代償
京香の寄せ書きから呼ばれた私は、この世界の自己犠牲について考えたのだ。
人間の言う愛情なんてものは無いのではないかと思いすらする。
美しいではないか……
八千代を守る代償に、私が京香に求めたものは……
「親の愛情を教えろ 」
と言う曖昧な物だった。
結果は満足には至らないが、納得しないでもない。
何より面白い者を見せてもらった。
これは何かの余興なのかも知れんな……
そう身構えずでも良いではないか。
私に敬意を見せ、跪いた久我よ……
この国の言葉で言うならば。
「天晴れであったよ 」
八千代の持つ悪意を寄せる力は記念に私が貰っていこう。
「お母さん? 」
「八千代? 私はもう逝かねばならないから…… 強く優しい人になってほしいよ。 最期に抱かせておくれ 」
八千代が涙を流し瞼を閉じた時。
信じたくないほどの悪夢が消えたのさ……
『アキツグ様…… 撫子ハ生キテイル人ナノデスネ? 』
「あぁ…… 虐待を受けて頭の制御の利かぬ少女を殺せなかったのさ 」
いつか人の心を作れる人間になり、この狂った世界に馴染める日が人として来るかも知れないと考え殺せなかった。
私の率いる百鬼夜行ではないのだ……
『先程確信シマシタヨ 』
殺された者を百鬼に引き連れることは出来ぬからな……
「おにいちゃん……? 」
「撫子よ、力を加減出来る様になったのか? 」
「うーん? 」
当主を背負って連れてきた時……
当主の体は砕けておらなかった。
それは無意識に出来ただけか…… な。
「久我ぁ…… 久我よぅ…… 」
仰向けに倒れた当主が言ったのさ。
「あの野郎…… 俺の腕は折っていったぞ 」
「無礼だと言われていたな…… 」
『悪魔デスカラネ…… 』
そう言うアーニャは当主の腕を縫合し痛みを残したまま動くように手当てした。
瞬間の悲鳴から屋敷の中へ帰るまで、当主だけが声を荒げ八千代と手を繋ぐ。
悪の気紛れ…… 霊媒体質。
独占欲と愛情が複雑怪奇した世界の終わりに立ちましたとさ……
数日開けて私達は、最初に出会った老婆に案内され帝國へ帰る汽車へ向かう。
「久我様…… 」
「お前は八千代の母だったのだな? 」
老婆に見えていたその姿は八千代の母。
京香の姿であったのさ。
祓魔師の嫁だけあって強力な力で試されたな……
「いつからお気付きでした? 」
「たった今だよ…… 」
それで全てが納得の行く出来事であったからな。
アーニャが美少年か聞いたな?
従者であるなら主観入りますとは、あの時応える事無かったのではないかな?
「流石ですね。 私はそろそろ姿を消さねば成りませぬ…… 」
『八千代ハ美少年デシタヨ。 私ノ子モ美少年ダト良イデス! 』
京香は元の姿に戻り、アーニャに耳打ちすると一礼深くして消えたとさ。
終
「久我ぁ! 久我よ! 」
暑苦しいとは思っておらん…… 少し苦手ではある。
眼鏡を直し聞いたさ。
「当主、見送りか? 」
「おぉ。 この度の働き済まなかった 」
夫婦揃って頭下げるのは一緒か……
「否、当主よ…… お前がいなければ初めて死ぬ所であったさ 」
「久我…… お前の窮地には俺も行くぞ。 それまで生きろ。 お前の眼鏡は伊達であろう? それ俺にくれよ 」
「ふっ…… 断る理由も無し 」
当主が私に強請るのは眼鏡……
「代わりに蘭丸を貰ってくれ 」
私が受けたのは刀……
「俺は刀の祓魔よ。 一刀お前に渡す。 俺の気持ちを込めて 」
「これは…… 素晴らしく気に入った…… な 」
当主の様に使い超える事叶うかな。
『男ハ何故刀ガ好キナノデショウネ……? 』
それは解るまいよ。
私達も解らないのだから……
今回の旅が解らない事ばかりであったのだ。
最期くらいシンプルで良いではないか……
「帝都へ帰ろうか…… 」
『ダー 』
「アナスタシア! 受け取れ! 」
風呂敷に包まれた宝石のような菓子を見て、アーニャが両手を広げて喜びましたとさ。
がたんごとん。
がたんごとんと車窓から見える景色を眺め。
私の奇妙な体質を考えた……
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