね……
呼んでみようと思ったのさ。
三つ首の犬をな……
「左に帝、右に地獄…… 上下還り表裏同一は門開くとな…… 」
立派だろう?
この漆塗りのような門構えは地獄門と言うらしいぞ……
何度こやつに殺され掛けたか解らぬほど禍々しく、不滅の番犬よ……
「出ろ! 三つ首 」
叫び声を聞いただけで弱い魍魎等死んでしまうだろう?
ほら、右足。 左足。
「この空間でちゃんと姿現せるかな? 」
《がああああああああああああああああああああああああ 》
真ん中の首だけ地獄門より出てない気もするが良いか……
二つ残ってれば殲滅出来るであろう……
「食事の時間だ! 好きなだけ平らげろ 」
蜘蛛の子散らすとは、よく例えるものだが逃げる逃げる。
笑ってしまうほどの逃げる様よ。
弱いやつを見て叩くような生き物しかいないのか?
強いもの、凶悪なもの見ては逃げるだけかよ?
だがな?
逃げても意味など無いのさ。
その逃げる先には撫子が待ってるだろう?
前門の犬に後門の少女……
選ぶしかないのさ……
その選ぶ間も時間惜しいのでね?
私も何かとこんな執行人を出してみようかな。
「朧…… 」
地面に円書くだろ?
このまま九字を切るのさ。
臨兵闘者とね……
出るぞ、無敵の天照が……
見敵必殺の一枚絵よ。
空気の変わり様が解るか?
白い着物に羽衣のこの女の怨念がお前達に解るかよ。
「アーニャ! 撫子下がれ! 」
私の言葉一つで私の背後に一っ跳びで身を隠す二人と同時さ。
無言のまま女は瞳を開くと、仄暗い闇に焼き尽くされる百鬼共……
「絶景だな、絶景よ…… 」
この辺りにいた全ての獣も人外も全て犬と女に喰われたわ。
にも拘らず、終着見えぬ回廊が在り続けるというのが消化不良なのさ……
「やはり無限なのか? 」
「私も最初だけ一周出来ただけだもんね? 」
私を見上げ撫子も不思議な顔しておるが……
そもそもここまでやっても時置かずして、魑魅魍魎が次々湧くのも納得いかんのだ。 何がどうなのか?
真意解らぬ……
中庭の八千代と女は涼しい顔で鞠遊びしていると言うのにな……
アノ場所へ辿り着けぬは、少し悔しいものよ。
「何故? この三人でも辿り着けぬのだろうな? 」
『解リマセヌ…… 』
これはもう合戦だな……
持久戦などではないのさ。
我らか? お前達かの根競べよ。
左手を顎に当て眉をしかめると考えたくもなるな。
撫子だけが無限回廊を一周出来た。
私とアーニャには出来ない。
小林家当主も出来ない……
思考を巡らせてはいても、こうも周りで肉を裂く音。
骨が軋み割れる音が響くと集中を欠くのでな……
「退くか…… 」
残念無念なのは表向きさ……
一休みも大事な仕事なのでね。
「アーニャ? 無限に続く回廊はお前に見えるのか? 」
『見エテオリマス…… 』
「撫子…… 」
「私も今は出口が解らなくなっちゃった! 」
両腕を背より後ろに立てて脱力して座る撫子だったのさ……
噛み合わない歯車ほど苛立つものも無いのでね。
今宵もまた当主と話しては休ませてもらおうかなと……
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