宴
その扉は狂った宴を想像するに容易く……
曇った不透明なガラス張り、飛び跳ねる白衣を纏った何かが私を待っていたのだよ……
「私が扉を開けてみるかな? 」
人間とは不思議なものよな。
都合の良い妄想や予言など当たりもしないのに、こうも嫌な予感ほど当たってしまう気がするのさ。
この扉を開けた瞬間に何か在るのではないのか?
在るんじゃなかろうか? とね……
女二人声出すことの無い瞬間に躊躇いせずに開けたのさ……
あぁ…… 知っておるだろうが。
私はただの人よ。 超人的な反応力が在るわけではないし、扉を開け一歩院内に踏み入れた瞬間。
手術道具を右手に握り締めた何かが頭上を反転しコメカミを突き刺してくるとは思わなかったのさ。
右手でドアを押し開けて一歩踏み出せば、何かが頭上の左側で鈍い音を突き立てた。
こういった音質を体験した人間というのは等しく死ぬのだろうな。
遠心力も手伝って私は右前方に飛ばされたのさ……
「きゃー 」
大して騒がんでも良い物をと、左上部に手術道具が刺さりっ放しの私は動かぬまま思ったのさ……
『アキツグ様ハ死ナヌ…… 今入ルコトハシナイデ…… 』
半開きの口を手で押さえようとしながらアーニャを見上げた女がいたのだと。
そこはどうでも良いのだが、次の行動が来ないことに少し気を落とし立った。
「私を殺そうと言うのか? 医師であろう? 」
この狂った白い壁を支配する、黒い心の持ち主は院長なのではないのかな?
「医師だ…… イシダ…… 」
白衣にマスク…… ね。
「その聴診器は御前の物か? 」
「患者を救うのだ 」
身構え震え、私との距離をとる男……
二階へ続く階段前、しばし距離を置かれ刃を向けられたままさ。
「アーニャ 」
『ダー 』
女二人が院内へ入ると、白衣にマスクのこの男……
またも身震いして両肩を振るわせるのさ。
ここはまたと無い現実離れした一夜だと感じ、私の心は何処から攻めたら良いのか気持ちを組み立てていた。
「男よ? お前の名前は石田と言うのか? 」
「チ、がう 」
「あぁ…… すまない、すまないな 」
私の頭部左側が気になるか?
お前に差し込まれたのだが、生憎と死なぬのだ私は。
「…… 」
左手でソレを抜き床へ音を立てる。
その音にすら反応し、重心を低く構え逃げる用意をしているのだろうか……
階段後ろを気にしている。
「医師だ。 私は医師だ! 」
ふむ…… 難しい言葉はもう喋れない狂い人に成ってしまったのかな?
「アーニャ…… 患者のいる病棟は念の為結界を張っておけ 」
『ダー…… 』
アーニャの後ろで隠れる女が鬱陶しいのだが……
この場をもう少し楽しみたいのでね。
殺さぬまま、話をしていこうと思うのさ。
「い、し…… だ。 医師…… だ 」
身震いが大きくなり両足にまで振動している白衣にマスクの男。
「解っておるさ…… 」
蘭丸を抜く必要すら無いのだがマスクをな……
切りつけようと思ったのさ。
自分に対しての防衛本能というのかな?
マスクの男は身を翻し床に張り付いて斬撃を交わしたのさ。
「素早いな…… 驚かせてしまったか…… な? 」
歯を鳴らす音が刻まれて一階の広間に鳴るのさ。
「その男を退治してさえもらえれば全ては上手く進みます 」
巻き髪の女は言うのさ……
「男…… なのか? な 」
この一言が起爆してアーニャは堪えられず笑い声をあげた。
壊れていく空間に残されたのは女だけだったのさ。
「偽る者よ。 聞け。 私の答えはこうだ 」
蘭丸と言うのだ。 私の刀はな……
妖刀にして意思疎通自在の剣よ。
金属が鳴る音が一度。
「ぐっ…… かっ! 」
女の首を跳ねてやったのさ。
「アーニャ! 」
『ダー 』
一声掛けると同時にアーニャはこの跳ねた首と胴体を縫い合わせた。
するとどうだろう?
この室内には白衣にマスクの男。
首を跳ねられた女。 私とアーニャしかいないはずなのにな。
黒い毛質の一つ目猿が見えるのさ……
「知っていたのか? 」
人の言葉を喋るのか?
猿よりは少し大きな体。
二つ目がある筈の顔立ちには一つ目……
気付くさ私ですらな……
「石田の言う医師だと言う主張は意思であろう? 」
心を操る猿が中国辺りではいるそうだな?
お前はその類の獣にして妖なのだろう?
医師だと言う白衣の男は本当は獣なのではないのかな?
「蘭丸…… 」
見えるか? この零距離の切り裂きが?
「ほらな? マスクなどでは無いではないか? 」
マスクと思われる部分を切り落としてみたら、大きな一つ目があるわけさ……
つまりは眼帯で大方はこうであろう?
院長は元々女であって、私達が最初に出会った院長は心を移し替えられた偽者。
その時既に本当の院長の精神はマスク姿の掃除夫に移されていた。
若しくは最初に出会った男の中身は本物の院長だったのかな。
女姿で研修医を謳っていたのが、大方本体(本物)であったのだろう?
時期院長なのだろうかな?
この院内に入った時、私に攻撃した中身が院長の人格だな?
そもそも私を殺そうとしたのではないな?
患者を守りたいが故に、不自由な体と言語能力のまま。
良いように使われていた院内に残る決断をしたのであろう?
それはお前にとって都合良かったのではないか?
院長の精神は壊れ、自分は医者と思い込む狂い人が手の内に残っただけと思ったのだからな……
事実は少々違うのだ。
院長は壊れたフリをしていただけさ。
もしくはこうかな?
演
医者だと思い込む白衣の男は院長の人格を演じながら、口に猿の眼球を銜え…… 銜えている間は人格を支配し合う為に壊れた石田になるのかな……?
そしてお前は話す所々に違和感があったのよ。
殺人現場に詳し過ぎるのさ……
アーニャが女を手当てしたときに、精神が弱っていると言っておった。
なのにだ? アーニャの揺り篭の問いかけに丁寧に情報を漏らしたな。
体の傷もそうよ。 女が抵抗して出来た傷よ。
林や森を抜けて出来る切り傷なんかではないのさ。
精神を入れ替えるというのが解らん手順だった。
白衣の男に会うまではな。
白衣の男が女の心なのは解った。
震えるも一つ。
身を隠しながら奇襲をし、その後に距離を取り追撃しなかった。
からくりはこうかな?
口元の一つ目は元々猿の目ではないのか?
何処で観察しこの病院の権力に憧れたかは知らぬ……
遊びが過ぎれば躾けられる事もまた猿のさだめよ。
「ここからは私とお前の殺し合いだけさ 」
そんなに一つ目で睨むなよ……
この白衣の骸から一つ目を抉って返せば元通りか?
蘭丸の柄でくりぬいた目を、裸の猿に返してやったのさ。
当然右手で握り潰して投げてやったぞ。
巻き髪の女はアーニャの側で倒れ、その瞬間にアーニャは白い札を床に置いた。
アーニャの護符置きは絶妙なタイミングた。
目を潰され、面目も潰された猿は甲高い叫びを上げて私を睨んだのさ。
そして私を通り越し外へ出たのは得意な狩場へ私を導きたいということだな。
「お前のような存在は私に対して知恵を絞ろうと途方に暮れるのさ…… 」
良いだろう。 有利だと思う場所で私を待つがいい。
「アーニャ、この建物を守って待っておくれ 」
『ダー 』
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