ふぃりあ第参話【蘭丸】陸

ふぃりあ

幻覚

 

「ほう…… 」
無限回廊はリンドウという女の仕業が白日に晒され、人外の湧き出る理由が今度は解らぬが……
当主曰く息子、八千代の霊媒体質と関連付けるとすると……
するとだ?
私の瞳に移った八千代の側におる女が誰なのかが気になる。
「当主よ? 聞くが八千代の隣にいる女はなんだ? 」
「女? 俺には女は見えぬ…… あれは獣の王ではないのか? 」
女に見えるのだがな……
すれ違うまま……
並べられた酒に手を伸ばしてしまうのは性と言う物かと考えはするのさ。
隣でアーニャも撫子も菓子に手を伸ばすのでね。
私はまた燃え尽きて体内の蛭を燃やせば良いとも思うのだよ。
無限回廊は幻覚さ……
詰まる所、蛭が寄生して見せる幻の砂城よ。
無限に押し寄せる鬼畜共は、息子八千代の霊媒体質とするならばだ。
辿り着けぬ中庭の見えぬ壁だけが解決せぬのだな……
さあてさてと……
「梟出ろ 」


丸書いて横に線切りすると床から這い出る男、名を梟と言い素顔を見られるのを嫌うのか麻袋を被り目出しした姿。
面白いことに色んな者を惹きつけるのさ。
それは蛭であろうともそうだろうと思うのでね……
這い出るや否や小躍りをして外の空気を楽しんでおる。
「梟、私の体内に巣食う蛭を全て誘き出せ 」
首を何度も縦に振り、頭上で手を叩くと私の周りを軽快に飛び跳ねているのだ。
その光景は私を馬鹿にするものでは無いと解っているのだが、アーニャも撫子も笑いを止めることは無かったのさ……
動きを止めた梟は私の前で自身の腹に蛭が溜まったと両手をさすり寝転んだ。
「さて四神の封印を解き八千代の元へ行こうかな 」
『マイリマス 』
「お祭りだー 」
無限を感じぬ今、この三人で廊下を渡ると屋敷が崩壊する気がしないでも無いのだが……
従者に地下室を開けさせると、いつも通りの人外と獣の群れ……
「これは何処から湧いてくるんだろうな? 」
『解リマセヌ。 私ノ国ノ方式トモ似テオリマセヌ故 』
「仏蘭西も阿蘭陀もこんな遊び無かったよー 」
西洋文化とは違う呪いなのか……
「極東の地ではお目に掛からぬ代物なのかな…… 」
異国の文化対決とでもなるのかな……
左手を縦に降ろせば赤鬼を呼んだのさ。
「左ゑ門…… 開錠するぞ 」
黒い拘束衣を外してやると、片目をぎょろりぎょろりと見回して黒髪を振り乱し両手を振るわせる。
「この廊下の魑魅魍魎制圧せよ 」
「十の刃を地に待たせ、槍は初めに持つとしよう…… 」
左ゑ門をこの場の守り人に置き、廊下の奥を目指そうかな……
ポケットから和紙を取り出して投げるだろう。
天井に張り付き下りてきた毛玉さ……
「雀玉よ、眼前の塵を散らせ 」
『カッ! 可愛イデス! 』

アーニャ萌エル

アーニャもこいつを見たこと無かったか……
この雪のような毛玉に包まれた獣は意外と危険なのさ。
「お友達になってー 」
撫子の全力速度でも触れぬ速さだ。
「もきゅもきゅ! 」
『喋ッタノデス! 』
アーニャの興奮冷めやらぬ間に廊下直線状は風の刃が走り抜けるだけ。
残党を左ゑ門が切り掛かると歩いて渡れる楽な道になりましたとさ……
「アーニャ、鏡を見つけたら壊せ 」
『ダー 』
呪いに使われた鏡や勾玉を壊して歩くだけで、八千代の存在が近くに感じる中庭へ着いたのさ。
見えない壁が確かに存在していて撫子の怪力も、アーニャの白銀糸でも空間は通ること叶わない。
「撫子…… 当主をここへ連れてきてくれ 」
「あのおじさん? 解った! 」
撫子なら直ぐに連れてくると思ったのだが、当主は無限回廊の幻覚に嵌り何度も撫子と逸れたそうな……
「ただいま! 」
幼女に抱き抱えられて大人がやつれておる姿は情けないな……
笑ってしまうから本題に入ろうかな……
「あぁ…… 久我よ? 待たせたな 」
髪が風に揺られる草原のような荒れ具合を見て同情もしたさ。
「当主よ。 お前の刀であれば、この見えぬ壁を切れるのではないのか? 」
「壁? どれ…… 」
硬い金属が折れる音が二度、三度鳴ると空気が変わったのが解ったのさ。
「八千代! 八千代! 」
「お父様! 」
これで終わりか? そう思うと私達の後ろ。
空間が再び閉じられたのが解る。
「享楽様…… 」
「お前は誰だ? 」
八千代の側にいる女に当主は誰だと聞くのさ。
撫子はソレを見て警戒する姿を見せる。
隣でアーニャは震えだした。
こういうものに鈍いのでね。
やっと悟ったのさ、私が見える女と周りが見ているものが違うということに。
「お母さんだよ! 」
八千代には母に見えるという。 私にも黒髪の着物姿で女は見える。
「当主よ、私には桃色の着物を着た黒髪を下ろす女が見えるぞ 」
「俺には見たことも無い雄の獣に見える。 そして強いと肌で解る! 」
敵意も感じぬ……
私に写る世界が解らん……
『アキツグ様…… ソレハ悪魔ノ王デス…… 』
「お兄ちゃん…… 」
この二人でも臆するという事がある存在に私は興味をもったのさ。
「素晴らしいな! 」
「久我よ、先に言った容姿は俺の女だ。 だが俺にはそう写らん 」
当主は息子を抱き寄せると女から距離をとったのさ。
顔を上げて当主はソレに話しかけた。
「そこに京香はおるのか? 」
「おりますよ。 享楽様…… 」
妖刀と言われる刃もそこには届くことは無く……
当主は距離を置き私に言うのさ。
「久我! 久我よ。 俺達は今見えている全てが疑わしい世界にいる 」
「そうだな…… 」
その女を中心に私達は距離を置くと会話が始まったのさ……
「八千代はあらゆる悪意を引き寄せてしまう 」
女がそう言うと、閉鎖された中庭の周りには少しずつ人外が張り付くのが見える。 左ゑ門と鎌鼬を置いてきたが、手に余るようだな……
「私の名はアスモデウス…… 」
人々の間では悪魔や、それらの王とも呼ばれる者。
「八千代に最初に呼ばれたのは私…… 」
私の探求心は子供が私を引きつけ、あらゆる魔物に狙われる事を不憫に感じてしまった。
この子供を産み死んだ女が、私に願ったのだ。
この子をお守りくださいと……
千、二千と生きるのだからな……
神と呼ばれようが、悪魔と言われようが私は私だ。
72の軍を従え序列32の王と言われようが……
気まぐれにして子供を守ってみようかと思った……
私の目にもこの世界は不思議に溢れている。
一人は魔導書の本体。
一人は死人。
一人は制御の利かぬ幼女か……
享楽一人が人としておるこの空間は、王と呼ばれる私も特別に怪異あるものだ。
「お母様? 」
「…… 」
この子の母親の姿を借り側にいた。
人とは面白いな。
善から悪へ……
悪から善へと……
切り替る事の思考が追いつかないまま落ちては変わり果てる者の多いこと…… だがそれが人の在り方なのかも知れない……
この場の全てに解るように姿を見せてやろうか?

「初めてお目に掛かる王の姿とは…… な。 是非お披露目頂きたい 」
「久我! お前には感謝する。 ここで俺が死のうともだ 」
大袈裟な変わりようも無く、その姿は異形にして異質だと理解した。
人の顔を持つ三つ首……
牛と山羊の顔を持ち火を噴く獣に跨る男だった……
「世界を切り離す力が、その剣にあるのだと私は思う 」
小林家当主を指差して王が言うのさ。
身構えたまま動くことも出来ぬ当主はそのまま距離を保つ。
「久我というのか? お前は数奇にして奇妙な存在だ。 次元が違う場所に本体が在るから不死を感じるのだ 」
不死…… そうな。
私はいつからか死なぬ体になり痛覚すら持たないままの何かになったのさ。
王と言う存在は相談師や占い師のようなものか?
「久我よ、お前の存在空間は簡単に言えば二枚目の絵だ 」
「ほう…… 」
一枚目の絵には私達が描かれている。
その中にお前はいないのだ。
その絵の上に新しい透明な紙を用意して、お前だけを写すとすると。
一緒の次元にお前が存在していると誰しもが錯覚する。
「面白いな…… 」
「疑うこと無い。 今その空間を一つに纏めてやろう 」
炎を吹き雄たけびする獣が火に包まれた一つの書を出す。
ソレに目を通した王は、私に刃を向けた。
黒い書から出た両刃の剣を私に向かって投げるのさ。
避けるまでも無いのさ……
死なぬのでね。
「久我よ、自信と過信。 真実と奢りは別物よ。 願わくば避けるが良い 」
私の太腿に熱を感じ、暫く感じることの無かった痛覚が……
叫びと同時に返ってきたのさ。
「ぐう…… 」
貫かれた私の左足は再生することも痛覚を遮断することも無く。
意識を保つことに集中するだけになってしまった。
『アキツグ様! 』
剣を抜き捨てると、アーニャが私の傷口を縫い始める。
その隙を突かれぬように、撫子が私の盾になり当主が撫子の盾になった。
初めて得た感覚と強さの違いに情けなさと興奮を感じたのさ……
「理解したか? 今までお前は死なぬ体だったのではないのだ。 空間認識されている部分にお前の姿が見えるだけで実際存在してはいなかっただけなのだ 」
それがどのように計られたものかは知らぬ。
感じるにお前は人と言うよりも一冊の本。
「グリモワ―ル(魔導書)の一部なのかも知れぬ 」
傷口が傷むので右手で左足を押さえながら聞いたのさ。
「王よ? グリモワールとはなんだ? 」
王と言われる巨大で圧倒的な存在は迷う事無く答えたのさ。
「魔導書とは幾つかあり、その中の一部に久我と言う存在がページとしてあるのかも知れないという話だ…… 」
お前は人であって、書物の一部かも知れぬ。
書物の一部でありながら人なのかも知れぬ……
気まぐれにここにいる存在なのでな……
懇切丁寧に答える気もせぬな……
証明ではないのだが……


「絶望をお前にくれてやろう 」
王が右手を軽く上げると、静電気の集まる嫌な質感が空気を変えた。
「一人…… 死ぬぞ 」
その男の笑みはアーニャに向けられたのが解ったのさ……
激痛に耐える中、私がアーニャの盾になろうと一歩進んだ時。
鈍い音が私の耳元で鳴ると、撫子が大量の血溜まりの中に体を落とした。
「幼子が死ぬのは、望む事ではないな…… 」
炎を吐き続ける獣に跨る三つ首の男が溜息を一つ。
「久我―――。 息子を連れて下がれ! 」
生涯一度としてあろうか叫びの中。
当主は一つ飛び、この獣に向かい刃を振り下ろした。
何故刃が見えるように振り下ろすか解らな無かった。
ただそれが全身全霊である一振りなのは王と呼ばれる存在。
その対象の後ろが説明出来る破壊を越えたあとが残っていた。
「享楽よ。 それは無礼だ…… 」
王は避ける事もせず、跨る獣の炎で当主を焼いた。
人の肉が焦げる匂いと冷たくなる体に敷き詰められた赤い敷物から鉄錆の匂い。
今この中庭は地獄の箱庭を作り上げたのさ。
王の前で突き刺さり地面を抉る妖刀と瀕死の男。
駆け寄ろうとする八千代を止める事も出来ず、痙攣を繰り返し白目を見せる撫子を抱き上げる。
「アーニャ! 八千代を連れて離れろ 」
『…… 』
無言のままアーニャは糸を出し、八千代と当主を塞がれた入り口まで引き戻した。
「に、いちゃ…… 」
「久我よ選択の時は思う以上に無いと思え…… 」
私は一人死ぬと言ったのだ。
お前は私に敵意を感じてはおるまい。
「この出会いに意味は無いのだ…… 」
『アキツグ様、王ハ一人死ヌト言ウノデス 』
悪魔という存在は契約に拘ります。
それは即ち契約してしまえば反故される事が無いと言う事。
絶対に近いものでもあるのです。
逆にそれを守る間はそれ以上が無いとも取れます。
『私ガ逝キマス 』
「ならぬ! 」
『愛シテオリマス故 』
言うことを聞かぬ女を愛するというのも心が折れるのだがな……
死なぬ体…… 死を願う私と言えば答えは考えるまでも無かったのさ。
久しぶりに感じる痛みを忘れるように、私は王の前に跪き当主の刀を持ったのさ……。
「王よ? 一人死ぬと言ったな。 私の今をお前に捧げよう 」
その刀を抜き王に背を向けた私は腹にソレを突き刺すと、下から上へと腹を抉りながら王の喉下へ刃を向けたのさ。
「窮鼠猫を噛むと言うものでね。 私が死のうともこの者達が逃げる時間作る事もあろうと思うのさ…… 」
「届かぬ刃に思いを込めるとは見事と褒めることも出来るのだが 」
王は私事貫いた刃を見ることもせず、右手を上げて指を鳴らしたのさ。
初めてここまで追い込まれ緊張と言うものを植え込まれた。
本気で合間見えた先に私達は遊びの中で転んだ子供と一緒なのだと……
大して痛くも無いのさ。
鳴り終わる指の音で理解した……
静寂に包まれた箱庭には、京香と言われた八千代の母の姿をした王がいた。
私の傷も、撫子の血溜まりも当主の焦げた体も無かった。
「私が見せたのは幻覚ではないよ。 一枚絵の話の続きだ。 久我よ、お前は二枚目以降の絵だ。 今見せた世界は三枚目、もしくは四枚目 」
違う世界で起きた事なのかも知れぬと言う事よ。

八千代

八千代が寄せてしまう悪意とは、人の闇もまたそうであったのさ。
リンドウという女がいるだろう。
八千代がいなくなれば、正室として子を望むことも出来ると思ったのだろう。
殺すつもりなど無い、女はただ愛情を履き違えたのだ。
自分の国に伝わる呪い事を、知識も持ち合わせず使うような女よ。
それに吸い寄せられた獣も人外も屋敷に迷い込むわけだ。
相性が格別に悪かった……
否良かったのかも知れないな。
中庭で一人泣く子供に吸い寄せられた私は……
死んだ母親の寄せ書きによって、子供を前にした……
京香として私は八千代といただけなのだ。
千年生き、黒き二千年を支配し……
人の子を救う事が在っても面白いだろう?
享楽という無礼者には制裁を加えはしたが、幼子を殺す気は今は無い。
全てに堅物かといえばそうでもないのだ……
京香の声を聞かせてやろう。

享楽様……
私は幸せに御座いました。
八千代をこの手に抱けず逝ったのは心寂しい物もありますよ。
弱い女で申し訳ありませぬ。
毎日の寝食共に出来なかった私を……
母を二人とも許してください。
彼女の事を許して守ってあげてくださいね。
二人ともきっとそれが出来る優しい男の人だから。

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