文、届ク
【裏のつかさ】 から来た知らせが何だったのかは余り覚えてはおらん。
秋風の吹き始めた宵闇に、初めて演奏されるオーケストラと言うに相応しい曲が虫達総出で奏でる頃であった。
鴉より知らせがありアーニャが読み上げたとさ。
『久我ノ長兄ヘ試サレル日ガ此度訪レタ。 生殺与奪ノ権利ヲ全ウスルニ相応シイ手段ヲ手ニ入レタシ…… 』
要するにお前は弱いのだから、馬鹿の一つではないが……
何かしら強くなれとでも言いたいのか? な。
「アーニャ。 続きを読んでくれ 」
『ダー 』
『京ノ無限ニテ、長兄待ツモノ。 悪鬼隠滅叶ウナレバ…… 』
解り難い……
陰陽寮は何故言い方が回りくどいのか?
私には歓迎できうるものではないな。
取り合えず京へ行けと言うのか? な。
汽車で数時間掛かる長旅ではないか……
行かねばまた、犬なのか猫なのか解らぬ獣を放り込まれるかも知れぬし。
目が覚めたら地獄門の前かも知れぬでな。
行くより他無いのだが。 もう少し詳しくとも良いのではないのか?
「アーニャ第二の都へ行こうかと思うのだが 」
『側ニ居リマス 』
いつものように二人でお出掛けと、相成ります……
都に着いた所で私もアーニャも心当たりもないのでな、都を流れる川の魚を数えたり鳥を見ていたりと暫く道草喰っておったのさ。
「ショロクイジョウの久我様では? 」
老婆に身分と名前を確認された時だったのさ。
切り捨て御免とは、こう言う時に使って良いものか? な。
頭の中で老婆を二度三度切り捨てたのだが、そもそもそんなモノを持ってはおらぬでな。
死なぬ体と少々の真似事が出来るだけの唯の石ころよ。
『婆様? 私ノ、アキツグ様ニ用カエ? 』
アーニャの人を見て線張る行動は、柔軟なようで強引ではあるが。
私達も此度、都に出向いた意味も知らされておらぬでな。
私を守ろうとしてくれるのかな。
「無限回廊の奥。 旦那様の大切な長兄が一年程取り残されております 」
私達には何も出来ず、無力に無気力な毎日を過ごしているのです。
旦那様も霊感強く、悪魔を祓う者となれど、此度の怪奇に難航し陰陽寮へ慈悲を願いました。
久我様のお力で解決或いはと知らされて、老い先短い端女では御座いますがお会いしとうなりまして。
無許可の上でこの地を張り付いておりました。
「私には何も力など無いのでな…… 」
迷惑過ぎる話なもので、頭の中では切り捨て御免と何度も妄想したが……
頭を下げて地面に頭をつけた老婆に鞭打つ趣味も無いのでね……
「若様は奥方が亡くなり、無限の回廊に幽閉されました。 不思議と食事だけは取れるようで姿も見えておるのです。
これ以上は何と説明して良いものか解りませぬ 」
『美少年カ? 』
「は? 」
『美少年ナノカ? 』
竹林が続く道を老婆に案内され、古き良き我が帝國文化の屋敷が見えてきたわけさ。
「これは立派な面構えにしてお目にかかる機会もないものだ 」
第二の都とは言うものの、近代化の波に飲まれず立派な建物だ。
私も堕ちる事無くば、このような佇まいの家でもあったかな……
「震えておるな? 婆様よ 」
「久我様…… 旦那様は敷地に入れる前に試せと仰られました 」
「試す? 面白いではないか、震える必要もない 」
『…… 』
ここまでの道のりをふらつく事無く案内した老婆は震えを止められぬまま。
「お許しを…… 」
試練
一枚、二枚、紙切れを左手に持ち私に投げた。
黒い犬…… 武者姿の首無し。
「犬神か? 面白い 」
「久我様、旦那様はお強い方です。 ご無理せずお逃げください 」
「私は強くは無いのだ。 でも心配に及ばぬ 」
さて…… と。 殺してみようかな。
犬神など久しぶりにお目に掛かるな。
初めてが多い日なのか…… な?
『私ガ始末シマショウカ? 』
「アーニャ下がっておくれ 」
『ダー 』
この間合い……
歩幅二十歩分といった所か?
犬神の低く構えた姿勢に剥き出しの牙。 首無しは何を考えているかも解らぬ。
「ふむ。 こういうのはどうなのか……? 」
犬に向けて、最近気に入っておる。 ぴすとるを打ってみるのさ。
私の射撃が下手なのか? 一つも当たらぬまま距離を詰められて喉元ガブリと来られてしまった。
「久我様! 」
心配するなと言うに……
「…… 」
千切られて喋る事が出来ぬ。
二匹ごときで厄介な相性だな。 ひるんだまま隙を突かれてしまったのさ。
左の腹に刀が刺さった。 これは良い。
命一つ、身一つなら死んでおる。 完全な相性の悪さと速さが私の不完全を教えてくれるからな……
そのままさ、喉元から落ちる雫も腹を貫かれたままの身体。
右手で円を宙に書くだろう? 大きさ? 腹を刺され、喉も切られているからな…… 大した円など書けぬ。
その円を左手で一文字に真横に切るのさ。
『婆様! アキツグ様カラ離レナサイ! 』
アーニャが婆様を抱き起こししゃがみ込むと、すぐさま五枚の白札を配置する。
アーニャと婆様は守られておるからな。
お礼に見ていただきたいのさ。
円を切った空間の中をな。
犬神は鋭いな。 気配で後ろに飛んで避けたか。
首無しの反応が一瞬遅れたのは仕方が無いさ。
私も初めて対峙した日は、何度かそのように捕まった。
「意外に早いだろう? そして大きさに震えないか? 」
喉が繋がるまで時間掛かってしまったわ。
「武者の首無しよ。 お前が締め付けられておるのは巨大な右手だよ 」
帝国の化け物の一人。
右近の青髪、鬼と言うのさ。
「突然殺されかけたでな、右腕しか出してやれなかったのさ…… 」
首無しよ? お前には苦しい感覚はあるのか?
「右近よ、ソレを連れて下がれ! 」
砂と砂利を巻き上げて抵抗する武者も赤子と変わらん。
私の呼んだ鬼の腕に連れて行かれて消えた。
「久我様…… ご無事で? 」
『アキツグ様ハ死ス事ナイ 』
正に老婆心は人の情も温もりを私に考えさせるのだが……
犬がどこ行ったか解らぬ。
見ようと見回した辺りで両足の重さに耐えられず視線を落としたのさ。
「二匹? だと……? 」
狂乱の幕開けだ。
見えている景色とは実に信じられることの少ないことが、今証明され私の両足が噛み切られるところ。
「犬神であったな…… 」
左足、右足とバランスを崩し砂利道に倒れた。
「無様…… かな 」
倒れ様に地面に右手で円をなぞり、呼び出したのさ……
「梟出ろ 」
梟ニ撫子
地面から出てきたのはな……
麻袋を顔に被った男だった者よ。
人外の境界越えて私が殺した一人。
出てくると同時に汚らしい格好のまま竹林に消えた。
ボロボロの衣服に裸足。 麻袋に目出しした見た目。
こいつが面白い事に、色んな者を惹きつけるのさ。
遠吠えした次には、梟を追いかけた一匹。
竹林の中では、梟は首を吊って待っているのさ。
首を長くしてではないのが不思議だろう?
言い間違いでは無いぞ? 自殺でもない。
興味を引くためだけにやるんだとさ。
甲高い泣き声が聞こえたと思えば、腹を膨らませた男が出てきたのさ。
倒れたままの私の元へ近づくと、両手に持った包丁で自分の腹を何度も刺し始めるのさ。
刺す度に犬の鳴き声がこの男の腹の中からするのさ。
この男の腹は観音開きになっておる。
首を吊った男に向かい食いかかろうとした犬神は、この男の腹に捕まったわけだ。
めった刺しという状況下。
一匹の鳴き声がやんだ……
殺した瞬間に気付いた梟は小躍りして存在を際立たせるのだが、もう一匹が間髪入れず梟の喉に噛み付いて離れないのさ。
足の生えた私がピストルを打ち込もうと犬に向けたのだが。
梟が無駄に暴れて打ち込み辛いのだ。
犬神と言うのは術式や使役者によって様々だが、背中に目玉が幾つもある怨念種はあまりお目に掛からない。
「梟痛むなら戻れ 」
何度も首を縦に振ると消えた。
不思議に犬神はソレを気にするでもなく、私との距離を測る。
「また増えるのも面倒だな 」
和紙に字を書くだろう?
如律令と書き始め空に投げるだろ?
私と犬の間に大きな門が出来るのさ。
開くと竹林に風が吹き、少女の容姿で異国の人形を連想する者がご挨拶。
スカートの両端を腰の高さまで両手で上げると頭を垂れる。
これがまた曲者で名を撫子と言うのさ。
「わんちゃん! 初めまして! 一緒に遊ぼ。 楽しいよ 」
犬のくせに、こいつの危険度が解るのか……
対面した撫子から刹那に距離を取る様は第六感というやつかな…
「なんで離れるの? 私悲しいな 」
冷たく笑う少女にスーツ姿の私。 着物姿の露西亜人に老婆と……
あたり一面見たことの無い火事に値するわけさ。
この後景は笑ってしまうほど纏まり無く狂気の世界だ。
「追いかけっこしようよ! いくよーーーー 」
出た、前向きの勘違いか……
撫子は純粋過ぎるのだ。 加減を知らぬでな。
見ていれば解るのだが、純粋にして悪よ……
関わる全てを動かなくなるまで愛してしまうのだからな。
「私が鬼ね! 捕まえちゃうぞ! 」
両手をくの字に広げて全力で走り出すその姿は純粋無垢に相応しい餓鬼さ。
犬神からすれば逃げるだけなど造作も無い。
だがな、撫子には限界が無いのだ。
走りにくいであろうドレス姿も靴も、ソレがきっかけで怪我をしようとも足がもげようともだ。 何処までもお前を追いかけるのさ。
「犬よ! お前が見ている少女を侮ると死ぬぞ 」
「あははははははは! 」
距離は少しずつ詰められているが犬も黙ってはおらぬ。
天に届くほどの咆哮をしたと思えば、背中の目玉が抜け落ちて一匹二匹と犬が増えるのさ。
「珍しい犬神だ 」
「わんちゃん。 いっぱいだー。 遊ぼう! 」
数を見て喜ぶ撫子は噛み付く姿勢を見せた一匹目を捉えると、全力で抱きしめているのさ。
「可愛いねー 可愛いね! 」
犬の骨が軋む音が聞こえると二回三回乾いた音が鳴り犬は死んだ。
「疲れちゃったのかな? じゃあ次のわんちゃんね 」
殺した事も理解などしておらぬ。
撫子は加減も知らぬ純粋培養の悪だからな。
こいつを殺すのは心痛めたものさ。
力の制御も感情の深さもこいつにはないのだ。
虐待に次ぐ虐待の中、被害者意識なく親を信じ苦痛を知らぬ化け物だからな。
純粋とは凶器であることもまた事実……
「いくよーー 」
砂利道にある掌ほどの石ころを幾つか拾い上げ犬に投げるのさ。
瞬きなど許されぬほど速いぞ。
人が聞いても痛いと解る犬の鳴き声があちこちで響く……
ここは地獄の何処かで犬は落ちた先が相性の悪い鬼ということも解るであろうな。
悲痛な泣き声がするたびに顔を砕かれた犬共が砂利道に横たわる。
血の匂いを意識し始めた頃には一匹の犬しか残らなかったのさ。
「わんちゃん! 私のお友達になってよ 」
犬は腹を仰向けに降参した態度を見せておる。
それが撫子に伝わらぬ事と犬には解らんのかも知れんな。
「お友達! 好き好き好き好き好き好き好き! 」
耳に残るほどの重く苦しい叫び声を犬があげて幕引きとなりましたとさ。
「撫子、友達を連れて帰れ 」
「うん! 遊んでくれてありがとう 」
如律令から始めた紙を縦に切り裂くだろ?
撫子は笑顔のままに犬の屍骸を抱いたまま消えるのさ。
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