ふぃりあ第四話【正常そもそもが狂った時計の人】弐

ふぃりあ
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病人

評判と言うのは解らないでもない病人の群れ。
ぐるりと見て回れば、白衣を着た黒髪の女がおったのよ。
後ろで一つに纏めた長く美しい巻き髪が女医と思うには違和感もあったのさ。
「先生なんて呼ばないで下さい。 私はまだ勉強中です! 」
研修医か何かなのだろうか?
勉強中? その割には患者の信頼が厚い女だな。
人物で気になったのは他にも多くいた。
白衣を着てはいるのに、バケツにモップを持つマスクの男。
入院患者の生気の無さ。
病院とは不思議な場所だな。
そこへ足早に挨拶入れる男さ。
「いやいやいや…… 久我様が来院されたと伺いましたら…… 」
「具合悪い訳ではないのだがな 」
「健康を診断するのも医師の勤めですからな…… 宜しければなんなりと受付下さい 」
初老の男…… 院長であろうかな……
「私当院の院長で明知と申します 」
「気遣い頂いて悪いですな。 冷やかしも失するので後で世話になります 」
私も良い歳なのだが、目上、年上の相手にどう話せば良いのか?
迷うときも在るのさ……
「体調を崩される前に健康を見るのも御座いますから 」
この明知と言う男の身振りが、どうやら萌花の御眼鏡に叶ったようでな。
「お姉ちゃん? この人なんでクネクネしてるの? 」
『プーーー 』
むっ! この流れは不味い。 機転の利く私は院長に言ったのよ。
「では都合良い時間を伺いますよ 」
院長の動きは女の物腰で在った為……
箸が転げても笑う少女共なのでね。
受付を済ませて自分の疑問を考えておったのさ。
萌花は人だが、私とアーニャはどう診察されるのだろうかとね?
待ち時間を退屈に思わない時間で萌花の診断は終わった。
アーニャが呼ばれ、それに萌花が着いていくとアーニャの声が響いた。
『男ニ肌ヲ晒スノハ嫌ナノデス! 』
時計の秒針が一周する前に出てくるとは……
健康という事で良いのか? な?
『胸ニ聴診器ヲ当テラレソウニナリ出テキマシタ 』
「そうか…… 」
露西亜の女が気高いのか、アーニャが潔癖なのか難しい所だな。
そこで最期に私の診断を受けるのだが、これが期待した以上に普通なのだよ。
人としての数値を持った不死者であったとさ……
不死になったきっかけも、人と違う何かを掴めるかもと期待もしたのだがね。
総合明知病院か……
これ以上の関わりは出来ないかな……
「お、兄様? あの人もお医者なの? 」
白衣のバケツ持ちか…… 医者が白衣でモップを持って掃除するとは思えないのだがな……
「解らん…… 診て欲しいとは思わないな 」
「ふーん…… 」

萌花の猫又が言葉に反応しないほど、思い込む人間と言うのは……
現実と妄想を逆転させる狂気が在るのかも知れないな……

と或る日、見覚えのある黒髪の女……
私の所へ姿を見せたのさ。
猟奇治療館としての病人達の在り方を話し出す。

それは時折見せる月明かりを道標に、体を傷付けながら到達した。
深い闇の森の中からレンガやコンクリートの森へ……
血が落ちる……
一つ、二つと重なって歪な円が床に出来る頃。
力なく叩かれる音に、珍しく私が気付いたのさ……
女が倒れているのは解った。

病院ノ正体

反射でアーニャを呼んだのさ。
『コノ人…… 』
「知ってるのか? 」
『病院デ見カケタノデス 』
そのままアーニャは抱き抱え上体を起こすと両手を動かす事無く糸を走らせる。
虫の息の女は、縫合される傷口が増えるに連れて顔色を留めていった。
「救えるのか? 」
『見タ目ヨリモ、精神的ナ物ガ大キク弱ッテイルト思イマス 』
また面倒事なのは考えるまでも無いな……
客室へ匿うか……
そして狂った人間の物語が語られた朝が来るのさ……

自分の叫び声で意識を取り戻し、ここが安全な場所を把握するまでテーブルと椅子が壊れた。
頃合良しと思い話し掛けようとしたが、アーニャが女に近付き抱きしめて再び女は眠り……
その寝ている女にアーニャは問いかけたのさ。
『怖クナイ…… 太陽ニ照ラサレテ春ノ草原ヲ歩キマショウ 』
『私達ハ幼キ頃ヨリ友達…… 大好キナ湖ヲ前ニシテ遊ブンダヨ 』
涙を流し仰向けに寝る女は、やはり院内で髪を後ろに縛っていた白衣だ。
『苦シイ事モ痛イコトモ無イ…… 落チ着イテ 』
呼吸が静まり口を開く。
「院長は殺された。 患者も殺されていた 」
私は帝國が運営する秘密医師だった。
数ヶ月で死亡患者が増えた施設や病院を潜入しては原因を探る日々。
この病院の院長は、面白みのある人でした。
末期の患者は死ぬまで生きたいと口を揃えるほど。
この病院で最期を迎えようと望む人達がいます。
激しい痛みに襲われる事を恐れた患者は院長に安らかに眠りたいと言うのです。
心痛めながらモルヒネを打ち込み永眠させては患者の顔を安らかな笑顔に変えました。
院長は人格者過ぎたのかも知れません。
人が集まるようになり、スタッフも増えました。
研修医を装い東北から来たと言う私
マスクと白衣の掃除夫……
変だと感じる人間はいたのです。
マスクの男は自分を医師だと言いました。
ですが身分も明かさぬ男で、院長は清掃仕事の許可しか与えません。
周りの担当医もきっちりした人間が多く。
掃除夫の事を真剣に医師と見る人はいなかったのです。
薬品が少量ずつ、抜かれていたのを私が気付いた頃には事故は起きていました。
自称医者の掃除夫が入院患者を実験したのでしょうか?

突然死する方が増えました。
次第に白衣と聴診器をするようになり、入院患者の一部の人は掃除夫を医者だと思い込むようになりました。
救うと言う言葉が口癖のようで……
入院病棟へ忍んでは、クロロホルムを吸引させて殺したみたいでした。
院長が死因に気付き調査を開始する前に殺されたのです。
着衣を一思いに切り裂く大鋏で、胸を貫かれ即死でした……
これを私が見てしまったのは、薬品庫の空気穴の中です。
床に転がった院長の首を跳ねた瞬間を目撃しました。
私が気付いた時には二人はいませんでした。
裏口の林を抜けて逃げようと、ゆっくり歩いたのですが……
掃除夫の男がその横道で何かを埋めているのを見ました。
視力が弱いのか? 私に気付かない男はそのまま行動を止めませんでした。
後はもう覚えていません……
「行こう…… アーニャ。 面白い話だ 」
『ダー…… 』

それはそれは不謹慎に喜び……
これは真夜中に咲く毒の華。
女が立ち上がり歩ける時を待ち……
あれだけ恐怖した秘密の花園へ、私とアーニャと辿り着く。
犬の遠吠えが何時までも伸びて離れぬ耳障りが、丸い月を連れてきたのさ……

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