シフォンと茜

シフォンと川底の紅茶

奇跡過ぎる。
にゃーちゃん…… 神。
二人が思っているかは別の話だし、男はきっと何も考えすらしない。
「シフォンのパジャマも部屋着も多くあるだろう? 茜ちゃんに貸してあげなさい 」
「にゃーーーーちゃーーーー 」
抱きつきたかった、抱かれたかった。
シフォンの額を右手で押さえつけつつ車に戻る。
「車戻してくるから、二人ともお風呂行きなさい。 お泊り用品はついでに買っておくから…… 」
茜が何を何処まで感じて考えたか、きっとにゃーちゃんには解っていた。

車が何処かへ走り出す様を見届けると、二人はさっきまでいた室内へ戻ろうとドアノブに手を掛ける。
「えっと…… 」
瞬間的に記憶を無くしているのではなかろうか? と疑ってしまう詩穂の鍵を探す仕草だが、今回は流石にすぐに見つけると鍵穴に鍵を入れることに集中し始める。
「詩穂、さ、ん? 」
声を掛けたくなるほど、詩穂の鍵穴に入れる手先の動きは定まらず挙動不審だった。
と同時に鍵を開けて、やや重い扉を開けて満面の笑みを見せた。
「茜ちゃが暫くお泊りー いえーい! 」
答えは簡単だった。 詩穂は不器用ではなく、好みの女の子を前に妄想していただけだった。
「か、ぞく、みたいだ、ね 」
少し力なくゆっくりと唇を和らげて笑顔を作った茜が続けて詩穂に言う。
「詩穂さ、ん、は、何で、守ってくれる、の? 」
意外な質問だったし、守ってくれるという茜のお姫様発言に鼻が疼いた。
「今日の事はにゃーちゃんがしてくれたし、あたしは何も出来なかったし、寧ろごめんね? 」
「詩穂さん、が、謝る、こ、とは、ない、です、よ? 」
相変わらず不思議な言い回しも詩穂からすればどんとこいなのだが、取り敢えずそろそろ室内に入らないと乙女の肌を狙う輩が現れるので流石に気にした。
「茜ちゃ…… 虫が入ってくると嫌だから二階に上がろう? 」
「うん 」
1階部分、所狭い店内は何人かまだ残っている。
雑音と感じない程度の話し声がやや耳についた。
店内に残っている人がいても鍵を閉めた。 このお店の正体が少し気になり茜は中心から隅まで目を配ると一つ一つのテーブルを囲むように人が手を動かしている。
「これって、まーじゃ、ん? 」
リアルで見たことも無い茜だからこういう喋り方なのか、天然なのか詩穂はもう気にならない様子で言葉に応えた。
「にゃーちゃんのお店は、喫茶店のような雀荘のような感じでね? この時間お店は閉まってなきゃいけないんだって 」
フロアの明かりも霞んで見える程、煙草の揺らぐ煙が二人には堪えるようで、カウンター裏の階段を足早で進むとカウンター内のメイド姿のスタッフに声を掛けられた。
「おかえりなさいませ 」
女の子にしては少し大きく感じる事に茜は違和感があった。
詩穂はすぐさま、ただいまと声を掛けて二階部分に足を掛けていた。
「詩穂さ、ん? 」
何処から何を聞いたら良いのか、解らなかったが聞きたかった。
「あの娘はね? 男の娘だよ。 びっくりした? 」
「ふぁっ? 」
何だそのラノベ展開は? と鈍い茜でも反応してしまうには充分なインパクト。
振り返り男の娘を確認しても自分達と対して変わらない見た目。
身長を抜かして言うなら、男の娘と言われないと解らなかった。
だからこそ茜の世界は揺れた。
「にゃーちゃんが一緒にいる人であたしも良くは知らないんだ。 悪い人じゃないからね? 」
「う、ん…… 」
今日一日が余りにも展開が多すぎて、目が回る程楽しかった。
終わりが来る事を考えるのが嫌で二階に上った茜は口を開けなかった。
「茜ちゃ? 」
「…… 」
気持ちを読めないまま空気が変わったのだけ悟り声を掛けた。
泊まる事が嫌なのかな? もっと早い時間に帰ろうって声を掛けたら良かったな。
詩穂は深読みして、無い胸と無い頭が破裂しそうになり呪文を唱えた。
「ごめんなさい 」
詩穂に使える最上級の愛の魔法を訴えた。
「ずっと…… 一緒にい、たい、ね? 」
俯きながら目を合わせず詩穂の両手を握り呟いた。
詩穂の頭の中は白い建物、屋根には十字架が光差し、重く鈍い鐘を鳴らしていた。
隠し切れない唇の波打つニヤケ顔を片手で抑え、詩穂は風呂場を案内しつつ話した。
「う、うん。 ずっとずっと仲良しでいてね 」
これ以上は言えない…… 勇気も無い。
二人が無言になる前に立ち止ると説明をする詩穂がいた。
「ここね? お風呂場だよ。 二階部分はね、にゃーちゃんがいる部屋とあたしの部屋でしょ? 後はお客様のお迎え部屋とかがあってね、今日はあたし達だけだし二階部分は鍵を掛けられるから入っちゃおうか? 」
「一緒に…… はい、る? 」
頭の中は現実なのか妄想なのか理解することは無かった。
シフォンの妄想はピークに到達、絶頂18禁ラッシュで茜の全てが……
「マジで? 」
茜の柔らかく力無い笑顔を前に、詩穂の中年モードが宇宙(そら)を仰ぎ右手の拳を突き上げる。
「女の子、どう、し、だから…… 良い、も、ん…… ね? 」
変わらず喋る間、顔を俯かせて話す茜。 一瞬詩穂は妄想の合間にゃーちゃんが何を言うか、足りない胸と頭で考えていたわけだが。
部屋にあるバスタオルと部屋着を二人分、光の速さを超えるくらいに階下に響かせ用意をしていた。
「あ、茜ちゃ? サイズ(胸だけが) ちょちょちょ、ちょっと合わないかもだけど、お風呂しちゃおっか? 」
余計な言葉はいらなかった。
にゃーちゃんはいないのである(鬼の居ぬ間になんとやら)
茜は恥ずかしげもなく嬉しそうに詩穂の意見を受け入れると、部屋着の上着を軽く眺めて言った。
「お腹出ちゃ、うか、も? 」
丈は合っているようだが、どうしても胸の高低差で詩穂の部屋着では茜は窮屈明らかだった……
「あ、茜ちゃ…… 」
詩穂は今から一緒にお風呂に入れる興奮もあって、余り貧乳を気にしない素振りだったが、明らかに茜と自身の差に気まずさがあった。
「う、ん? 」
自分の放った一言が、今日一で何よりも切れる鋭利な刃物であることに気付かない。
茜の無垢な笑顔を前に、詩穂はそれ以上言えなかった。
ただ何となく、貧乳は希望も夢も詰まっている。
あたしの全部はにゃーちゃんの!
そんな自己暗示を誇りに変えて、タキシードに身を包んだ紳士のようにお風呂場のドアに手を掛けた。
「じゃあ…… い、一緒に入ろっか? 」
瞬間すらなく茜の頷く姿を確認した詩穂の頭の中。
いいいいいいけない、いいいけない、いけないよおおおおおおおお!
詩穂の心の中、ミニ妖精達と詩穂が大パレードを行進中。
構わず茜が脱衣所へ先に踏み入った。
タイツと解っているのに、ニーハイの先を眺めただけで顎の骨が割れてしまいそうになるが負けじと詩穂も堂々と続いて扉を閉めた。
「ま、負けないもん 」
両手を後ろ向き、ドアノブに手を掛けて鍵を回した詩穂は誰かと戦っている。
誰か?
それは詩穂のみにしか解らない。 茜が迷わず詩穂の目の前で衣装に見えるフリル沢山の黒いゴスロリ服を脱ぎ始める。
「やっぱ、り、恥ずか、しい…… か、も? 」
女の子の恥ずかしがる顔も好きだ。
そんな詩穂の頭の中は、大砲が打ち込まれ応戦中……
勇気と剣を振りかざし魔王に切り込んだ。
「あたしはこのまま入りたいもん! 」
直球勝負というより欲望のみ、剥き出しの中身だけが茜に吐き捨てられたように見える。
が! 茜が返した言葉は純粋だった。
「自分…… お、友達、と、お泊り、も、お、風呂も、一緒、に、した、こ、と、無いか、ら? 」
鼻血は出そうだった、詩穂は人生至上無いくらい感動に巻き込まれて応戦した。
「あ、あたしもだから、大丈夫じゃないかな? 」
「そう? 」
茜は顔色一つ変えず詩穂に応えた。
逆に詩穂は自分の手刀を首筋に二回三回打ち込んだ。
年頃の女の子が窮屈に感じない程の広さの脱衣所なわけだが、窮屈に感じているのは小さな胸と大きな胸の差ではなく茜の後姿を眺める視線だった。
白い壁に映る影が微動だにせず自分の影と重なったまま。
それを見て茜が下着に手を掛けるのを躊躇った。
「詩穂さ、ん? 脱が、な、い、の? 」
電池の切れ掛けた玩具のように動き始めて焦った様子を見せる。
「ちょっ、つい見ちゃったよ 」
頬を赤くしてやっと服を脱ぎ始めた。 詩穂は行動しながらも茜を見ては照れる。
それを何度か繰り返し服を脱ぐ時間は大分掛かっていた。
「かわ、いい…… ね? 」
言われた詩穂は流石に恥ずかしくなったのか、視線を逸らして服を脱ぎ下着も脱いだ。
そして、口元を上げて笑顔を見せるとその先には、どうしても見たかった景色があった。
はずだった……
「んなっ! 」
バスタオルを胸の高さまでくるんで詩穂を見る茜。
金返せ! バカ野郎! と心の中が叫ぶ、叫ぶわけだがそれも良かった。
心がほっこりとして癒された。
詩穂自身は裸で対面しているわけだが恥ずかしさは忘れている。
「期待しちゃったじゃないか 」
素直なのかおっさんなのか解らない発言その刹那。
バスタオルで武装された鎧を急降下させて茜は笑顔を見せた。
「期待、どお? り? 」
お互いの時が止まった……
目が点になった。
茜がやや右下のほうへ俯いてしなければ良かったと恥ずかしい気持ちを押し出した。
その茜の前で自分の頬を叩く詩穂がいて、脱衣所は混沌に包まれることになる。
「お、お風呂入ろ 」
快進の一言だった。
「ね、え? 」
茜は大胆な行動と裏腹に俯いたまま感想を聞きたい素振り。
「茜ちゃ…… それ大きすぎるんじゃ? 」
反則というか何なのか、同じ歳でここまで山の差が出て良いのか?
詩穂は、妬ましく羨ましくそして何より満足に、緩んだ口元を手で押さえる事無くサイズを遠回しに拝聴した。
「え、ふ? くらいだ、と…… 」
レベルも未熟な勇者がラスボスを前に何処まで出来るか?
答えは、何も出来ないまま終わりである。
詩穂の初期レベルでは何も太刀打ち出来ない、ボスを目の前にして思うことは単純だ。
勝てる気がしないというよりも、生板の上のなんとやら。
「ア、アイドルも顔負けだね。 っていうか茜ちゃ、全部が凄すぎて眩しいよ! 」
両目を何故か閉じて斜め下に顔を向かせて勢いのまま喋りきった。
同時に、詩穂の硬直気味の身体首筋に掛けて、、茜の両腕が優しく重さを感じさせた。
抱き締められた事に気付いて目を開く。
「あ、りがと…… う? 」
耳元で弱く鈴が鳴るように聞かされた瞬間。
高木さん? 高木さん? 貴方はぶーですか? あたしはぶーです!!
子供の頃に好きだった緑色やピンク色の溶けないどろりとした液体を思い出した。
自分の無い胸全域に中身の詰まっているプリンをしっかりと受け止めて詩穂は流血した。
「あ、茜ちゃ…… 」
無敵と呼ぶには鬱陶しい程の笑顔と、直接言ってしまえば巨乳に鼻血は我慢ならず引力に逆らわなかった。
「詩穂さんも、かわ、いい、よ? 」
表裏なんて考える事無く心の中の何かが、地雷原の戦場を駆け抜けて一目散に茜というゴールを目指し純粋でいて凶悪な欲望が顔を覗かせた。

あーーーーーーーーーーーーーーーー

ちゅうしたい。

注意点ではないが二人は同級生女の子同士である。
抑えられない気持ちを心の中で開放して、詩穂はお風呂に入ろうと声を掛けたのだ。
その点だけで言えば、主演賞を取れる程の勇気と演技力ではある。
が! 説得力無く詩穂は抱きつかれたまま、茜の背に両手を回してお願いした。
「あ、もう少しこのままでもいいかな? って 」
止まる気配を感じさせない。 鼻血が止まるまでそのままで良いんじゃないか?
室内は空調も働いて、夏の夜中というのを感じさせない時間が流れている。
「お、ちつい、た? 」
優しい気持ちを二人とも感じ、浴室の引き戸を開けた。
来客も考慮されて造られた為、ちょっとした宿の風呂場と差はない。
「おお! 」
小学生低学年が発想する泳いで良いのかな? を一言で表すには充分で、詩穂も初めて見たとき、同じ事を思ったなと隣で共感する。
「にゃーちゃんのお風呂広いでしょ? あたしが初めて見たときね、泳いじゃったよ 」
泳ぐと言ってもたかが数メートルだろうか、お風呂の大きさも形も家庭で見るものではない広さに気分は上った。
「凄い、ね ?」
「にゃーちゃんは収入が入ると、周りのことに使っちゃうらしくて、お風呂もこんな風にしたらしい 」
並んで口ぽかーん……
気付いたように詩穂はシャワーの場所まで案内して、これも並びで腰掛けて石鹸やらシャンプーを二人で相談し始めた。
「旅館、み、た、い、だね? 」
数種類のシャンプーや石鹸を見て笑顔になる茜の背に、ボディソープを泡立てた塊を当てて背中を流す詩穂。
「あたしが使ってるのは、そこの棚のやつだよ? 」
平仮名で<しほ> と書いてある棚を見ると、茜が愛用している物と変わらない事に気付く。
「自分と、一緒で、すね? 」
「そうなの? 気が合うね 」
洗い流した背中に満足して隣に座り、髪を洗う為にシャワーを手にすると、茜がお返しに詩穂の背中を洗おうとし始める。
詩穂は髪を洗いながら、そんな悪いよ…… と雰囲気を出しつつも髪を洗う手は全く動いてなかったし、蒸気で曇り始めた鏡をそれ以上曇るなよと目を見開いた。
お陰でパッチリと開けた目に、悪意の無いシャンプー攻撃を受けて目が沁みた。
「髪も、あら、うね? 」
目が、目が今正に攻撃を受けている詩穂なのにお願いしたいし断る理由など無い。
「う、うん! 」
腰を掛けた足を内股気味で左右に折り、太股の中央に強く握った両手を置く、好きにしてくださいと背中方面の天使に期待した。
目が沁みて痛いのか、茜の行動に涙したのか、詩穂にしか解らないわけだが、とにかく詩穂の目は赤く充血していた。
お風呂がこんなに緊張することを知ったのは、大人になったような気がする詩穂だった。
二人とも身体を洗い流してお風呂に浸かると、お湯を掛け合ったり潜ってみたり、子供に帰る時間を楽しんでお話をした。
「宿題も課題もやらなきゃなー 」
「商業科は、宿題な、いよ? 」
学科の違いの天国地獄は知っていたが、夏休みのこの差と二人の胸の差は気持ちが萎えた。
良いなという気持ちを押し付けて、脱衣所で着替え始めるとドアがノックされてるのに気付いた。
「にゃーちゃん? 」
それ以外考えられないだろ? と状況が無いのに聞く詩穂。
「茜ちゃんの着替えお母さんから預かって来たから置いておくよ? 」
駐車場に車を置きに向かったと思っていたのに、茜の家にあの時間挨拶しに行ったんだ。
そんな電話一本で済む話じゃないのは解っていたけど……
泣きそうになった。
その気持ちも本当ではあるが、こうも考えた。
にゃーちゃんがあたしの裸を見たいんじゃないか?
そう思った詩穂は胸に一度手を当てて、裸のまま茜の荷物に手を伸ばすが、既に男の姿は無く階下へ続く扉も閉まっていた。
「にゃーちゃんいねえし…… 」
期待とは裏腹に何事も無く、茜に荷物の入ったバッグを渡す。
お互いの髪を乾かし合いながら、いつか本当の旅館にも行ってみたいね? と同じ気持ちで着替えまで終わらせて詩穂の部屋に戻った。
テンションが深夜独特の方向へシフトした二人は、眠くならないのを良い事に茜の好きなお話を沢山していた。 ゲームからアニメ、そしてラノベに至り本題が顔を出した。
「詩穂さ、ん? 麻雀する、の? 」
少し前に自分はネット麻雀では高段者と言うだけあって、詩穂も麻雀が打てるのか知りたい様子だった。 詩穂は少し考えた後に気まずそうに言う。
「リアル麻雀は打てるよ。 でもねにゃーちゃんが、麻雀を打てると言ったらダメって言うから、学校では話さないし知らないフリしてるんだぁ 」
にゃーちゃんの約束事が麻雀にあって。
一つは賭け事をしない事。
一つは教えない事。
麻雀の本質は賭事だからってきつく言われてるの。
「古い、んじゃ、ない ? 」
今ではテーブルゲームの一つとして、インターネット麻雀の需要も高く年少者から年配者までが参加している時代。
その多くは賭け事として栄えた遊びであり、博打が本質なのだと詩穂は教えられた。
「にゃーちゃんの考えは昭和の頑固おじさんだよ! でもね、周りの人とは違う何かがあってね? あたしだけは信じていたいのだ! 」
どれだけ歳の差があるかも解る会話で、茜は気付いた事が幾つかあった。
詩穂とにゃーちゃんは他人だ、そこはもう会話から聞いて取れる。 そして幾つか解らないけど、にゃーちゃんはおじ様だ。 どんな繫がりで一緒にいるんだろうか? 凄く気になるけど、流石に聞けず話を戻した。
「お、じ様、だ? 」
「あ、あたしは全然気にしないし、にゃーちゃんのお嫁さんになれたら…… 」
テーブルを挟んで喋る詩穂。 これ以上無い赤面を見せた瞬間、顔をテーブルに向けて両手で隠した。
茜は何だか真面目なお話しだし、なれるよと声を掛けるべきなのかもと頭の中を過ったが、許せない気持ちも同時に持ってしまった。 口をへの字に作り少し考えた。
「ね、え? 麻雀のテーブル見、たい、よ? 」
甘いお話は聞きたくも無く、自動卓と呼ばれるテーブルを実際に見てみたいと言ってみた。
「お客さんいなければ見れるよ! 」
詩穂は顔を上げて携帯を取り出して、何処かへ連絡のメールを入れているようだった。
程なく返事が来たようで画面を確認すると、降りて来ても良いとの返事だったらしく茜に笑顔を見せた。
「お店降りて来ても良いって! 」
「おお! 」
弱い発声で驚きを隠さない茜と、機嫌の良い詩穂は立ち上がり階段を降りた。
二人ともそれぞれ寝巻き姿、趣味丸出しのまま店内に到着。 フリルの付いたピンク色の寝巻き姿の茜は、乾かした髪をそのままにしてワンポイントのウサギのワッペンが大人に成りきれない少女の雰囲気を出していた。
それとは変わってロングの詩穂は髪を一つに纏め、上はキャミソール下はショートパンツの部屋着代表コスで、夏休みの野原を駆け回る虫取り少年のようだった。
その二人に最初に声を掛けたのはメイド姿の男の娘。
「お疲れ様です、お嬢様 」
品のある喋り方が何処となく低音気味、今ならこの人男なんじゃね?
と茜は考えたがラノベ展開だとこの後は、敵か味方になるだろうと考え、暫し忘れることにした。
「にゃーちゃん! 」
テーブルを磨いていた男の姿を見つけ詩穂は声を掛けたが、返事は無く店内の照明が暗いせいか男の機嫌は良くなさそうに感じる。
ちょっとした間の後に、男は口を開いて聞いた。
「二人とも今日の分の勉強した? 」
いきなり言われたのは答え辛いもので、詩穂の小さな胸は滅茶苦茶危機感。
不味い! 非常に厳しい、上でずっとお話ししてたと言えない。
でも嘘もつけない……
「今日の分の勉強…… してませんでした 」
詩穂はごめんなさいと言うのが先だった、しまったと後悔したが先走って結果だけを話した。
にゃーちゃんの両肩から力が抜けて、何かを諦めたように小さく息を吐いた。
「二人は勉強が嫌いかもしれないね。全て完璧にとは言わないけれど、与えられた約束事は守らなければね? 」
左手をテーブルに置いて二人の方へ体と顔を向けて話し始めた。
「仕事をするのも車を走らせるのも、この国で生きるという事もね。 ましてや学校にも校則という物があるでしょう? 守れない様な事は差程無く、守らない人が世の大半だよ 」
ルールが世の中にはあるんだ。 そのルールを守れない人は余りいない、だけどルールに縛られず守らないことを凄いだろ? という勘違いがある人もいる。 ルールや約束事を守れた上で個性を出す事の難しさ、そういう事に気付ける人間でありなさい。
意味が二人に届くかどうかも男には解っているのだから、それ以上も以下も告げず二人の興味であるテーブルを一台披露した。
四角いテーブル、ビリヤード台に貼り付けてあるような緑色のマットが天板にある。
インターネットの画面とまあまあ似ていた。 テーブル中央に双六を始められそうなサイコロが二つ、違和感を覚えたが初めて見た麻雀卓にドキドキ出来た。
茜はテーブルに近づくとサイコロが入った場所のスイッチを押したり、探偵のような素振りで小さく頷いたり覗いたりしてテーブルの周りを徘徊し始めた。
一方詩穂は、先程の勉強の件でにゃーちゃんの言葉の裏はどんな事だったのか?
ごめんなさいも言えば良かったとか、足りない頭と胸の中で沢山考えてしまいテンションが下がっていた。
「シフォン 」
男は詩穂の頭に手を置くと、それ以上何も言わずカウンタの中へ足を向けた。 グラスを取り出して飲み物を注ぐ手には感情は感じられず。
明日から頑張らないと嫌われる。 詩穂は思いやっぱりカウンタに向かった。
「ごめんなさい 」
グラスを並べてトレイに置いた物を詩穂に渡しながら男は少し笑って叱った。
「楽しいと思うことだけをしていたら、何処までも落ちてしまうだろ 」
「はい 」
やはりそれ以上は言わず四つ置かれた飲み物を、詩穂は披露されたテーブルへ置きに向った。
メイド姿の男の娘が椅子に座りだし、髪を一つに纏めて気合を入れ始めた。
正確に言うならカツラを一つに纏めただけだが……
「今日は僕が勝ちますよ! 勉強勉強っていつも言われて寝る時間も削ったんだ。 肌に悪いし、いい加減認めてもらわないと! 」
胸の高さまで小さく両手を上げて握るポーズを茜が見て、正直オカマさんっぽいなと引いたが、これは深く考えずにラノベ的妄想へシフトした。
この展開だともしや? 今四人いるのだから麻雀が出来るわけで、そうなるのでは!
茜はマックス興奮して血が珍しくたぎった。
男の娘の気合を他所に、にゃーちゃんの静かさは変わらず茜は我慢出来なかった。
そもそも、今が良ければそれで良いと後先考えないで、我儘に生きているボッチなのだから言うことは決まっている。
「あ、の…… 麻雀しま、す? 」
おいおいおいおいー! にゃーちゃんの機嫌は悪いのだよ。
幾らあたしの天使と言えども、今は控えておくれよ。
前髪パッツン、おかっぱボブカット。
エフカップのスーパーアイドルでも今は許されないぜ!
瞬間、その様に取り乱した詩穂だが顔はニヤケた……
そもそも女の子(美少女限定) が好きなわけで、心底否定など出来ないのだ。
「お嬢様打てるの? 」
男の娘はすぐさま食らいついて、茜に卓に着いてくれと仕草をする。 当然その流れを見た詩穂は参戦しようとするが、どうしてもにゃーちゃんの機嫌だけが知りたくて、椅子に手が掛からない。
「シフォン。 座って良いよ 」
男は呆れ顔通り越して、川の字のような縦線が入る程脱力した姿だった。
これは良い経験になるかな?
誰かがそう思い、真夜中の麻雀バトルが今始まろうとしていた。
テンションマックス組の茜&男の娘、ローテンション組シフォン&にゃーちゃんの火蓋が切って落とされる。
ルールを知らない者はいない。
リアル麻雀派の三人とネット麻雀高段者、説明は要らなかった。
「ネット麻雀は出来るようだから、今日は少し手を抜いて始めようか? 」
にゃーちゃんの言うことは先を見過ぎていて、男の娘と詩穂は何を言ってるかよくは解らなかったわけだが。
茜は少しバカにされたと思って食いついて話した。
「自分けっこ、う…… じし、ん、ある、もんね? 」
相変わらずのコミュニケーション障害に詩穂は小さな胸がきゅんきゅんした。
にゃーちゃんは、その台詞を聞いても誤発声と多牌少牌に関しては罰符(ペナルティ) 無しと決めた。 悪意の無いルール違反について今回罰は無い。
茜は言われた事に疑問しか浮かばなかったが、ゲームを始めたらレベルの違いに流石に気付く。 男の娘が親となって席に着く、その位置から右回りに、にゃーちゃん、詩穂、茜と言う席順に落ち着いた。 開始から配牌取りの時点で茜は戸惑い、馴染んだインターネットとは既に違うやり取りが多く、視界の全て即ち他三人を敵視して緊張感が圧し掛かった。
ネット麻雀との違いを理解し、茜は大分慣れて牌を切り出す。
もう少ししたらちゃんと出来るぞ、そう思った矢先に声がした。
「ツモ、4000、8000 」
詩穂がいきなり勝負手を決めた。 茜ならいつも和了役(あがり役)が言われるものだと思っていた為、何が起きたか最初理解が出来なかった。
詩穂は
【ツモ、タンヤオ、ピンフ、三色、イーペーコー、ドラドラ 】
倍満で上るとホッとした顔を覗かせた。 それと同じく親だった男の娘が口を開く。
「何で僕の親のときにいぃぃ、そういう手は彼奴にぶちかましてくださいってば! 」
感情というか本当だけが卓上で木霊して額から瞼の部分を両手で押さえて神にでもすがる女の子っぽい男がいた。
「ご、ごめん…… 」
にゃーちゃんに褒められたくて覚えた人間観察ゲームが詩穂の麻雀だった。
男の娘の今日までの道程と努力を、硬いハンマーを持ち飴細工を割るのと同じように粉砕した事は余り理解していなかった。
そのやり取りの間、茜は指を折って役の数を確認し点棒の支払いを一番最後に済ませて詩穂に言った。
「格好、良、い、ね? 」
大分決定的なリードを詩穂は物にして、更におにゃの子に褒められた(好きと言われたと同じ)わけで今日こそはあたしが目立つ日だと確信した。
8000点という大きくもない穴を開けられ男の娘は暫く腐った。
にゃーちゃんと呼ばれる男は片膝を付き、面倒そうに瞬間瞬間で牌を持ってきては切っている。 何を持ってきて何を切るか、思考よりも周りの判断が遅すぎて彼だけが退屈していた。
詩穂だけは解っているが、本人の行動も五秒かかる。茜は十秒くらいだろうか?
男の娘は五秒。 差して、にゃーちゃんは二秒掛からないで行われる。
高段者である茜も流石に速すぎて着いて行けないことを感じていたし、そもそもこの男は考えて麻雀しているのか疑問に思う。
間があったかどうか解らない、にゃーちゃんと言われる男から宣戦布告が静かに告げられた。
プラスチックの擦れる音がしたと同時に、サイコロの設置してある中央部分に点棒が優しく設置される。
ボカロとは程遠く、比べたら劣化した女の人の声とにゃーちゃんの声が重なった。
『立直(リーチ) 』
声の後の空気が重く変わったのを茜は感じたが、テーブル上に並べられた捨て牌を見ても警戒心は無かった。 茜の手牌には危険と思われる牌が無かったわけで、攻撃される事は低いであろう事が解りきっていた余裕の時間だった。
「麻雀はさ? 」
にゃーちゃんは口を開いて続ける……

日本では博打で栄えた、そもそも発祥の地は中国では無いようだよ。
シルクロードを渡って辿り着くまではエジプトの政…… つまりは呪い事として生れ落ちたのさ。
正確かどうかそれは知らないし、興味も無いんだ……
ただ本来、占いやおまじないとして行われた儀式が、何故ここに来て麻雀として存在するのかをね?
僕は興味があるし、今でも麻雀をしている理由なんだよ。

何周繰り返されたかは解らない中で、茜は躊躇わず自分を優先する行為を取った。
「通る、よ、ね? 」
立直を宣言しようと牌を横に曲げる。
茜の手からしても安全性が凄く高いはずの行動が止められた。
「ロンだよ 」
茜の身体が一瞬硬直して微細な電気が流れる。
右腕の着物の裾を左手で押さえ、にゃーちゃんは鉄製扇子で手牌を一辺に倒した。
「エジプトでは呪い事、中国では龍を召喚したと言うね。 僕のこの和了(あがりて) はレッドドラゴンとでも言うかな? 」
茜から奪われたこれは
【リーチ、チートイツ、ホンイツ、ドラドラ】
にゃーちゃんは24000点を慈悲無く命を刈り取る事により、茜のプライドを死神のように根こそぎ持っていった。
「全ての事象から学ぶことは星の数よりもあるわけだ…… 」
それぞれが深く考えている中、ゲームに止めを制したにゃーちゃんだけが続いた。
「二人とも、もう寝なさい。 明日はちゃんと勉強しな 」
乾いていて冷たくて、夏の日を忘れられるほど無機質だった。
にゃーちゃんが何で茜ちゃんから直撃して、わざわざ茜ちゃんのプライドをへし折ろうとするのか、あたしには理解できなかった。
にゃーちゃんは意味の無い事なんてしないから……
静けさだけが周りを包んで、何かを言わなきゃと思い口を開いたのは詩穂だった。
「そろそろ寝ないとね、茜ちゃ? 今日は疲れているだろうし 」
「ネ、トマ、ならナ、ンセン、ス、だって、言わ、れる…… 事故ってや、つ? 」
会話途中のまま割って茜は言った。
きっとにゃーちゃんの終わらせ方が納得いかないのだろうけど、誰がどう見ても茜が投げた牌を貫いて息を止めただけで文句を言える代物ではなかった。
にゃーちゃんはそれを聞いて、なお一言言って取り合うことはしなかった。
「さあ、二人はおねむの時間だろう? 明日は勉強して終わったらまた考えなさい 」
誰も何も言えず、男の娘のカツラは微妙にズレていた。
「こんな終わり方…… 」
男の娘は続けて言いたそうだったが、カツラがズレていて説得力も無く更にキモかった。
「きっと明日もあるだろうから、待てば良いんじゃない? 」
不思議とにゃーちゃんは一言、卓上に漏らすと詩穂に二階に上れと言いたそうに目を向けた。
詩穂からしたら、絶対のにゃーちゃんなのだから茜をなだめて二階へ誘うわけで、すんなり受け入れておくれとにゃーちゃん以外の誰かに頼んだ。
「茜ちゃ…… 悔しいかもだけど、あの人は別物って思って? 」
茜は今までの感覚と違うリアル麻雀に戸惑ったが、詩穂に聞こえる声で言い放った。
「麻、雀、は自分、の、身体、の、一部だ…… か、ら 」
詩穂は背中の神経に氷を詰められた気持ちになるも二人で階段を後にした。
茜はレアケースに遭遇しただけと、自分の行動に間違いは無かったと主張したかった。
リアル麻雀とネット麻雀に決定的な違いが在る事を茜に言うべきか、言わないで茜と一緒に寝るかを両天秤に掛けた詩穂は、血の涙を流す勢いで言葉をだす。
「茜ちゃ? 」
リアル麻雀は人の動揺まで卓上にみえるんだよ? ネット麻雀って本来見えるはずの相手の挙動は見えない。
ネット麻雀では鳴きを入れる瞬間、タイムラグによって感じることが出来るでしょう?
だからにゃーちゃんはそういった迷いとか、考えの遅れや間を感じて、あえて茜ちゃんを捕らえたと思うんだ。
何でにゃーちゃんが茜ちゃんを倒しに来たか解らないけど、にゃーちゃんはきっと、茜ちゃんに何か残すために実力の差を残して傷付けたと思うのね?
あの人が思うこと考えることは深すぎて、あたしじゃ解らないけど、何かを伝えたかったはずなんだ。
茜からしたら良い迷惑だしどうでも良かった。 だけどもう一度戦える雰囲気ではないのが解っていたから詩穂の部屋へ戻った。
自分は詩穂さんに好かれている、それは解っている。
だから詩穂とお話して何が違うのか見極めたかった。
階段を上って揺れたのは気持ちも胸も有るにはあるが、詩穂がにゃーちゃんという男を余りにも神格視しているのが気に入らなかった。 そして少しだけ嫉妬した。
詩穂は自分のお友達だし、誰にも渡したくないのだから……
いい加減眠らなければと思うも聞きたかった。 にゃーちゃんは何で麻雀しているの?
それを聞いた詩穂は少しだけ戸惑い、口を開こうとしたが携帯に連絡が入り我に返った。
詩穂の携帯はにゃーちゃんからしか着信音がしないからだった。

鳴り止んだ音の切れ間、詩穂は携帯を確認することなく茜に先にゆっくりしてと伝えて部屋を出た。
階段を降りるとにゃーちゃんがカウンタ席に腰掛けて、グラスを手に持ちアルコールを嗜む姿がある。
「にゃーちゃん……? 」
今日の事のどれを言われるか、心当たりが在りすぎてそれ以上は言わず隣に座った。
詩穂の背丈からするとギリギリ脚が床に着かない、カウンター席は詩穂のお気に入りの場所。
「お友達が出来て良かったね 」
そう言うとにゃーちゃんはグラスに飲み物を注いだ。
「うん 」
話された事は勉強しなさい、麻雀は賭け事だから理解した上で付き合いなさい。
簡単な事だった。
「物や行為に依存してしまうと落ちるとこまで落ちてしまうからね 」
それがどういうことか理解するには頭も胸も足りない詩穂だった。
「明日からちゃんと勉強します 」
「そうね 」
硬く渇いたものがぶつかり合う軽い音が幾つか鳴った。
後ろ中央付近のテーブルで、男の娘がカツラを脱ぎ捨てて牌を並べ直していた。
「あそこで7索連打がなあ…… 」
茜の刺さった局を一人で思い返している中年のおっさんに見えた。
メイド姿に髪型はソレであるから、罰ゲームを食らったいじめられっ子の影に見える。
「お友達は大切にしなね。 ただ何も言えない関係を築くのはダメよ 」
「はい 」
やっぱり解らないけど、茜ちゃんを大事にするというのは言われずとも理解してるのだから。
まだ茜ちゃんも起きてるかもしれないし部屋に帰ろう。
おやすみなさいを二人に告げると階段を上り部屋へ帰った。
いつもは気にせず開けるドアを、音を立てないようゆっくり開けた。
「おかえ、りん? 」
茜は枕を両手で抱き締めて詩穂を待っていた。 赤面の詩穂の心の中はきゃわわわ、と可愛いでいっぱいだった。
「茜ちゃ、めっちゃ可愛いよ 」
狐目な茜の瞳が一瞬開いて笑顔を見せる。
「詩穂さ、ん、も素敵、です、よ? 」
今なら暴走列車も片手で止められるくらい詩穂はテンション上った。
寝れない…… 今日はもう寝れない!
そう思うのに明日もにゃーちゃんに嫌われるような事をしてしまうかもと気付いた詩穂は部屋の電気を最小にした。
「茜ちゃ、あたしのベッド使って良いからね? あたしお客さん用のお布団取ってくるから 」
全部を喋りきらないまま茜が詩穂の手を握った。
「一緒、が、良い…… の 」
「んぐっ 」
詩穂の脳内はえっろいテロ行為に耐え切れなかった。
また鼻血出したらあたし変態だ…… 冷静に考えて一呼吸置き茜の顔を見た。
「お風呂、のぼ、せ、ちゃった? 」
茜がティッシュを取り詩穂の鼻にそっと押し当てた。
あたし…… もう駄目だ。

目が覚めたのはお昼前だった。
「お、はよ 」
横になったまま眠い目を擦る茜が、詩穂の胸をきゅんきゅんさせる。
「茜ちゃ眠れた? 」
上体をゆっくり起こして両腕を伸ばしたら、言われなくても大きいと解る胸ばかり詩穂はちらりと見てニヤケた。
「た、ぶん? 」
今日は気持ちを切り替えて勉強をしないとだから、二人は焦り屋さんとのんびり屋さんに別れて着替えだの髪を直すだのと準備中。 女の子だから急いでも30分、詩穂は前髪が決まらない事を気にしては直し、茜は髪を二つに分けてツインテールにした。
「きゃわわ 」
詩穂は前髪を直し満足と同時に茜のツインテールにどっきゅんした。
「そ、う? あり、が、と、う? 」
二人とも戦闘体勢を整えて階段を降りると、男の娘がおはようございますと顔を見せる。
今日はまた凄い事になって息を呑んだ。 腰元まで開いたスーパースリットな赤黒いチャイナドレス。 夏場なのに黒タイツまで履いて腰まで掛かるロングウィッグ。
見た目は完全に女の子というより大人の女を感じさせる威圧感である。
「ふぁ! 昨日、よ、り素敵だ、ね? 」
「タイツ暑くない? 」
男の娘は綺麗になるなら暑いのも平気。
涼しい顔でありがとうと言うと、カウンターへ作業をするために戻った。
にゃーちゃんの姿は無く、詩穂は朝食と昼食のどちらで済まそうか? それを考えつつも行動出来ないまま。
「うーん? 」
それしか出なかった。 顎の辺りを右手の人差し指を当てて考えてると、男の娘がカウンターテーブルの上に食事を用意した。
「お食事の用意が出来ましたー 」
何故? 語尾を伸ばしてトーン高めに言ったのか、詩穂は若干苛立ちもしたが右側の下唇を噛んでストレスを殺した。
「あ、ありがと 」
気持ちを隠せなかったかもしれないと気にはしたが、詩穂は茜とアイコンタクトでちょっとイラっとしちゃったよとアピール。
「素麺、おいし、そ、うだ、よ? 」
二人並んでカウンター席に座り、いただきますをハモらせた。
「色付き、の、欲しい、な」
数本の色を着いてる麺をおねだりする茜。 詩穂も本当は欲しかったが断れずに、良いよという仕草を見せた。 茜は口を開けて詩穂へ身体を向ける。
「あー、ん 」
来たー、キタキタキタ。 これはリア充の中でもランクの高いアレですかあ?
ニヤケ顔を抑えつつ、小刻みに箸を揺らせて茜に色つきの麺を食べさせてあげた。
「詩穂さ、ん? 」
お返しをされた瞬間に、口を大きく開けすぎてしまい、詩穂は麺を噛む事を忘れて喉に流し込み、むせた。
起きてから既に楽しい、食べ終わったら勉強しないとな。 勉強って何でしないといけないんだ?
そんな疑問を感じたわけだが、にゃーちゃんに嫌われるような事をしちゃダメだ。
我に返った詩穂は急いでご飯を食べようと思い、箸を急がせたものの咳き込んでまたむせた。
落ち着きゆっくりと食事をする茜と対照的で、そのやり取りを眺めていた男の娘は温かく笑っている。 食事を終わらせた二人の食器を慣れた手つきで男の娘は下げた。 シンクに向かって食器を洗う仕草を見せると、蛇口に手を掛ける前に自分のカツラを外して洗い物を始めた。
「ふぁ!? 」
カツラを濡らせたくない男の娘の癖を、詩穂は知っていたから驚きもしない。
茜は男の娘のやり取りを見て、やっぱりあの人はラノベっぽいなと思うのだった。
そして全くやる気のしないイベントを消化しなければと、お腹いっぱいになって重い脚を二階へ運ぶ二人。
「茜ちゃ? 今日はお勉強始めないと、にゃーちゃんに×っころされるから 」
伏せ字になる勢いではあるが、小さくされど聞こえるように告げると両肩の重さは増しつつ、空気も重く感じさせる雰囲気で部屋のドアを開けた。
商業科、普通科で課題も宿題も違う中、すんなりとテーブルに目的を進めるのは茜だ。 何処から手を付けたら良いのか? そこから頭を抱える詩穂。
やはり極端ではあるが、消化しようとする気持ちはシンクロしてはいた。
「茜ちゃ? 茜ちゃんは何でも出来ちゃうね? 」
何処から手を付けたら良いのか解らないまま、手を止めてしまうのだから助けてくれという気持ちを込めて詩穂は話す。
「自分、は、夏、休み? 期間? や、ら、なきゃ、いけ、ない、事、は簿記の、資格に、関して、だけだから? 」
目的が一つだけの少女は迷い無く見せ場を披露して、課題も沢山の詩穂を置いていこうとした。
だがそれを良しとしない詩穂は茜の脚を引っ張りまくる。
「じゃあ、じゃあさ? 茜ちゃ? あたしの課題も手伝ってくれる? 」
表情変えず茜は面倒臭いという顔もせずうんと頷く。
詩穂はそれを見て、にゃーちゃんに怒られないぜ! ざまー、と勢いづいた。
「ありがとう 」
 心の底から感謝した。 そして心の底からこの後どうしようしか考えなかった。
茜は課題を早々に終わらせると、詩穂の宿題を手伝いさっさと終わらせてしまった。
課題は本人がやるものだから、茜は自分の携帯ゲーム機を起動し、所謂乙女ゲーをやり始めベッドを占領し始めた。
要領悪くいつもギリギリの攻防を繰り広げる詩穂は、まだ課題を終わらせる目処も無く、勉強は何でしなければいけないのか? そこに拘り考え、自分の行動を制限したままフリーズした。
既に時刻は夕方で、茜はゲーム二週目を迎える前に詩穂に話し掛けた。
「詩穂さ、ん? 自分に、麻雀、お、しえ、て、ね? 」
詩穂は課題に追われてそれ所でもないし、ましてやネット麻雀高段者に教えるほど自分は打てないと思ったから間が開いた。
「リアル麻雀とネット麻雀の違いくらいなら、茜ちゃに解るように言えるよ? 」
考える事無く伝える事が出来る。 教える事が出来るのはそれくらいだった。
何だかんだ今日一日を通してやらなきゃいけない(怒られない量はやったぜ) と思う作業をこなした二人は、麻雀に対しての違いを話し合いだす時間に突入していた。
「茜ちゃ? 茜ちゃの単純な弱味はね? 」
まずは打つスピードであり、牌の並べ方であり間であると詩穂は言い切った。
少しだけ告げることの躊躇いはあったものの、詩穂と決定的に違う差は間であったから詩穂はそこから伝えた。
インターネットの麻雀では牌を鳴くことも、そうでない事も時間で解ってしまうし、何より相手の動揺や癖というものが、インターネット麻雀では出にくいのがひとつ。
詩穂の麻雀は、相手の観察が一番にあって自分がどう動くかは二番目と忠実に守り確立したわけだからプレイスタイルが違うと茜に告白した。
茜は、そもそもがゲーム感覚で実力を上げたプレイヤーであるから、麻雀は全部の局和了(上がり) に向かうゲームだし、それが麻雀と思う打ち手だった。
二人が話す事噛み合わない事といえば、目に見えない流れというものを意識してその場にいるか、目に見えない流れというものはそもそもが無いのか、大きく別つ意見は、まずここだった。
デジタル思考かアナログ思考かな話だが、茜と詩穂引いてはにゃーちゃんの実力の差は見て取れた。
そんな宗教染みた話なんか期待していないのは茜だけが思う話だが、詩穂は構わず続ける。
牌を鳴くときもだけど、鳴くやり方でもう一つの面子が透ける場合もあるし、その行動が相手からしたら狙いやすい事もある。
インターネット麻雀では決して解らない相手の動揺や癖というのも、リアル麻雀ではそれら全てが気付ける事もあると詩穂は言う。
「茜ちゃ? 茜ちゃは綺麗に萬子、筒子、索子、字牌と並べるでしょ? 」
それ事態が癖であって、にゃーちゃんからしたら何を並べている。
何処から何を切り出して、欲しい牌がここら辺だろう?
とかも考えて打っているんだよ。 そう言いたかった。
茜からしたら当然寝耳に水だが、少しは素直なようで詩穂に聞いた。
「詩穂さ、んも、そ、う、い、うの解る? の、か、な? 」
「あたしはにゃーちゃんのような人間感情察知機能はないよ 」
あの人はひたすら別物で、もしかしたら人ではないのかも……
とすら詩穂は思っていたがそうは伝えずに自分は未熟だと告げた。
詩穂が大体で言いたい事は、インターネット麻雀では自動的に並べられる姿。
萬子、筒子、索子、字牌というのもリアル麻雀にはないということ。
茜の理牌(牌の並べ方)はゲームのように決まってしまっていて、次に切り出される何かがある程度絞り込まれてしまう。 と同時にそこを狙い打つ事も、にゃーちゃんからしたら簡単であることがまず言いたい。 でもソレが難しい。
結局はにゃーちゃんはあたしたち高校生からしたら、幻想世界の住人であって化け物染みた何かを持って生きていると伝えたかった。
茜はその話を聞かされて、なお自分は負けないと詩穂に決意を現した。
インターネットとリアルでは勝手が違う。 圧倒的な感覚の差というものを詩穂は茜に教える事は出来なかったのかもしれない。
夕飯のメニューを聞かれるまでに話し合った麻雀の話は、お互いにとって無駄でしかなかったのかもしれない。
夕飯をお腹に収めた美少女達の数時間後、打ちのめされて気付くわけだが。
二人はまず
「夕飯何がいい? 」
と聞かれたにゃーちゃんの台詞に
「お肉! 」
と言い放ってハモった。 にゃーちゃんのお財布が悲鳴を上げるのも間違いなかったはずなのに、エアコンの効いた室内ですき焼きでもしなさいな? そう言うと、詩穂の部屋にコンロとお肉セットを男の娘に運ばせた。
何故か男の娘の頭はヅラが取れていて若干気持ち悪かったが、部屋でお気に入りの美少女と夕飯を食べられる詩穂は機嫌が良かった。
持って来てもらった結果だけに、ありがとうとさっさと言い放ったが、お肉が少ないんじゃないのか? と思う苦い思いを言えないまま二人で分担を始め楽しんだ。
宿題自体は既に無く明日からは課題を終わらせるだけの二人なのだから、夕食を済ませればこの後の時間に、にゃーちゃんを倒してやろうと心の中で悪魔がお互いに囁いた。
それがにゃーちゃんの逆鱗に触れるのか、一夜漬けでにゃーちゃんを倒せるのか?
ネット麻高段者の美少女とリアル麻雀玄人の美少女。
下克上の舞台が始まるのだが、今はすき焼きを作るところから始まってるわけで暫くは食べ終わりそうにも無いことが作った事もない二人をあたふたとさせた。
「茜ちゃ? すき焼き作った事ある? 」
「あ、る、わけ、ないでしょ、う? 」
まあjk二年目の二人には壁も高く食欲を満たすまでは程遠かった。
二人で悩む事暫く……
お互いが携帯レシピを検索中。
「おお! あたしこれなら見て作れるかも! 」
そう最初に口火を切ったのは詩穂で、画面を何度も読み返し頷く頷く。
上へ下へ目を配らせて更に頷く姿勢を可愛いなと思い、茜は暫くその様子を観察しながらコンロに火をつけて時間を進ませている。
牛脂といわれるサイコロの形をした脂の塊を、二つ三つと投げ入れて小気味いい音を鍋が立て始めた頃。
「茜ちゃ! もしかして作れる感じ? 」
いい加減作れる気持ちに浸っていた詩穂は、茜の慣れた手つきに気付いて質問してしまった。
茜は言われた瞬間に動揺はせず、このままお肉を入れてしまえと脂が引かれた鍋へ肉を投下した。 当然作ったことは無い。
「今、み、た…… もんね? 」
少し自身無さそうに言う茜。 それとは真逆にお肉を引いて、熱が伝わる前に砂糖を入れてと順調に暴走をしては先走る。
「茜ちゃ、本当に器用だね 」
「そ、う? 」
照れてはいるも茜は一瞬のミスも許されない状況下、調べた事を順番に消化して詩穂と協力して作り上げた。
完成に至っては二人とも両手を挙げて喜んだが、味を見る前なので大きい胸と小さい胸の二人は同じく不安を抱えた。 そんな中で二人とも覚悟を決めたのか、いただきますと手を合わせ、同時にお肉から箸をつけたのが性格の根本を垣間見た瞬間だった。
「いただきます! 」
お互いの卵を割りあって、食器の中に卵を落とす。 素敵で小さな時間を惜しんだが食べてみれば納得の味。
「お、いしい、ね? 」
「うん! 」
二人の次からの箸の進め方も、食べる時間の掛け方も似てすらないまま。 ゲームやアニメ、昨日の麻雀のお話しと夢中で過ごす。 時間を掛けて沢山沢山今を惜しんで食事を楽しんだ。
茜は時折、何処か陰を落とす表情を見せるものの、それに気付いては話掛け方が解らない詩穂は少しだけ寂しい気持ちになったが、大切にしたいお友達……
彼女はあたしが守るんだ!
そう決意を確認して茜の顔を覗いては、胸と顔を見返してニヤケていた。
「茜ちゃ? ずっと仲良くしてね 」
そう言う事で茜の何かを和らげたかった詩穂は、いつもは緊張して言えない台詞をしっかりと言えた。
「うん。 詩穂さ、ん。 側にいてね? 」
思春期の少年が赤面して顔を俯かせるように、詩穂は俯いてニヤケて自分の鼻の辺りを手で押さえながら何度も首を縦に振った。 全力で上下した。
「ずっといるよ 」
パレードが心の中で始まり、鐘が鳴り響く妄想が爆発した。
茜ちゃ、大好き! 一生一緒にいたいおーーーー!
心の声を茜は知らないし、二人は女の子同士。
ここまでは誰しも解るお話。
「ごちそうさまー 」
女の子二人が食べる量も、たかが知れているしそうは多くなかった。 なのに食事から二時間ほどが経過、いい大人なら晩酌をして寝ようかと頃合は見て取れる。
二階から二人で片づけを分担し、交互に降りては上ってを繰り返した間。 一階部分のお店であるフロアに客足が無い事を確認した茜は、詩穂にこの後また麻雀が打ちたいと言い出すタイミングを見計らっていた。
「お風呂しよっか? 」
晩酌など無い二人だから自然な流れだし、何も悪い事は無いが詩穂の顔は少しだけ頬に熱を持つ言い方だった。
「う、ん 」
その顔を見ても茜は詩穂を好きで一緒に入りたいと思い返事した。
前日ほどの大きな展開は無いものの、詩穂の心の中は凄かった……
その一言でいっぱいになるほど刺激が強かった。
アール指定でもなければ、18禁展開でもないのだが……
詩穂の想像もとい妄想は思春期の少年のそれを軽く越えるのだから、詩穂は大満足で髪を乾かしてはニヤケた。
「詩穂さ、ん? 」
最中、少し聞き取り辛い声の大きさで茜は詩穂に話し掛けた。 ドライヤーを止めて茜へ身体を向けると、そのまま茜は詩穂へ抱きついて麻雀を今夜もやりたいとお願いする。
詩穂はにゃーちゃんが何て言うか解らないな? と疑問は持ったが、茜を抱き返してお願いしてみようか? と余韻を楽しんだ。
そのやり取りの際、二人が裸であったかどうかは二人だけの空間のお話。

宿題も課題も済ませてる、にゃーちゃんの機嫌を悪くさせる事はないのだが……
詩穂は何処か腑に落ちないまま、それが何か解らないのに階下へ足を運ばせて話しに行こうと決めた。
階段を降りようとした、その様子を気にして耳を澄ませば男性の話し声が聞える。
「良い娘達じゃないですかー 」
少し煙っているようで、アルコールの匂いと空気を嫌いながら茜の手を握ってカウンタへ降りた。
そこには男の娘とにゃーちゃんが向き合い、お酒を飲んでいる姿だけが覗く事が出来た。
私達の話をしていたとすぐに気付いて、本題は言えず一言声を掛けるしか出来ない。
「にゃーちゃん…… 」
声に反応して無造作に髪を流した頭を二人へ向けた男が、右手で持ったグラスの中の氷をゆっくり回っているのを見ながら詩穂へ声を掛けた。
「やあ、そろそろお休みの時間だろ 」
にゃーちゃん大好き詩穂はご機嫌斜めを空気で悟り、思考回路は直ちに自分の部屋に逃げなくては! (もう寝なさいって言われてる!×っころされる!)
さてと、避難、避難。
そういうわけだから、茜ちゃ? 愛の巣へ帰りましょ?
「麻雀…… し、ま、せん、か? 」
あ、茜ちゃ? 不味いよ。にゃーちゃんの機嫌は絶対悪い。
「茜ちゃ? 明日明日、明日のほうが良いよね? 」
「や、です 」
俯いて肩に力が入ったまま両手を握って立つ茜。
しばしフリーズし、何で空気呼んでくれないの?
とにゃーちゃんの機嫌と美少女の我儘を両天秤に量り、両手で頭を押さえて天井の照明を見て現実から逃げた。
ひたすら時間よ、過ぎておくれと詩穂は祈ったわけだ。
が、夏場の空気とは思えないほどひんやりして、誰かの怪談話を必要に感じないほど背筋が凍った。
そこに助け舟を出したのは男の娘で、にゃーちゃんのグラスに強めのお酒を注ぐと聞こえるように、僕が麻雀したいと言おうと思ったと笑顔を見せる。
「昨日のはちょっと大人気ないですよ! 僕だって見せ場を作れたのに、今ね二人を僕が呼びに行こうと思ったんですよー 」
男の娘がにゃーちゃんを倒す為の、人数合わせとして二人を呼びに行こうとした。
だから、二人を巻き込む形で僕が闘いたいんだ。
言葉の表面上ではそう捉えられるやり取りを、不機嫌そうなにゃーちゃんは見回していた。 カウンタから出てきて何をするかと思えば、グラスの中のアルコールを一気に飲み干して静かに男の娘に近づいた。 茜だけがボーイズラブ的なアレを期待し大きい胸が高鳴ったが、零距離に達したにゃーちゃんは男の娘の頭に手を置いて髪を撫で下ろした。
はわわわわわわわ!
詩穂と茜はこのやり取りを刹那的思考で最上級に連想、妄想を繰り返し広げたが頭の中の結果とは違った景色が男の娘を襲った。
重力に逆らわずカツラを取られ、無残な髪型の男の娘だったオカマ姿だけが二人に写った。
笑いを堪えられず詩穂は笑った、茜はやっぱりこうなるとキモイかもと引いた。
「何でウィッグ取っちゃうんですかー! 」
お前が下らん優しさを二人に掛けるからだよ……
「シンデレラも二人も12時までだ、今からなら3回は打てるだろ 」
普通の人たちが麻雀をすると大体一度のゲームで一時間ほど、この四人ならそう無理な時間配分でもない。
,にゃーちゃんの機嫌が何で悪いのか、詩穂は心底解らなかった。
だが連日の麻雀バトルが茜の我儘で始まることになる。
「けーちゃ? ごめんね? 」
詩穂は男の娘の名前を呼びたくなかった。 男の娘って何? そんな価値観が詩穂にはあったし、正直無理あんだろ? と思える格好の時イラッとしてしまうから……
だけど男の娘のしてくれた行動でここまで来れた。
詩穂は小さな胸がときめいて、名前を呼ぶ事が出来た。
「だって僕も打ちたかったもーん 」
気にしないでいいよという感情が伝わってきたものの、得意に顎を上げて喋ったシルエット。 照明が当てられ微妙に髭がちらりと見えてきた。
詩穂は、やっぱり素直になれず笑いも堪えた。
本来彼の行動を察してありがとうを言わなければいけない茜は、誰に言われるも無く既に椅子へ腰掛けてやり取りを眺めていた。
「好きな場所に座りな、僕は最後で良いから 」
そう言うとカウンタの中へ人数分の飲み物を用意して、にゃーちゃんだけがアルコールを持ち最後の席へ着いた。
依然、機嫌は良くなさそうで詩穂は何処からしくじったのか、そればかりを気にして黙っていたが、少しずつ集中してテーブルの中心を眺めた。
ぼさぼさ髪の男の娘は、にゃーちゃんに灰皿を渡そうと席を立とうとしたが止められた。
「この娘達の前では吸わないから良いよ、ありがとう 」
詩穂はそういうにゃーちゃんの行動が好きだ。
なのににゃーちゃんの考えてる事は殆ど理解できない。
一方的なやり取りがいつもあって、詩穂はよく悩んでは頭が混乱した。 麻雀は個人の性格が物凄く反映されるもので、これを理解できたらにゃーちゃんに近づけるんじゃ?
そう考え覚えるようになった。
打てると言われる頃には相手の性格が解るようになり、観察する事への大事さを理解できた。 なのににゃーちゃんの考える事、成す事未だに詩穂は全く掴めないままだ。
「賽を振りなさい 」
テーブル中央にあるサイコロの入った場所。
そこのボタンを押すと勝手にサイコロは運命を決める。
誰が振るかも申し合わせなく茜はすぐに手を伸ばした。
出た賽の目は5、茜が親を取りゲームは始まった。
「お願いします 」
四人の声はその場に言われ、時間にして5分経たずに茜が不慣れに両手で牌を倒した。
「ツ、モ? 」
【タンヤオ、ピンフ、赤】
2600オールから始まると、男の娘が次に1300を茜から上って、茜の親は流れた。
「持ってきたー 」
見えない運のやり取りを、ギャンブルやスポーツで言うと流れと呼ぶ。
それを持ってきた。 そう男の娘は言って親番を迎えた。 数順にして男の娘は手元の収納部分を開き1000点棒を取り出すと、テーブル中央にそれを置いた。
「リーチ! 」
その言葉よりもテーブルから発生する声の方が美声だったが、詩穂は迷わず無筋である危険と思われてもおかしくない牌をテーブルに置いた。
迷い無く男の娘の宣言はスムーズに行われた為に、詩穂は逆に危険と思われる所は全部無いと読んで前へ出た。
数順にして茜が置いた字牌、西を男の娘は捉えて牌を両手で倒した。
「12000ですー 」
茜の身体は少し止まった。 麻雀経験者は誰しも振り込むという事に抵抗感や敗北感を持つ。 茜も例外なく動揺を隠せなかった。
【リーチ、チートーイツ、裏ドラ、裏ドラ】
ドラが乗らなければ4800点の手だが、出て上るには待ち頃の字牌を手に入れたのだからリーチだった。
詩穂こそ本当は、その前から上れていたが牌を倒す事はしなかった。
なおも男の娘は点数を稼ぎ40000点を越えてゲームが続いた。
「僕の時代が来たー! 」
上機嫌のオカマにしか見えなかったが、茜は死に体で詩穂も1000点代。
にゃーちゃんの動きは無く、依然無言のままお酒を飲み続けては牌を切るだけの機械だった。 次局を男の娘が二度鳴くと、誰でも緊張が走る局面を迎えた。
白、撥と男の娘のテーブル右隅に並べられ、茜の1ソーをチーした。
麻雀で言われる最高の攻撃に大三元というものがある。 テーブルにはまだ中が見えていない。 緊張が走る中、にゃーちゃんが全て牌を倒してリーチを宣言した。
「オープンしてあげるよ 」
相手に待ち牌を見せてリーチを宣言するのはローカルルールだが、にゃーちゃんは敢えて牌を全て倒してリーチする。
男の娘の当たり牌は字牌の中と4索。
にゃーちゃんの当たり牌は4索と7索、字牌の中。 男の娘に当たられない形で、男の娘は窮屈な闘牌を迫られる。
「何で僕の邪魔をするんですかー! 」
大三元を目指すうち方をした人は誰しも経験があると思うが、捨て牌が一色傾向になりやすい。
男の娘は大三元を目指し更に最短で勝ちに来たのだから、にゃーちゃんからしたらガラスで透けているような闘いをさせられているに等しかった。
「ん? けーや、お前の待ちは僕と一緒かい? 」
虐めと言うより公開処刑であることは、麻雀を打てる人には解るし場は笑いに包まれた。
案の定にゃーちゃんの当たり牌を男の娘が引いてしまい、役満払い(32000点払い)をさせられて一気にモチベが消え失せた。
「何これ…… 僕の流れは何処いったん? 」
茜の死に体と並び、口から何か出てるような半開きを男の娘は見せて黙った。
巡ってきた親番の詩穂は、限定条件で行動するしかなく小さな胸が締め付けられる。
にゃーちゃんを倒すには、男の娘と茜からは当たれない。 限定された世界、やり辛い事が世の中のアレがダメこれはダメというものに似てるな。
何故かそんな事を思い浮かべて、テーブル中央のボタンを押した。
詩穂は数字を並べる事が好きだ、一つの数字が隣同士に繋がる。 家族だったり恋人だったり、連想しては卓上に並べて欲しがった。
自然と幸せの形は両面で、隣同士の数字の結び付きを気に入る打ち手になっていた。
リーチという決意表明をする事を苦手とする詩穂は、この限定条件の中出来る事をしようと与えられた配牌という素材を大事に育て上げ12000点を作っていた。
身を潜め男の娘から見逃し、茜から見逃し数順後、牌を倒したのは茜だった。
500、1000。
【ツモ、タンヤオ】
この状況下、詩穂の努力はあっさり摘み取られ、顔に出さないものの茜の行動を非難したかった。
にゃーちゃんはそれを見届けて賽を振ると、一回目の終わりを早々に告げた。
男の娘から9600点を心無く討ち取って終わらせた。
「二人とも約束は守らなきゃね 」
終わらせたにゃーちゃんは、点棒を整理しただけだった。
詩穂は約束を守っているのに何故!?
疑問しか沸かず、余計に悩んで二回戦へ突入したのが動揺を隠せないまま。
詩穂は独り、無い胸に手を当てて考えたが思い当る所は無く心は沈む。
にゃーちゃんは、いつも物事の本質を語ろうとしないし、何処か周りの人には伝えたところで意味もあるまいと諦めた行動を感じる。
「にゃーちゃん? 」
詩穂は今回までの流れの中、本気で解らず何も出来ないままゲームが進んでしまう。
麻雀という世界もにゃーちゃんという世界もすれ違う気がして、つい答えを求めてしまい、更にはそれが迂闊だったと最後気付いてしまった。
「毎日しなさいと言ったのは勉強だけではないだろう? 」
それを言うと、前回勝負を決めたにゃーちゃんが次のゲームの開始を告げる為、テーブル中央のボタンを押した。 戦慄した。
茜はきっと毎日連絡すると約束した事を既にしていない。
すぐに気付いた、詩穂はそれ以外に見当たらなかった。 当の本人は差して動揺すること無くこの場に溶け込んでいるが、気付いた詩穂はすぐに聞いた。
「茜ちゃ? ママに連絡したよね…… ? 」
信じたかったけれど、それを言ってあげるのが友達なんじゃないのか? そこは気にし過ぎた事と、あたしは悪くないよ!
と言う自己防衛的な伺い方が逆に自分を苦しくさせた。
「…… し、て、ない 」
どうせ連絡しても意味なんて無いでしょ?
茜からしたら連絡しようがしまいが変わらない事に、いちいち連絡するつもりも理由も無いわけで。 何故今更聞いてくる? 今が良ければ良いだろう? そう思った。
そして、そう態度に出していたし、今更これ以上話してこなくて良い。
一方的にその話題は振ってくるな! と、態度を露にした。
「ぇ…… 」
小さく漏れて動揺したが、茜の機嫌も悪そうなのとやっぱりここが原因かと解ったのが傷ついた。
パチンと乾いた音が聞えたと思うと、にゃーちゃんが卓上に牌を切り出した音だった。
普段感情を乗せてテーブルに音を立てないゲームをするのが、にゃーちゃんなのに詩穂はこのやり取りは致命的なんじゃ? そう思い、今すぐに麻雀を止めて、茜に言わなければと思う事が幾つもあった。
なのに茜は、何事も無いようにゲームを進める。 自分の番が回ってきてしまう。
男の娘はメイクも落ちてきて、というより溶けてきて青年になっていく。
この時点で自分以外全ての方角がカオスで狂いそうになった詩穂は、ご立腹のにゃーちゃんに助けを求めるしかなかった。
牌をテーブルに切り出しながら、言葉を漏らす。
「にゃーちゃん…… 」
にゃーちゃんは表面上何もないように、秒速で牌を持ってきては切り出すだけで、特に何も言わなかった。
数順した時茜はリーチを宣言し、同順にゃーちゃんに追いかけられた。
 「捲り合いなら運の差とでも言うのだろう? 君は超個人的主義者で愚か者だ、周りが何をどうして自分があるのか? 少しは考えなさい 」
左手で右手の裾を捲くり、右手で鉄製の扇子を持ちながら牌を一辺に倒す。
倒れた先に12000点が突き刺さった。
茜は何を言われても、何故そう言われなきゃいけないのか?
今ある世界が今一、ふざけてるとしか思えないまま深い傷を残された。
「別、に、連絡、す、る、必、要…… な、い、で、しょ? 」
ここに泊り込んで良い事になったのも自分がした事ではないし、あんたが勝手にしたのだから自分には関わりないでしょ?
誰もの耳にも冷たく聞える言葉だった。 何でここまで周りの事を考えもしないのか?
正直、詩穂には解らなかったしにゃーちゃんのリミットブレイクが近いのではないか?
焦りだし麻雀をするのか? 茜を止めるのか?
自己判断出来ずに頼れる人へは言い出し辛いし、男の娘をみてアイコンタクトをしてしまった。
空気重すぎてヤヴァいんだけど?
にゃーちゃん、約束の事気にしてんの?
そう視線を投げたのに、男の娘は顎に生えた髭を爪で抜きながら
「わ・か・ら・な・い・よー 」
と空気読まず口パクで返したものだから、詩穂の何かに油をぶち込んだ。
こいつだけには負けたくない!
にゃーちゃんと茜、詩穂と男の娘だった人。
変に対決ラインが動物の縄張り争いのように巡らされて、二回目のゲームが進む……
茜だけが持ち点のない場、状況下で詩穂は気持ちを直し、男の娘だけには負けないと気合を入れた。
ゲームが進むにつれてにゃーちゃん以外の点数は平たく、三人共に一万点後半くらいで誰にもトップが取れる状況だ。
親番の詩穂は手牌が二個ばかり集まる対子(トイツ)手牌になり苦しんでいた。
【チートイツ、トイトイ…… んー? んー? リャンペイコー? 】
見れる役と可能性を考えて手牌をいっぱいに広げる事で、詩穂の好きな繋がりを作り始め順が進んでいく。
「ぽ、ん? 」
茜が役牌を鳴くとその場が動き始め、男の娘からはテンパイの気配が窺える。
詩穂の手もあと一枚埋まれば上れる手で、真直ぐに走りたい。
その間が悟られてにゃーちゃんから声が掛かった。
「リーチ 」
男の娘はその声に溜め息を漏らし、肩の力が一気に抜けた。 詩穂は男の娘がこの局面、戦いに来ない事が確実と思い、当たられても良いとまっすぐに走った。
にゃーちゃんに当たられない牌を男の娘が抜いて打つと茜がそれを鳴いた。
「ぽ、ん? 」
にゃーちゃんの当たり牌は解らないままの詩穂からしたら、危ないと思う牌を茜が切り出す。 その牌が詩穂の欲しい牌で、自分にも危険と思われる物だから、茜ちゃも前に出てると焦った。
茜から当たると詩穂も茜も次のゲームでトータルプラスにすることは難しい。 思った矢先、茜が切った牌が当たり牌となる形で詩穂の手牌は攻撃に出た。
茜ちゃ! 出さないでね!
リーチへ行くのは不安で息を潜める。 その順で茜は同じ牌を手牌から切り出した。
詩穂は迷わず見逃してにゃーちゃんに当たられませんようにと、危険と思われる持ってきてしまった牌をテーブルに打ち込む。
「ろ、ん? 」
一瞬の間に詩穂は、茜ちゃがあたしから上ったんだ…… そう息を呑んで手配を確認すると
【タンヤオ、ドラ 】
の2000点……
トップがリーチを打ってきた状況で、この手で来ちゃったのかと思ったが詩穂は点棒を茜へ渡した。
にゃーちゃんが手牌を倒して麻雀牌をテーブル中央に戻すとき、詩穂は見逃がさずショックを受けた。
にゃーちゃんはテンパイしておらず、ただ三人の身勝手を眺めていただけだ。
何で試されているのか解らないまま、四人の点数も平たくなり南場が進んでいく。先ほどの東場で終了した後だし、上出来に見えるが誰が何を上っても良い平たさ。
 ここまでの道のりに心が削られていた。
最終局、男の娘があっさりと700,1300点を上り男の娘がトップ。
 「ツモピンドラー 」
 メイクも何も無い男の娘だった者が、うっすら髭を生やした顎笑いを見せて詩穂はムカついた。
 最後のゲームで詩穂がトップ、茜はにゃーちゃんをラスにしてトップがトータル条件。にゃーちゃんがラスを引くことはまず無い。
 詩穂は男の娘にだけは勝たせないと心に決めた。
 麻雀を終わらせてから茜ちゃとお話しなきゃ……
 その事もあり決着を急ぐ。
 ラスあがりの男の娘が機嫌良く賽を振り出した。
数秒間の乾いた音が、詩穂には長く感じ茜を見て不安になった。
ゲームが始まり進む中、にゃーちゃんは落ち着いた声で話し始めた。

「学校にもさ 」
校則があって守らない者には罰がある。
社会に出てもそれは会社内の規定だったり法律という物で、この国にはこの国が良しとした枠組みがあるんだよ。
その決まりごとの隙間がどの国にも、どの組織にも例外なく存在していて大人はそれをグレーゾーンと呼ぶのさ。
法律では良いとされていても、実際問題それが病気に繋がる事。
僕で言えばそうだな、煙草とアルコールといった所かな?

「リーチ」
話の合間ににゃーちゃんが宣言し次の順上がりが告げられた。
8000、16000。 【四暗刻】 比較的見られる役満(麻雀の最高役)を上り、男の娘はカツラの無い頭を掻き毟って絶句した。
「だから何で僕が親のときにーーー 」
詩穂は、ざまあと思うし笑いたかったが、にゃーちゃんの言う繋がりが見えてこなかった。
詩穂の親は流局し、にゃーちゃんの親でゲームは始まった。
そして状況が難しく進む中で茜は動じず、、この状況から何を考えてるかは見えない。
それでもなお三人が手を進める中で、にゃーちゃんは誰にでもなく話している。
国の政(まつり)において全てが正しいか?
答えはノーだ、だからこそ大人と呼ばれる年齢と成れば投票権が与えられるし、言わばこの先の国の在り方を決める意見を言えるようになる。
世の中は全てにおいて不平等で不誠実さ、僕らだって誰しもが生まれてくる場所も権利も権力すら選べてはいないだろう?
麻雀の配牌というのは、それらが生まれる瞬間の不平等に似ているね?
役満ばかりを目指せる配牌なんて漫画の中それでしかない。 そんな奇跡染みた何かに生きている上で何度も何度も体感なんて出来ない。
麻雀というのは賭け事でしかないかもしれないが、見方によっては人生の縮図かな?
自分を見つめ直す場所でもあるんだよ。 当然、麻雀というゲームにすら、約束事は存在するしまたさっきの話のようなものさ。
 「ツモ 」
 にゃーちゃんが宣言し、また点差は離れるだけになる。 中央のボタンを押したにゃーちゃんが言う。
 無機質に局の始まりを告げた瞬間だった。
 「珍しいね。舞い降りたこれは君達に何を残したんだい? 」
 16000オール……
 にゃーちゃんが牌を倒して、男の娘が大嫌いな食べ物を強制的に食べさせられたような顔をして今夜が終わった。
 手牌だけで言うならただの 【ピンフ、ツモ】
親の第一打、ツモと言われれば役満……
 何が何だか解らないまま、男の娘より詩穂は上になれたが納得いかない終わり方に席を立つのは一人だけだった。
 「三人とも寝なさい 」
 にゃーちゃんは怒ってる素振りも無く、ただそう言うとカウンタの中へアルコールを取りに行き、一息にそれを口へ流し込むとお店から出てどこかへ消えてしまった。
 「僕は寝る時間にしては早すぎるー 」
 不満というか何処から突っ込んで良いか解らないほど、男の娘だった人に詩穂は大変言い辛かったが最後の一言を告げた。
 「けーちゃんも…… 頑張ったよ。 お風呂入って寝たら? おやすみなさい 」
 何ていうか別次元過ぎて、麻雀が嫌いになりたかった。 側で茜は立たず、ぼそぼそと小声でテーブルに何かを言っていた。
この後何を話したら良いだろう? それだけが不安で、迷いだらけでにゃーちゃんを追いかけたかったが……
追いかけて外に出たら、怒られるのも解っていたから部屋へ帰らなきゃ……
それしか選択肢は無かった。

13階段というけどあたしも今そんな気分かな……
 茜を連れて部屋へ戻る階段の長い事、茜はずっと黙ったまま……
詩穂は元々真面目なお話は凄く苦手。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう? と部屋に着いてしまった。
「猫さん、チート、過、ぎ 」
茜はまず麻雀の話から口を開いたが、詩穂はそんな話はどうでも良く、本題にどういこうか迷っていた。
「あ、茜ちゃ? あのね、ママには毎日連絡してね 」
約束を守れない人、その殆どは守れないではなく守らないだけで気付かないだけ。
だけど、嫌われたくない詩穂はやんわりと茜に言う。
茜は黙ったまま、何故連絡しないのかは言わなかった。
そして明日から連絡するとも言わないまま、また麻雀の話を始めた。
「詩穂さ、んは、麻雀、どうやって、覚え、たの? 」
噛み合わないやり取りが少し怖いと思ったが、詩穂はそのまま話に乗る事は無く茜を見ていた。
「茜ちゃ…… 」
テーブルを挟んで二人は座ったまま、茜は詩穂の目を見る事無く黙っている。
詩穂は何でこんな簡単な約束を守らないのか解らなかったし、せめて理由を話して欲しかった。
「茜ちゃ…… ? 」
もう一度名前を呼ぶと茜は詩穂の事を見ないままに返事をした。
「自分、別に連絡したく、な、いです 」
何でかを聞いても理由を話す事無く、俯いて黙ってしまう。
詩穂はこれ以上、無理に聞いても無駄だと感じ諦めてしまった。
「茜ちゃ? そろそろ寝ようか 」
今日はもうこれ以上何を話しても難しいぞ、そう思い寝る事を提案したが、茜は首を縦に振らずに黙ったままだった。
数分間、二人の時間は夏の夜に羽音を立てる虫の音だけが聞えていた。
詩穂は耐え切れず茜に謝る。
「ごめんなさい。 あたしがお昼に茜ちゃに言えば良かった 」
連絡を一つするだけで誰にも迷惑が掛からなかった事なのに……
「別に 」
茜は自分が嫌だと思うことには、ひたすら不機嫌なだけでそれ以上は何も出なかった。
詩穂は正直困った。 約束事が難易度高いもので、本人が守りたかったのに守れなかったと言うならまだしも、誰でも出来る簡単なことを守らなかったから……
忘れてたとかなら、まだ可愛いけど連絡したくないって? 何で?
詩穂は明日もどうしよう、にゃーちゃん怒るかなと、美少女とにゃーちゃんの間で板挟みになって困った。
時間がどう過ぎたかは意味をなさないまま、その日二人はテーブルを挟んで寝てしまった。
起きて詩穂は話の続きをしたかったが、茜はその話を匂わせるだけで黙ってやり過ごす事を繰り返す。
日課にしなければいけない勉強をしようと、詩穂は机に向かおうとするが相変わらず勉強嫌いで、手際も悪く何から手を付けるか迷うばかりで溜め息をついた。
部屋にはテーブルと机、勉強するにはスペースが充分すぎるくらいあるが、溜め息そして落胆。
茜は課題を済ますと携帯ゲームを始めて時間を過ごしていく。
昨日の件で詩穂は茜に相談するのも気まずい為、茜から何か話しかけてくれないかなと、小さな胸の中は期待が大きかったが変化は無く詩穂の部屋のドアが二回、三回と軽く叩かれて声がした。
「二人とも、洗濯物は自分達でしなさい。 朝とお昼のご飯も二人でやりなさい 」
やはりドアを開けずに二人に話し掛けた男は続けて話す事があった。
二・三日にゃーちゃんは家にいないこと。 その間夕飯以外の事は自分達ですること。勉強して空いた時間で遊ぶ事、その程度だった。
余裕だと確信する詩穂はすぐさま返事をして茜に声を掛けた。
「茜ちゃ? ご飯どうする? 二人で作ろっか? 」
「作った、こと、な、い、もんね? 」
簡単なものなら作れそうな年齢だけど疑問を持たないまま、詩穂は仲直りの切っ掛けを発見する事が出来たと思い喜んだ。
「じゃあ、一緒に作ろう! 」
茜は言われるといつもの笑顔に戻り、詩穂に抱きついた。
「う、ん 」
一種脳内に麻薬が打ち込まれるような感覚が詩穂の身体中に走りまくった。
それはもう詩穂の心の小宇宙が爆発する勢いだが、このままだとあたしは変態さんになってしまう。
緩みっぱなしの口元を押さえて、二人は朝食作りを開始しようと開店前のお店、一階カウンター部分のダンジョンへ進んだ。
共にレベル1と言った所、冷蔵庫を開けてもぱっと浮かぶイメージは無かった。
「あ、茜ちゃ? 冷蔵庫は不思議なダンジョンだね 」
平たく言うと、何を作れるのか浮かばないと言いたい詩穂の戯言だ。
「魔王、が主人公、とかラノベ? っぽ、いね? 」
伝わっていないのは茜……
さて何が作れるのか?
「僕が作ろうか? 」
悩んでいるとテーブルを清掃中の男の娘がメイド姿で二人に声を掛けた。
詩穂は男の娘のメイド姿が見慣れてる事もあり、チャイナ服や着物よりはイラッとしなかった。
正直困ったものの二人で作る事を決めているため、男の娘には頼れないまま空間は静けさを保っていた。
それを察知した男の娘は材料を一つ二つ慣れた仕草で取り出す。
「じゃあこれでご飯作りましょ 」
両手を顔の近くで軽く合わせて二人に声を掛ける。
それは何とも言いがたい屈辱を感じたのか、詩穂は出された材料の前でどうしようか悩み、茜は材料を携帯に打ち込んでレシピを探した。
二人は同時に答えに辿り着いた。
「炒飯いけるんじゃ、ね? 」
そうだ、ご飯に卵、ネギにベーコンと考えていくと比較的簡単に作れるのはそこだった。
男の娘のヒントで気付いたんじゃない、二人で気付いたんだ!
顔を見合わせて二人は男の娘に向かって言う。
「炒飯!? 」
男の娘は、女性がやるであろう仕草で右手を髪に当てて笑った。
「それも正解ですー 」
語尾を伸ばす事と音符がつきそうなテンションが詩穂はイラッとする。
良いか? 今から二人の愛の料理を見せてあげるからね!
そう気合を入れて詩穂は茜にアイコンタクトした。
向き合い二人は首を立てに振り、フライパンを温めて同時に卵を溶き連携を見せる。
男の娘は隣で小気味良い音を立てながら料理を始めた。
横目に二人はそれを見るも負けないぞという気持ちが勝って、携帯先生に教わった通りの手順で事を急ぎ決着した。
少し遅れて男の娘もご飯を作り上げて御披露目会が幕を上げた。
どう見ても炒飯なのだが、具はバラバラお米は焦げ焦げ食欲をそそるとは言えない。
二人のお皿と対峙したのは、目玉焼きとベーコン。
炒めた野菜の付け合せにオニオンスープ。
負けた…… 男の娘に負けた……
当然二人はそう思った。
男の娘はスープを三人分のマグカップに入れて二人に渡した。
「料理も麻雀も、僕のほうが上だしー 」
屈辱だった。 詩穂だけは間違いなく敗北感を感じた。 否、それは茜も同様麻雀という部分では意識が繋がった。
「麻雀って三人、で、も? で、きる、でしょう? 」
カウンターのテーブルに並べられたご飯を三人で並んで食べようとしている。
そんな一息の間に茜は男の娘に挑戦状を叩きつけた。
詩穂も当然、茜に乗っかる形でご飯を食べながら男の娘に言った。
「食べ終わったら卓を三麻用にしてよ! 平日だしお客さん来ないでしょ 」
女の子二人の食べる速度は速かった。
食器のぶつかる音も意気込みと思えば可愛い小さな音だったが、男の娘はペースを乱さずに、お客様の来店までだよーと流すように挑戦状を受け取った。
そんな中始まった、三人の美を掛けた戦い……
一人は男の娘、一人は巨乳美少女、一人は貧乳美少女。
論外は一人だが、戦場は今三人によって切って落とされた。
ルールはオーソドックスな萬子抜き、19萬は抜きドラ、北ドラのもの。
三麻に慣れてないのは詩穂だけ。 ネト麻ではどちらでも打てる茜は、リアル対応できるかだけが不安要素だった。
男の娘は慣れた様子でテーブルをセッティングし、少し笑って二人を見下ろした。
「僕だって君達くらいには負けないもーん 」
無い胸を張って、腰に片手を添えてポーズを取るメイド姿。
男の娘は飲み物を準備するから場決めしといてねと余裕を見せる。
意気込んだ茜は躊躇わず賽を振り、茜のスタートでゲームは始まった。
三人ともお願いしますと声を出し、最初のゲームは軽く男の娘が上って終了した。
詩穂はいつも打っている麻雀と、勝手が違うし三麻は好きではなかった。
好きな攻撃方法が無くなってしまうようにも感じる。
三麻では詩穂の走り方は自身で戸惑うばかりだった。
「リーチ 」
茜は迷わずリーチするとツモ上り、男の娘と並ぶが点差といっても三人離れてるわけでもない。
詩穂は三麻の都合や、やり方に気付き始めていた。
三麻は牌効率を意識したほうが圧倒的に早い。
四人で戦うよりも遥かに点数稼ぎが楽だよね?
という事は? いかに高得点を目指すでは無くて最速を目指すかが?
三麻のコツなのかな?
そう思うと詩穂はいつもの重い腰とは別に、効率を考えて周りを意識した。
恐らく、同レベルの男の娘の打ち筋は、周りを気にせず自分を追及するやり方。
茜は絵合わせパズルのような感覚で不要牌が単純に並べられる効率型、詩穂は牌効率を意識しつつ待ち頃のタイミングまで考えて場を進めていく。
三麻と四人打ち麻雀の違いは大きいものの、人間観察、自分観察の場であることは変わりないな。
そう思うと大分楽だった。
「持ってきたー 」
男の娘がそう言うと、リーチを宣言された。
詩穂からしたらラッキーなこの現象、迷わず詩穂もリーチを仕掛ける。
「あんたばかりが主役なんじゃないからね! 」
そう言うと男の娘から跳満を直撃し、男の娘はいつも通り腐って潰れた。
「彼に気に入られるだけあるよねー 」
どうでも良さそうにコンパクトを持ちながら、オークルのファンデーションをパフパフ顔に塗りたくり口を尖らせた。
「じ、ぶ、んとの勝負? で、すね? 」
「茜ちゃ! 負けないよ 」
上って上られてを繰り返し、僅差で茜がゲームを勝ち抜けた。
詩穂は手加減しないで打ったし、素直に負けを認めてネット高段者は流石だと思えた。
「勝った? もん、ね 」
「茜ちゃ、負けたよ 」
笑顔で男の娘は、よくぞ自分を超えてくれたと両手を腰に当てて二人の健闘を称えた。
二人は男の娘の祝福はどうでも良く、協力して二人でやっていけば麻雀だろうが料理だろうがなんとかなるのでは? とそう考える事が出来た。
ただ悲しい事に二人が意識下でたくらんでいた事は、二人で打倒にゃーちゃんであり、それは所謂コンビ打ちというイカサマに近いものだった。
閃いてゲームは終わり、最初の客がお店を開けたものだから二人は引っ込む事を決めた。
会議室な詩穂の部屋。
萬子待ちは上にくっつけるでしょ? 筒子は真ん中?
索子は下で曲げるのね! これでお互い振り込む事は無いな!
二人で簡単にお互いの行動を伝え合うためのイカサマを考え始め会議。
リーチのときに宣言牌を置く位置で、待ち牌の種類を教えるというものだ。
簡単でお互いに解っていると攻め方も変わってくるし、麻雀を打てるようになると一度は通る道だが二人は今夢中に不正行為を考えた。
勉強よりも何よりも今が楽しくて仕方ないし、二人の意思を打ち手が意思疎通して出来てればにゃーちゃんぶっ殺せるんじゃね!?
小悪魔二匹が生まれた所で男の娘が部屋のドアを軽く叩いた。
「お勉強してますかー? 」
「してるよ! 今色々と忙しいの! 」
詩穂は瞬間で返事をし、さっさといなくなれオーラを出した。
空気を読まない男の娘はお菓子をいっぱい持ってきて、飲み物も用意してくれた。
「ご褒美ですー 」
両掌をお腹の前で広げて召し上がれとポーズする男の娘。
それを見て若干イラッとするも、茜はお菓子が気になって仕方ない様子だった。
だからではないが素直にありがとうと詩穂は伝え、自分の部屋の冷蔵庫に飲み物をしまいこんだわけだ。
にゃーちゃんが行方を眩まして三日ほど経ち、二人は麻雀の話を中心に不正行為ばかりを考えては入念に打ち合わせた。
約束事であった家事も炊事も若干詩穂が優先してやる形ではあったが、こなしつつにゃーちゃんの帰りを待ちリベンジの機会を待っていた。
「ただいま 」
詩穂の部屋をノックして、ドアを開ける事無く男は声を掛けた。
にゃーちゃんだ!
詩穂は猫のように俊敏な動きで、ドアを開け男に飛びついた。
が、それはにゃーちゃんの荷物を持つ男の娘の背中で、詩穂は瞬間に気付き自己嫌悪し仰向けに力なく倒れた……
「何であんたもいるのよ? 」
「ふん、僕も帰りを待ってた一人ですー 」
その語尾を可愛く上げて言う素振り。 めちゃめちゃ腹が立つ詩穂だったが、数日間男の娘の協力でにゃーちゃんが出した課題もクリアし、茜と一緒にいられるのだから心の底から憎いとは思えなかった。
「詩穂、さ、ん 」
一言声を掛けられて、仰向けに倒れた詩穂を茜は膝で介抱した。
テンション上りっぱなしの詩穂は、このままもう少しいても良いかな? とダメな下心を悟られないように、茜の太股に顔を埋めてちょっとだけニヤケタ……
自分の部屋に向かうにゃーちゃんの後姿だけを詩穂は見ていた。
機嫌の悪そうな雰囲気を感じる事は無く少し安心した。
連日夜のご飯はお店のカウンターで、男の娘が作って食べさせてくれた。 今日は茜と詩穂で夕飯を作るサプライズを計画していた為、このやり取りの後街へ出る準備を開始したのだ。
茜は相変わらずのゴスロリファッションに日傘を準備して、詩穂は前髪パッツンゆるふわカールのガ―リードール風な露出多め上等ファッション。
日焼け止めは二人ともお互いに塗った。
詩穂は至福の一時であって、茜は町へ出る事も至福だった。
二人の微妙なバランスは絶妙に絡み合い、目的はにゃーちゃん打倒であるが、今日までの恩返しも兼ねて今夜は二人で作ろう! そうしようと計画を立てた。
にゃーちゃんが好きな料理は余り知らない…… ポテトサラダにカレー、エビフライにハンバーグ。 子供が好きそうな物は全部好きそうだが、二人にとってはレベルが高く更に考えるとにゃーちゃんが作る料理も美味しいのだ。
迂闊なものを披露すればあの人は素直に機嫌を悪くする……
それは付き合いの短い茜ですら解る事になり、緊張が走る中二人は街に繰り出した。
「これ、な、らよ、ろ、こばれ、そう? 」
グラム数千円の挽き肉を見て茜はほざいた。 既に予算オーバーするし、質に拘ると二人の夏とお小遣いが終わる事を遠回しに茜に告げる。
「あ、茜ちゃ、センス良いと思うけど、今日の料理の予算はね? うん 」
頼む気付いてくれ! と詩穂は思い、声を掛けると渋々ではあるが茜は納得した素振りで隣のトレイを取り出さずに見つめた。
「…… 」
これで、良い、んじ、ゃね?
そう聞こえなくもない茜の取ったトレイ。 既に出来上がったハンバーグがラップに包まれていた……
感謝の気持ちを込めて料理しようとお互いで決めたことなのに、既にレンジでチンするダメな主婦の行動や思考に似た茜に迷わずストップを掛けた。
「不味いって! 茜ちゃ! それはいろんな意味でアウトでしょ! 」
「そ、う? か、な…… ? 」
茜は、私達が作るよりはきっと美味しいんじゃないかな? そんな疑問を持ちつつもダメと言われた事に取り敢えず従っておこうと一歩引いたのだ。
「だって、二人で成長した結果を見せないと、恩返しにならなくない? 」
茜はそれを聞いて恩返す必要って在るのか? が疑問になったが詩穂の言う事も無くは無いので返事をせず解った振りをした。
大分迷ってカオスなやり取りを繰り返した結果、携帯の先生と相談し無難に素材を集めて購入することに成功した。
「これで美味しいって言われれば、にゃーちゃんに麻雀しようって言えるね!? 」
「おぉー、麻雀、で、きる、のですか? 」
そういう目的であったか!? と霧が晴れたような茜は、更に気合を入れて料理も頑張ろうと少しだけ思った。
会計を済ませて何故か詩穂だけが買い物袋に荷物を詰めていると、その後ろでリベンジに燃える茜のポーズと言葉に萌えた……
胸の高さまで両腕を上げて軽く握った手を止めて茜は言った。
「(麻雀も料理も) 頑張る、ん! 」
それを見て聞いて詩穂はニヤケタ……
この日は何かが変わるだろう、うん、間違いな……
そう思う詩穂はにゃーちゃんが好きな食べ物に、アボカドが在ったことを思い出しその時帰宅した。
夏の暑さのせいです…… あたしが悪いんじゃないもん!
失敗したーーー!
顔面血の気が引き口は半開き…… 脱力のまま無になる。
あたしは何でアボカドを買わなかったのだ!?
アボカドとポテトでサラダを作ればにゃーちゃんに喜んでもらえた気がする。
材料を見直して、ハンバーグからサラダまで作れる事を二人で確かめて、家のカウンター内で頭を抱えてしゃがみこむ。
「何処、か、具合、わ、る、いの? 」
茜に言われるも、元気な詩穂は大丈夫だよと茜に返すものの。
自身の材料の選び方に後悔した。
「サラダを作る時にアボカドが入っていたら、にゃーちゃんが喜ぶはずだったんだ 」
詩穂は多くを語らず、やっちまったよとアピールした。
茜は解さず材料を取り出して洗い出しを始めた。
「野菜、は、自、分、が、洗うね? 」
携帯を片手に野菜を取り出す茜を見ると、食器洗い用の洗剤をジャガイモに付けて泡立てている。
「あ、茜ちゃ! それ死人出るから! 」
間髪を入れ止めるも、茜は何故止める? そう言いたげに詩穂を見る。
「茜ちゃ? 野菜を洗うときは水洗いで良いからね? 」
詩穂は多くを言わず簡潔に伝える事に集中した。
この頃には、茜の非常識さというか、子供過ぎるところも詩穂は大分解っていて、理由を詳しく伝えるよりもまず結果から言わなければと感じていた。
初めて茜が食器洗い担当になったとき、洗濯機に食器をぶち込んだ行動を見て、詩穂は気付いた。
茜ちゃは家事をした事がなくて、ママも教える事はしないんだ。
だから責めたり、何かを言う事よりも少し年下の女の子と接してるような気持ちを持たないと駄目なんだと感じていた。
「まずハンバーグを作ろう! 」
詩穂は気を取り直し、野菜を切り出すと茜に調味料をお願いし二人でタネ作りを開始した。
順調そのもので携帯一つあれば、無敵だとお互いが感じていた。
形作りをし、サラダ作りをし、スープか味噌汁か考えてスープを選択した二人。
一時間過ぎ二時間掛かりそうな所で、四人分の料理は完成し二人は飛び跳ねた。
その頃店内にお客もいない。
男の娘だけが閉店支度をしていて、頃合的にはいいタイミングだ。
詩穂はにゃーちゃんを誘う為メールを送信。
【夕飯作ったんだよ、皆で食べよう! 】
そう一言メール、無駄に小さい胸をドキドキさせた。 秒速で返って来たメールを開いて確認すると、わかったと一言だけ返ってきただけで何故か詩穂は落ち着かなかった。
「猫さ、ん? 来る、の? 」
茜は詩穂の顔色を窺うも、気負わず聞きたいことだけ聞いた。
「多分すぐ来ると思う…… 」
そう言うと詩穂は心臓破りの坂を全力疾走したように、息を切らせる如く動揺を隠せないまま、ラスボスを倒そうとする勇者一行の気持ちの如くにゃーちゃんを待った。
にゃーちゃんは甚平姿で首にクロスのネックレスを着け、右手に指輪をし髪型は気にしてないような無造作ヘアでお店に降りてきた。
「にゃーちゃん 」
詩穂はにゃーちゃんに声を掛けると、料理頑張ったんだよ? アピールも出来ないまま並べた四人分の料理があるカウンターへ座らせる。
閉店支度を終わらせた男の娘もやり取りに気付き、並べられた料理を見て声を掛けた。

「二人で作ったの? 美味しそうに出来たね。 あっ! 僕の分も用意してくれたの!超ぅ嬉しいー 」
両手を軽く胸の前で合わせた行動に詩穂は少しイラッとしたが、それよりも超ぅと言う可愛いアピールにイラつきを隠せなかった。
それでもにゃーちゃんのいない数日間。
お世話してくれた男の娘なのだから文句は言えなかった。
「詩穂、さ、んと、一緒に、作った、んだ、もんね? 」
腰に両腕を回して右足を後ろに組み、にゃーちゃんと男の娘に茜は努力したことを告げて、ヘッドドレスのレースを揺らしながら席に座った。
詩穂はにゃーちゃんの好きな飲み物を、男の娘にはミルクティーで良いやと、投げやりに軽く用意して二人を席に案内した。
四人並んで食事会をする瞬間は緊張したものの、にゃーちゃんは用意された料理を平らげお酒を大分飲み二人に言う。
「美味しい食事をありがとう、この後麻雀したいのかい? 」
見透かされた事よりも、思ったことをそのまま言うにゃーちゃんに美味しいと言われた事が詩穂には意外だったし嬉しかった。
麻雀する事まで言い当てられた事に若干怖さを感じたわけだが。
詩穂も茜も食事半ばであって、すんなり答えようにも気まずさがある。
「自分、達、猫さ、ん倒すも、んね? 」
茜は相変わらず、空気を読まないで本題を告げる。
にゃーちゃんは機嫌を崩さず返した。
「それは楽しみだね。 麻雀というのは運の奪い合い、僕が絶対強者ではないからね 」
準備が出来たら呼んでおくれ、そう言うとにゃーちゃんは部屋へ戻っていった。
詩穂はちょっと気まずいなと思いつつも、愛の共同作業初めてのお料理イベントに満足し、三人で夕飯を楽しんだ。
食事を終えて男の娘がにゃーちゃんを呼びに行く。
「麻雀であの人を倒すのは難しいかもねー 」
今まで男の娘がにゃーちゃんに勝ったとこを見た事もないし、この数日間男の娘相手に詩穂か茜が勝ち越してきたのだからお前が言うんじゃねーと、ムカッとしたが自分で声を掛けにいくのは気が引けたので詩穂は甘えた。
「今日は、詩穂さん、と、自分が、勝つ、よ、ね? 」
打ち合わせ通りイカサマをしてでもにゃーちゃんに勝とうね? と言われた気がした詩穂は、罪悪感を感じながらも先ず倒すのがあたしたちの正義! そう思い込み誓った。
「うん、たまには一矢報わなきゃね 」
そう言うものの、これで良いのかな?
自分に疑問を持つも茜ちゃと共に勝つぞ! と決意する。
程なくしてやる気を感じさせない男が甚平姿で降りてくる。
二人の顔を見て言葉を置いた。
「男子三日見ざればってやつかな? 」
「自分、お、とこ、の子、じゃ、ないもん、ね? 」
意味を理解してないまま茜は戦闘モードを剥き出した。
茜ちゃ! にゃーちゃんにそういう姿勢は油を注ぐだけだって!
そう思いつつ詩穂も戦闘モードにシフトし、にゃーちゃんの目を見れないまま席へ座った。 (後ろめたさ半端ねー…… )
男の娘は二人のご褒美も兼ねて、時間終了で決めず5回ゲームが終わるまでをルールに提案した。
「んー、それでも良いけど明日もちゃんと勉強してね? 」
にゃーちゃんはルールに縛られる事は気にしないまま、大分飲んだ後なのにカウンター内の冷蔵庫を漁りビールを飲みきった。
詩穂から見ても酔ってるなと判断できる量をにゃーちゃんが飲んでいる事が勝機を見出してテーブルに誘導する。
「シフォン? 珍しく座順(座る場所)まで決めているね? 」
そう言ったにゃーちゃんは誘導尋問だが、詩穂は焦って返した。
「にゃーちゃんに迷惑掛けたらいけないかなと思って 」
「そっか…… 」
にゃーちゃんは疑問を持つ素振りはしないまま、愛用のタンブラーに氷すら入れず、冷えたウイスキーを注ぎ始めた。
座順は詩穂、茜、男の娘、にゃーちゃん。
詩穂は茜のサポート兼攻撃役、茜は徹底的に攻める役、男の娘はにゃーちゃんに身動きさせないための役と、考え打ち合わせ勝つための布陣を作り上げて今回の麻雀を戦う事にした。
にゃーちゃんは特に何を言うわけではなく、サイコロを二度振って親を決めだした。
ゲームは五回、時間にして五時間程……
成果が見極められる今回、二人は静かに殺気を押さえ、男の娘は伸び始めた髭を気にし始めてゲームは始まった。
「さあ、起親(チーチャ)も決まったね、シフォン君からだ 」
にゃーちゃんに言われ詩穂はゲームを開始する。
詩穂の親で先ず点数を稼ぎたい。 与えられた配牌から詩穂は、狙える攻撃手になり迷わずリーチした。
宣言した牌の位置から茜だけは待ち牌が解る。
当然ノータイムで茜は不要牌を打った。
それを見た男の娘は成長したんだね! うんうんと軽く頷き詩穂に当たられない牌、現物を打ち出して早々にこのゲームから降りた。
にゃーちゃんも迷わず不要牌を切り出して、茜と同じ種類を打って前へ出ている。
そして、にゃーちゃんが話し出した。
「シフォンのリーチは珍しいね…… 」
詩穂の麻雀は防御率が高い、観察行動型の打ち筋。
にゃーちゃんは今回の行動を見て違和感を覚え話し出す。
「僕のいない間、勉強も約束事もした上でそうしたのかな? なら、今回は良いかな 」
含んだ笑いを見せて、詩穂は少し動揺するも当たり牌のでないまま巡目だけがゆっくり進んでいく。
にゃーちゃんがサイドテーブルに置いたグラスを空にして、再び卓上へ呟いた。

シフォンの麻雀は誰かを傷付ける行為ではなかった。 僕が考えた事はこれを通して、人間の表も裏も学びなさいだったかな?
だからまだ教えてない事もあるし、禁じている事もあるよね?
大人は皆、窮屈だ……
ルールに縛られて生きるのが義務であって、自由を選んで生きるという選択肢を取れる人は極めて少数さ……
「にゃーちゃん…… 」
君たちは若い、今出来る事、今見えているだけの事が全てだろう?
だけど僕は老いたのかな……
見えないものまで見ようとしてしまうし、他人の嘘も隠し事も許せないし許さないのさ。
詩穂は小さな胸の奥、心臓を素手で掴まれる気分になったが、顔に出さないようにゲームをすすめた。
「もう逃げ切れないかも…… 」
男の娘はそう言うと、詩穂の当たり牌を投げ打った。 にゃーちゃんから出て当たる事が理想だったが、詩穂は手前の自分の牌を両手で倒した。
「ロン、18000 」
早々に決着が着く点数を男の娘が喰らってしまい、いつも通りおっさんモードに突入した。
「ほらっ! やっぱり僕からでしょー 」
それが当たり前と思い込める程パターンと化したやり取りに男の娘が萎えた。
男の娘が手の届く場所へ点棒を優しくおいて、明後日の方向を見ながら誰かと話し始める。 いつも通りの独り反省会である……
「まあ、数日間僕が鍛えてあげたんだしー 」
誰にも見えない誰かと会話しだしたのを見て、詩穂はキモいなと思い茜にアイコンタクトしたが、茜は男の娘の方を見て声を掛けた。
「エアー友達、とお話、で、きる、の? かな? 」
エアー友達と言う茜を見て詩穂は、やっぱり茜ちゃは変わってるなと思ったが勢いのままゲームを進めた。
早々に詩穂は勝負を掛けて、またもリーチを宣言。
「リーチ! 」
宣言牌を置いた位置を茜は確認すると、またもノータイムで危険度の高い牌を打った。
その瞬間、にゃーちゃんが口を開いた。
「けーや! 萬子(ワンズ)以外通るぞ、押してみろ! 」
自信のある言い方で当たっていただけに、二人だけの時間は一瞬止まり詩穂と茜は動揺し隠せなかった。
にゃーちゃんにしてみれば解りやすいトリックだった。 リーチを宣言する牌の位置で当たり牌の種類を教えている。 前回の当たり牌の種類、位置を確認し、今回の茜の切り出した種類の打ち方で、にゃーちゃんは当たりが透けて見えてしまった。
男の娘はそれを聞いて俄然やる気を出した。
「筒子(ピンズ)が通るならシャンテンですー 高いですー 」
にゃーちゃんの言葉を信じて男の娘が詩穂に歯向かった。
詩穂は元々、リーチすることが性格に向いてないため、一気に弱気になり茜にアイコンタクトする。
茜ちゃ? やヴぁいよ! 茜ちゃ、いけないの?
助けを求めるものの、茜は詩穂の当たり牌を持っていないという素振りを見せて首を横に振った。 そしてゲーム進行から邪魔しないように逃げるだけだ。
「ロンですー 12300(いちにいさん) 」
胸の高さで両腕を軽く曲げて喜ぶ男の娘、詩穂は男の娘に打ち込んでしまった。
瞬間、茜が倒した配牌から詩穂の当たり牌が見えて詩穂は驚いた。
あたしの当たり牌持ってなかったんじゃ……
見間違いと思い茜の親でゲームは再び進み始めた。
詩穂は激しく動揺し上手くゲームを進められなかったが、茜は顔色を変えず小さな笑みを浮かべてリーチした。
「リー、チ? 」
男の娘は茜の牌を同じく打ち合わせ様子見、にゃーちゃんは危険性を考えず手を進めているようで、ノータイムでまたも牌を打つ。
「多分ね…… 君の当たり牌は本当は萬子のはずだ。 だが違うね…… 」
そうなのだ、茜のリーチが今まで通りなら萬子が当たり牌。
だが、にゃーちゃんは違うと言う……
意味が解らないまま詩穂は萬子以外の牌を選択し卓上に打った。
その刹那、衝撃が走った。 二人のサインではこの牌は不要牌なのに声が掛かった。
「ろ、ん? リーチ、ピンフ、タンヤオ、ドラ、裏? 」
詩穂は、茜に12000点払わされ、今見ている景色が解らなくなった。
茜からしたらにゃーちゃんに見切られてる以上は無駄だと思っただけで、そこに気付かないまま詩穂は打ち込んだだけ、単純明快ではあるが詩穂は茜が見えなくなった。
「あか、ねちゃ? 」
点棒を茜に手渡すと、茜は詩穂に言う。
「す、ぐ、ばれちゃった、か、らね? 切り替えて、い、く、しか、ない? 」
言われた事は解るのに、物凄く冷たい現実主義者の言葉を詩穂は受け入れられず戸惑った。
茜のゲームは続き、サインに意味のないまま茜のリーチが再び告げられた。
「リー、チ? 」
男の娘は当たられまいと逃げる。
にゃーちゃんは変わらずノータイムで危険牌を置く。 その際、置き方が変わっていて、いつもなら音を立てずに置くのに、今は音を立てて置いた。
茜は置かれた牌を見ても、何も言わず目線は動かなかった。
点数が欲しい詩穂はこの局、リーチをしないものの前へ出ようと思い、危険牌を置いた。
その際茜は置かれた牌を見て、一瞬自分の配牌に目線を通した。
それを見逃さず、小さく笑った男が言う。
「偶然とは面白いものだね、僕の当たり牌も同じ所なのかな? 」
そう言ってにゃーちゃんは牌を曲げた。
「リーチだよ 」
男は宣言し、千点棒は投げられた。
茜は当たり牌ではないそれを卓上に置くと、非情に感じる声が刺さった。
「君の我儘は全てを壊すんだ、その芽を僕が刈ろう 」
ロンと宣言し、茜の欲しかった種類の牌をにゃーちゃんが受け取った。
にゃーちゃんは鉄製の扇子を瞬く間に音を立てて開くと、そのまま扇子を自分の配牌にスライドさせて倒した。
「君もその種類の牌を欲しかったのだろう? 」
8300点を茜から奪うと、奪われた本人は小さく声を出した。
「自分の、当た、り、牌は、違う、もんね? 」
そう強がると手牌を周りに見せないように倒して次のゲームへ進む。
「僕の親番ですー 」
サイコロを振りながら機嫌よく男の娘は右手を挙げた。
僕が主役だと言いたい男の娘の仕草を詩穂は見てイラッとするも、茜の勝手な行動というか裏切りを感じてしまい悩んだ。
「シフォン? 麻雀は思い出したかい? 」
にゃーちゃんに教えてもらった麻雀は、コミュニケーションツールとして人を見るためのゲームだ。
今は楽しいところを探しなさい。 そこから見えてくる人の性格や人間とは? を感じてもなお、麻雀に興味があるなら追求するんだよ?
そう言われた部分を、フレーズ、フレーズで思い出して詩穂は意識を変えた。
あたし何をやってるんだ! あたしの当面のライバルはあんただった!
機嫌良くリーチを掛けた男の娘に、詩穂は危険牌切って追いかけた。
「僕の親のときに頑張らなくて良いですー 」
口をぷっくり膨らませ、やいのやいの駄々を言う男の娘に詩穂は歯向かった。
「あんたには上らせないからね! 」
詩穂はリーチをするとすぐさま、男の娘から当たった。
「一発で16000 」
「あああああああああああああああ! もおおおう! 」
このまま男の娘が沈んで詩穂がトップで一回目が終わった。
男の娘の顔が老けた。 ストレス障害を疑うほどに。
ソレとは逆にいつもの詩穂に戻れた気がした。
二回戦が始まる前に、にゃーちゃんはお酒を探しにカウンターに向かい、男の娘はメイク直しに忙しくする。 ファンデーションのノリが悪いのか機嫌と比例してるのか?
室内に粉が舞い詩穂はイラッとする。
茜は今回の不正行為の不成功振りに疑問を持ったが解らないまま詩穂に話し掛けた。
「詩穂さ、ん? 同じ、ことを、やっ、ても無理っぽいね? 」
「うん、きっと見つかるね 」
二人で編み出したイカサマ行為はまだある。 それを今回するか考えて二人は話した。
「エ、レベー、ター? 」
「それいく? ぐーちょきぱーは? 」
「全部、やっ、て、も良い? よん 」
茜は悪い事をしているとは思わないままの顔でそう言う。
二人で作り上げた連携技を全部やってみよう!
モチベを落とさず、二人は手をお互いにとって見つめあった。
「惜しいというかね? 君たちはズレてるんじゃないかな? 」
ビール6缶を手にぶら下げて、ゆっくり席へ着いたにゃーちゃんは言う。
何で不正行為をする事で強くなろうとするんだい?
勉強せずして頭は良くも成らんでしょうに……
世の中、学歴じゃないと決め付けて良いのは、高学歴の人間がそれを体感したとき。
世の中お金じゃないというのもね、自身がお金持ちにでもなったときに言う事さ。
世の中愛だと言える人間は、それはそれで正解なのだろうね。 違いが解かるかい?
君達は楽しているだけで強くなろうと言うのかい?
麻雀なんて物はね、強くあろうとしなくて良いものさ。
全ての事から逃げて良い訳ではないよ。 ただ、全ての事に立ち向かう必要もないさ。
それが解ってくるまでに、人間とは何かを考えて生きられる事が難しいのさ。
お酒が温くなってしまう前に始めようか?
「シフォン、賽をふりな 」
二回戦は二人で考えたイカサマ行為をフル回転させるつもりで話は決まっていた。
男の娘もにゃーちゃんも公認の中、イカサマ麻雀が始まった。
「二人ともこれが終わったら気付こうね 」
そう一言言うと機嫌は悪くないのか、ビールの缶を持ち男は飲み始める……
詩穂は気持ちを直し賽を振ると、奇しくも前回と同じ親番からスタートした。
当然、打ち合わせ通りアイコンタクトすると、牌を切り出しながら麻雀卓の下で茜に不要牌を渡し交換する。
これを繰り返す事数回、男の娘は自分の手に集中して気付かないままだが……
一人お酒を飲みながら笑うにゃーちゃんがいた。
「二人はエレベーターガールのようだな 」
瞬間動揺する詩穂、もうバレてると感じた。 ぎこちないものに変わったが茜はエレベーターガールという言葉に反応し、コスプレを想像しては今度着てみたいなと一人で夢中になった。
卓の下で不要牌をやり取りする不正行為を麻雀ではエレベーターと呼ぶ事がある。
皮肉にも二人が考えた不正行為を、にゃーちゃんはそう言い当てて話した。
間も無く詩穂はリーチを打って出ると、先ほどの不正行為と同様、宣言牌を曲げた位置で、当たり牌の種類を一瞬茜に伝えた。
茜はそれを見逃さず、ノータイムで危険牌を打つ。
当然、男の娘は前回の痛手もあり逃げるのみ。
にゃーちゃんは新しい缶に手を付けて牌を曲げた。
つまりリーチと宣言して追いかけてきた。
「シフォンの当たり牌は索子だね? 見逃さなかったよ 」
言葉通りならにゃーちゃんは索子待ちを読んで追いかけてきたわけだ。
詩穂はそのまま牌を持ってきて卓に置き、茜は詩穂に打ち込まない形で牌を卓に置いた。
瞬間にゃーちゃんは牌を倒す。
「リーチを掛けてあげたのにね 」
扇子を開かないまま、一文字に配牌をスライドさせて倒すと口を開いた。
「シフォンの待ちしか解らないものね? 」
僕はシフォンの待ち牌を出さない人と打っているわけだね。
簡単だよ、簡単なことだ……
付け焼刃というに相応しい二人のイカサマ麻雀を利用してにゃーちゃんは茜から12000点を拾い上げると、笑みを見せて二人に言う。
「楽な道っていうのはさ? 楽なのかな? 」
棘の道って言うのは本当に障害でしかないのかな?
それはね、歩いた人間でなければ解らないんだよ。 キリストが磔にされて、なおゴルゴダの丘を目指したのは何故だい?
君達は何を見てどう感じて生きているのか、自分で考えたりはしないだろう?
もう少し世の在り方というものを二人とも疑ってみなさい。 見えている事だけで判断して良い事なんて歳を取れば取るほど、窮屈に苦しくなる程に無いのだからね。
二人は完全に理解不能のまま、酔っ払い説教上戸に打ち負かされていた。
茜は自分の思うようにいかない麻雀に苛立っていた。
ネット麻雀では情報のやり取りが上手くいくことが多いのに、現実世界ではネット麻雀で言う所の事故が多すぎる。
その事故というか確率的には無いのじゃないのか?
という固定観念を逆手に取られたり、イカサマ麻雀という不正行為をすぐさま見破られたり、何かとチート臭いこの男の全部が茜は怖く感じ始めた。
元々ポジティブぼっち(前向きメンタル独りぼっち)の茜だが、この家に来てから調子が狂い始めていた。
毎日好きな事しかやらない、それが自分の人生で多くは持てないし一個の物しか持てないと思い込み続けて生きているのに。
茜が与えられたことは多すぎて、生まれて初めての体験が多く、考えると頭がついてこないほど時間の流れ方が変わった。 勉強して、家事をさせられ、好きな事をしたいけど出来ない時間。
今までのバランスも崩れて、好きな事をしたいのに、今度は好きな事をしていても思うように全く上手くいかない……
そう考えても今麻雀の最中、茜は賽を振りゲームを開始した。
萬子はグー、筒子はチョキ、索子はパーね? 二人で考えた欲しい牌を教える不正行為である。
茜は自然に欲しい牌があるときにテーブル上に左手を置く。
グーなら萬子、チョキなら筒子、パーなら索子と簡単なもの。
不正行為はイカサマです、悪い事ですよー? そういう意識が茜には元々薄く、今回もまた自然とそうするのが、性格に出ているわけだ。
詩穂は合図を確認すると、少し考える素振りを演じて茜をサポートする。
「ちい? 」
「ぽ、ん? 」
単純自然な感じに見えるものの、茜の目の前に座る男は三本目のビールに手を出して薄く浅く笑みを見せていた。
まだ追いつけると読んだ男の娘が牌を卓上に打ち込むと、茜がそれを当たり5800点奪った。
「助かったー 」
このくらいの点数ならドントマインド! どんと来い! そうテンションを崩さず、男の娘はやる気を持って座っている。
 続いて、また茜がゲームを進めると、にゃーちゃんが喋りだした。
「人と向き合う事はさ? 」
お互いの良い所だけではなく、悪い所まで見えるものさ。
例えばそうだな? 君は完全無欠の美少女さ、それはシフォンもそうだけど。
「にゃーちゃん! 」
ニヤケ顔全開で席から立ち上がった詩穂は、にゃーちゃんの右手掌でおでこをぱちんと打たれて座らされた。
 反省モードのシフォンを無視しながら、にゃーちゃんは続ける。
「だけど、君達だって完全無欠ではない筈なんだ 」
自分の思い通りにならない事に腹を立てたりもすれば、自分の都合ばかり押し通そうとするときもあるかもしれないね?
時として、その程度の事でも誰かは傷ついて涙する事もあるし、小さな約束事すら守らない習慣病のせいで大事な信用や愛情まで失う事もあるんだ。
風が吹けば桶屋がってやつだよ。
「うん…… 僕は依存症と言っても良いと思うよ 」
ギャンブルにせよ、煙草やアルコールといった嗜好品であってもさ。
どの様な事、誰にでも人間は依存する生き物さ。
それをどう向き合って誰かを傷つけることの無いように気付くか? 生きるのか? これが人としての倫理ってやつだと僕は思うんだ。
あぁ…… これは僕の正義の刃であって絶対的な答えではないよ?
「ち、い? 」
「ちぃ? 」
茜がゲームを進める間もにゃーちゃんは話す。
「聞くよ? 」
君達二人はさ? 家族が麻薬中毒に侵されたとして、果たして本気で止める事が出来るかな?
僕はね? 本気で止められて、今がある人間だ。
君達はお互いを本気で止める事が出来るかな?
「…… 」
「にゃーちゃん…… 」
二人とも答えは出せないままだ。
「切る牌が無いですー 」
男の娘は、難しい話をしているなと自分の都合ばかり考えて行動していたら、茜が立て続けに手を進めた為迷う事になった。
「彼女が鳴いて、索子を打ってきたろ? 当たり牌は索子の打った牌周辺だよ 」
茜が今当たれる状態ならそこしかないと、にゃーちゃんは男の娘に言った。
男の娘はそれを信じて押してきた。
「次、リーチだなー たはー 」
何その新しい可愛い子振り? ムカつくんだけど?
詩穂は男の娘にイラッとしたが、茜がいけそうな局面邪魔しないように、にゃーちゃんの打つ牌を合わせた。
断言された茜は、何故見透かされているかが不思議に思うのと、自分が上れば問題ないと前向きになり何事も無いように進めた。
「誰しも無くしてしまう前に気付かなければいけないのさ…… 」
手牌の短くなった君がいつまで逃げられるか見てあげるよ。
千点棒がテーブルに置かれ、機械音が緊張を告げた。
「リーチ! 」
詩穂はにゃーちゃんに合わせて当たられない牌を打って逃げた。
自己都合ばかり考えてる茜は、一枚目先ず勝負に出た。
にゃーちゃんはそれを見る事無く、六本目のビールに手を付けて飲みだした。
「ここは僕も勝負ですー 」
男の娘は空気を読まずリーチを宣言し、二件リーチと茜の勝負になる。
「負け、ない、も、んね? 」
超上級者とオカマ、もとい男の娘相手に茜は次も勝負した。
「それですー 」
二度目はあっさり刺されてしまい、男の娘の4200点に食われてしまった。
それを詩穂はムカッ腹立て、次の親(男の娘の有利なゲームを) 絶対潰す!
と意気込んだ。
ハイテンションでゲームを始めた男の娘だったが、足取りは重いようで無言……
透けて見えるような進行状況を詩穂は感じて、12000点を作り上げて息を潜めた。
「やっと形になってきたー 」
そう言って切った牌を詩穂は見逃さなかった!
 「あんたの形なんてゴスロリかメイド服でしかないんだよ! 」
 何でそこまで言うのか三人とも目が点になり、詩穂の倒した手を男の娘と茜が確認した。
「たんぴん、さ、んしょ、く、いー、ぺーど、ら? 」
黙って跳ね満の12000点……
「ああああああああああああああああああああああああああああああ! 」
男の娘は二回戦も折れた……
前髪ぱっつんゆるふわカールを、詩穂は右手でかき上げて決めた。
「あんたには負けない! 」
形ばかりが一人前になる詩穂を見て、にゃーちゃんは少しだけ笑うのが見えた。
それに気付いた詩穂は、男の娘から点棒を受け取るも気まずい空気。
「ご、ごめんね? 」
顔真っ赤で俯いたままだが男の娘は返した。
「勝負の世界だから良いんですー 」
救われた気持ちになり詩穂は男の娘の顔を見ると、それをウインクして気にするなと送ってきた男の娘を見てしまった。
やっぱこいつダメだあー! 詩穂の心もぽっきり折れた……
そして緊張の瞬間…… 男の親が回ってきた。
「この局で終わるかもね…… 」
配牌を取り出しながら字牌を一打に、にゃーちゃんは言う。
詩穂はこのまま走り抜ける状況で、手牌と相談したが難しい局面だった。
鳴いていかないと追いつけないのに上家は(かみちゃは) にゃーちゃん……
先ず甘い牌はあたしに降りてこない、そう思った矢先から詩穂の欲しい牌をにゃーちゃんが打ち込むと迷わず鳴きを入れた。
 「ちー 」
 鳴いたときに詩穂は思う、にゃーちゃんは一色手だ!
男の娘の腐った判断力だと、にゃーちゃんに鳴かれる……
急いだ詩穂は茜にサインを送り、二人のどちらかがこの局を決めようとアイコンタクトする。
お互いの手牌は短くなったが、二人とも上れる形は出来ていた。
このまま押し切れると思ったその時、にゃーちゃんは千点棒をテーブルに置いた。
「捨て牌から読めるのも限界はあるんだよ 」
単純に一色手の捨て牌、にゃーちゃんは索子の本線に字牌がありそうな手牌に思う。
詩穂は現物を切り現状維持、茜は危険度高い牌を持ち少考する。
前回、【メンホン】 に打ち込んだ場面と似ている事から、壁(情報)を頼りにしないと決めた茜は、萬子の面子を抜いて逃げた。
男の娘は戦いに参加する気力は無さそうで、口を尖らせて現物打ちして逃げ回っている。
「逃げていられる間は逃げたくもなるのかな 」
逃げ道なんてものは本当は無いのさ、そこを探すくらいなら前へ出る勇気を持つ事が大事なときもあるのかもしれないね……
人は優しさを勘違いしているよ、その言葉は誰の為になるんだい?
救われたと思うだけで、何も変わらない甘ったるい言葉を心が飲み込む。
くだらない人間の中に身を置きたくなるのかもしれない。
本当にその人を思うなら時として感情をぶつけてでも解らせる事や、嫌われてでも怖れない勇気がその人を成長させる優しさじゃないのかな?
まあ、解らないだろうね…… 君達は小さな世界のアリスというやつさ。
ただただ、不思議と思う僕の世界に迷い込んだ小さく無力な女の子だ。 失う前に気付く事は生きていく上でどれほど難しい事かもね……
茜は聞き流しているものの、負けたくない気持ちが先走り、場に二枚切れている字牌を打ち込んだ。
「君は立ち向かって来ているんじゃない、深く物事を考える事を放棄しただけの人間なのさ。 向き合うということは感情のぶつかり合い、君の打ち込む牌はただの勘違い 」
そして倒されたにゃーちゃんの上がりは24000点、この流れを止める事無く二回戦は説教上戸のおじ様が取った。
二人はいつも通りの結果に、疑問しか浮かばないまま三回戦を迎える。
にゃーちゃんは三回戦の始まる前に席を立ち、お酒を探しに店内のカウンターへ引っ込んだ。 酔っているのか物音を立てるのは珍しい……
男の娘は腐りながらも三人分の飲み物を作りにカウンターへ行く。
詩穂はイカサマをしない方がいけるんじゃないか? どうせすぐバレると思い、茜に話し掛けた。
「茜ちゃ? 私達のイカサマ余裕でバレてない? 」
「そ、う? 」
残り三回戦は平打ち(普通に打つ事)のが良いのでは?
「正々堂々のが良いんじゃないかな? 」
「そ? 」
詩穂は茜の気持ちが全く解らなかったし、茜の思うことは茜本人も言わなかった。
そんな中、男の娘とにゃーちゃんは飲み物を持ち席に着くと、三回戦の始まりが告げられる。
「ここからが君たちの本番かな? 」
にゃーちゃんが賽を振り、この男の親番で始まった三回戦。 圧倒的なにゃーちゃんに歯向かえない状況になった。
「ツモだね、6000オール 」
「こんな待ちでも持ってくるものだ、1700オール 」
「これもだね、700オール 」
「4300オールでこの勝負は終わるかな? 」
圧倒的だった。
無駄のないツモ上がりばかりで誰も手に負えない三回戦。
男の娘は場の状況に萎えて、さっきから見えない誰かと会話を繰り返すだけ。
女の子二人は追いつけない悔しさと、にゃーちゃんの無駄の無さから絶望しか生まれない。
「二人のイカサマのお礼で、僕もこの回はイカサマをしているよ 」
いきなりのカミングアウトに二人は見抜けないまま、最後に決められたのは役満。
ツモ上がり。
「16000オールだね、四本付けかな? ラストだ 」
そう言うと、にゃーちゃんがしていたイカサマを披露した。
先ずはね? お酒を探しに行った時に隣のテーブルから同じ色の字牌を抜いたんだよ。
最後の大三元(役満) はそれで上ったのさ。
僕の指輪はさ? 握り込んだ牌を落とさない為の指輪さ。
常に二枚抜いて、手の中に隠して行うんだ。
君達の二倍早くね、僕はゲームを進めていたわけさ。
君達は捨て牌を全部覚えていられるかい? 答えはノーだよ。
何故なら僕が抜いた牌を覚えてないだろう?
イカサマは、バレなければしていいのかな? 違うよね?
ルールの元に僕らは僕らを曝け出して生きている。
それは現実での社会もそう、今ここでの麻雀もそうさ。

だけど社会は醜い。

君らのような何も知らない女の子は、大人という毒に当てられて傷つく事ばかりさ。
麻雀はどうかな? やっぱりルールを守らなければ手痛いしっぺ返しを喰らうんだ。
気付く事が大事だよ、人を見て信じるなと言うんじゃない。 その相手の本質を見抜く努力をしなければ、君達は傷付いてその後の出会いに陰を落とすばかりさ。
信じる事で救われる事は思いの外少ない。
信じない事で救われる事もない。
バランスもタイミングも微妙で難しいのが、僕達の世界の事象であるけども僕らは生きているのさ。
嘘も隠し事も僕らはしてはいけないんじゃないかな? 小さなことから大きく人は変わるものさ、向き合いなよ、これからの自分に。

そう言うとあっさり三回戦が終わってしまった。
イカサマ駄目じゃん、てかにゃーちゃんがイカサマ出来るとか初めて知ったし!
驚くというよりこの人は何でも出来るんだな、流石あたしのにゃーちゃん……
詩穂はそう思い何故かニヤケたが、茜はチート行為に被害者意識しか持たず、次からは指輪を外してとお願いしようと考えた。
男の娘はもう次から二回トップを取る以外勝ち抜けられない為、そんなの無理だしーと開き直ってヅラを取った、まあ言ってしまえば不貞腐れた。
「ここからは君達の新しい世界だろう? 成長を見せてみな 」
そう言うと賽を振るにゃーちゃん……
運命は茜の親から始まった。
配牌ツモ共に悪くない茜は、欲しい牌を詩穂にサインした。
茜ちゃ…… それでもあたしは茜ちゃの味方だよ。
不正行為の何たるかを詩穂は今教わったと思っていた。 ソレにもかかわらず茜に協力してしまった。
それを見たにゃーちゃんは、下らないコントを見せられたように笑う。
「ち、い? 」
おそらく上れる形で茜は牌を打ち、男の娘は茜に注意しながらゲームを進める。
「それが学んだ事かな? 」
にゃーちゃんはノータイムでリーチを掛ける。 宣言された牌は、詩穂と茜のやり方で返された。 にゃーちゃんの当たり牌は索子だと合図されたわけだ。
素直に見れば、筒子待ちの両面といった感じだ、なのに迷うことになる。 茜がテンパイして打った牌は鳴いた色と別の牌。 こちらもまた索子が当たりとサインされる。
詩穂はリーチを警戒するが、索子を茜に振り込もうと、抜いて打ってみたら茜の上がり声が聞えた
「ろ、ん? 」
その瞬間だった。
「だろうね? 僕も当たりだよ。 ダブロンってやつだね。 僕の声は二人には届かなかったかな? 」
そう言うと鉄製の扇子を一思いに開き、配牌を一閃して倒す。
12000の痛手を詩穂は負ってしまい、にゃーちゃんのテンパイ合図を信じてしまった事とルールを守ろうと思った考えを曲げた事に悔いを残した。 更に茜は2900点を詩穂から受け取る。
なおもこの場がどうしたら良かったのか? 答えを見つけられないまま、男の娘の親が始まる。
「どうせ僕二回トップを取っても死んでるしー 」
やる気の無い台詞を敢えて堂々とほざきつつ、長めに賽を振る男の娘。
詩穂は答え探しに捕らわれて、茜のサインを見られないまま、ゲームが進んでいった。
茜は即リーチを打つとサインしたように見えた。
詩穂がそれを見逃して、今回のゲームから逃げたのを見ると茜は小言を言う。
「裏、切っ、た? 」
数順した後、にゃーちゃんに千点上られて次へと流れた。
詩穂は言葉の意味よりも自分がどうしたいか? どうするべきなのかに迷い、茜に返す言葉が見つからなかった。
「麻雀はね、四人でするものさ。協力もあることはあるのだろうけどね 」
今この場でしている麻雀はコンビ打ちでもなければチーム戦でもない、それは現実でもそう。 そこに向き合った上、自分がどうしたいか考えた上で全てがあることを知りなさい。そう言いたいだけなのにね……
「ロン、18000 」
茜の強引な押しに迎え撃つ形でにゃーちゃんが殺しに掛かった。
今までの全てを否定され奪われた気持ちが、茜に芽生え理不尽なこの男が苦手になったのが確定する。
このまま、にゃーちゃんがトップで終了……
 「五回戦をするまでもないけど、僕が出来る君達への授業を始めようか 」
これはおさらいだね……
にゃーちゃんが親になり、手牌を確認すると牌を見せたままゲームを進めた。
持ってきた牌だけは伏せて、手牌は様変わりしていく……
にゃーちゃんがリーチをすると、空になった酒瓶を一瞬覗きながら話す。
「これだけ見えていてもさ? 」
僕の当たり牌がどれなのか一点で読めないだろう? 人の心と一緒さ、だからより多く人を観察するべきだし深く読まないといけない。
軽く人を信じてしまうとお互いが駄目になるのさ、そこに気付かないまま自分の道だけを歩こうとするとこうなるんだよ。
「そこから出ると思ったよ 」
言われた茜はにゃーちゃんに刺さってしまう。
18000点を払わされ既に何も出来ない状態、詩穂も思考がぶれていて、もうこのゲームをする意味も無いように感じた。
好きだなんだ、趣味だなんだと人は何かにつけて依存して、抜けられないまま失うことがある。
ギャンブルも一つ、趣味もそうかな。 アルコールや麻薬は代表格だね。 この麻雀も依存性の高い遊びさ、ゲームやアニメも依存するほど面白く考えて作られている。
そりゃあそうさ、売れないものを作っても会社なんてすぐに潰れてしまうからね。
依存した果てに待っているものは、全て無くした後悔に気付くか気付かないかだけの世界の終わりだよ。
人はね? 無くしてしまったら、もう戻る事は無いよ。 その悲しさに気付いて、依存に向きあわないといけないのさ……
向き合う上で友達なら向き合わなければ、恋人なら向き合わなければ、それらがあるにも関わらず気付かない振りして依存してしまうのが君達二人だよ。
大事な存在なら二人とも見て気付きなさい。
「おやすみ、今日はこれで終わりだ 」
今日はと言ったにゃーちゃんが開いて見せた手は12300点、茜だけを狙い打ち終わらせた。 無言のまま席を立ち部屋へ戻るにゃーちゃん。
首を切り落とされた感覚についていけないまま、黙ってにゃーちゃんのいなくなったテーブルに詩穂と茜だけが残った。
薄暗い店内の麻雀卓に残されたのは、言葉の意味を考える貧乳美少女と、被害者意識しかない巨乳美少女二人。
どちらが声を掛けるでもなく時間は過ぎていくまま、詩穂は茜に言った。
「あたし達のやり方って間違ってたかもね? 」
笑顔を見せて誤魔化そうとは思わなかったが、少し笑って声を掛けた。
「そ、う? 」
茜の本当の意思は見えないまま、言葉の投げ方を探して少し考える。
「にゃーちゃんの言う事ってさ? 」
素直じゃないというか、考えさせたいから答えを告げる事を余りしないんだよ。
何であの人がそう言うのか、そういう言い方なのか解らないけど、あたしもいつも考えては時間が経った後に気付く事が多くて、あの時はこうだったのか! って。
だからね、今日のにゃーちゃんのやり方というか言い方には意味が在ると思うんだ。
茜ちゃがあたしを裏切ったって最後の方言ったよね?
あれね? あの時あたしサインを見落としてたのと、不正行為が麻雀にとって致命的なんじゃないかと思って動けなかった。
茜ちゃは麻雀上手いと思うんだ。 だけどそれはリアル麻雀とは違ってネットの世界だけなんだ。
リアル麻雀ってさ? ネット麻雀と違う駆け引きがあるし、もっと言うとね? 賭け事ですることもあるから……
「もう、い、い」
茜はそんな事聞きたくなかった。 体の一部と思うことを数日間否定されて、尚プライドもへし折られて何を考えろというのか意味不明だった。 そう言って思うと、もう駄目だった。
席を立ち二階へ上ろうと仕草を見せた為、詩穂も一緒に部屋へ戻った。
当然戦意喪失した茜を見て、麻雀がどうというよりも詩穂は自分のことを話そうか迷って黙った。
その間茜は、自分の身体の一部と思う物をここまで否定するのは何でなのか? 苛めでしかないじゃないか、ただ自分から全て奪うつもりか? そう考えては反発する気持ちしか持たないまま、詩穂の気持ちを考える事はなく、暫く二人はガラステーブルを挟んで無言のままだった。
部屋の冷蔵庫から、男の娘が用意してくれた飲み物を出してコップを二つ用意した。
詩穂は息を数回大きく吸って吐いて、カミングアウトした。
「あたしさ、リスカだったでしょう? 」
茜は聞いているのか聞いていないのか、リアクションしないままずっと俯いている。
「いつだったかな…… 」
あたしね家庭がめちゃくちゃでね、まあ荒れてたんだよね。
どうしてそうなのかなんて説明出来ないけど毎日寂しくて悲しいしかなかった。
そう言っても未成年だし十代でしょ? 家を出たくても出れなかったんだ。
何かあってもあたしはリスカする事で逃げるしか無かったんだ。
傷はもう消えないまま残っていて、にゃーちゃんがリストバンドをくれたの。
理想が高いって言うのかな…… あたしはお金を欲しがったけど、一線はどうしても越えられなかった。 だからあたしは歳を誤魔化して夜のお仕事を始めたんだ。
お仕事と言えば聞こえは良いけど大人たちは皆、その場の女の子を値踏みするというかね? 隙在ればやってやろうって、そういう人達が多くいる世界だった。
早く家を出たい一心で、あたしはそんな場所へ取り返しつかないことをする手前だったの。 あたしでも解るくらい大人って純粋に汚れていたんだ。
遅かれ早かれ、その世界にいたらあたしは駄目だったかもしれない。
ある日酔い潰れて何処かの公園でね、にゃーちゃんに会ったんだよ。
しつこくアフターを迫るお客さんから逃げた日だったの。
気持ち悪いやつでごめんね……
謝る事でしか自分を守れないまま、話そうとする気持ちを勇気を探した。

「……」

その時から変な人でさ、あたしが酔い潰れて食べたものや飲んだものをベンチにしがみついて吐いてる間。
ずっとブランコに腰掛けて、煙草を吸ってあたしを見てたんだって……
あっ! 見てたって言い方なのはね? あたし余り覚えてないから……
声を掛けられたのかどうかもわからなくて、気付いたらこのお店のこの部屋にほぼ裸で寝かされていたの。

「……」

その時に、あたしの人生は終わったって思って、キレまくってお店に降りていったの。
にゃーちゃんは誰かと電話してて、その間男の娘にちょっと待ってて! って、あのテンションで言われてさ、ふざけんなオカマ野郎って暴れてた。
殴りかかったし、蹴ったし噛み付いたかもしれない。 覚えてないけどね……
あいつのエクステを引っ張って、ずる剥けになった頭をあいつは気にする事無く。 少し困った顔であたしを抑えてた。 あの顔はあたし覚えてるんだ。
幼稚園の先生みたいな顔してた。
にゃーちゃんの電話が終わって開放されたときにね? 先ずにゃーちゃんが言ったんだ。
「やあ、昨日でやり直す道は見つかったかな? 」
どんな話をしたか解らないし、この人と何があったかも解らない。
この人はあたしに手を出してない。 そう確信できたんだ。
何かね? あの人って感情を読まれまいとするというか……
興味ないことに対して冷静なんだよね。
優しくないわけじゃないんだ。 ただ普通の人が思う優しいとは質が違うんだ。
言ってしまえばあの人は、あたしに興味なんて無いんだ。
なのにここまでしてくれた意味はあたしには解らない。
それでね?

「……」

あんたのゲロまみれの服も下着も僕が洗濯したんだよ! ってさ、あいつに言われてムカついたんだよね。 頼んでねーしって。
でもね? 不思議とさっきまであった。 やっちまったって気持ちは無くて…… にゃーちゃんのお話をカウンターで聞いたんだ。
「落ち着いたならそこに座りな? 」
そう言われてカウンターの椅子に座ったの。
最初に言われたのは、吐き出して止まらない様子だったからここに連れてきたって。
にゃーちゃんが服を脱がせて…… 全部ね、してくれたんだけど。
その間の話は恥ずかし過ぎて何を話されたかは覚えてないんだ。
ただ大事なものは失ってなくて、さっきまで電話してた先があたしの家だって事は理解できた。
後の事はね? あたしの仕事は辞めさせられて、にゃーちゃんのお店に住むことになって……
本当に信じたい人には、嘘も隠し事もしちゃ駄目って約束をさせられたんだ。
未だにあたしはにゃーちゃんの期待を裏切ってしまうこともあるけど、あたしはにゃーちゃんに救われて環境を変えてもらったんだ。
あの人の考えてる事はまるで解らないけど、あたしには神様と変わらないから……

「……」
「だからね? 茜ちゃ? 」
この先を二人で考えていけたら良いと思う……
詩穂は言いたかった。
「今日は、も、う、寝る 」
ただそれだけで押せども返ってくる暖簾のように、茜の心には響かなかったかもしれない。 それは夏の空気を忘れさせるほど乾いた返事だったから……
解らなかった。
自分が話したことが良かったのかも、自分の行動が正しいのかも……
だけど、あの日に言わなければ一生言えなかったんだ。
後日また声がした。
「シフォン? 僕は、また消えるから約束事は守りなさいね? 」
答える間もなくにゃーちゃんは消えた。
数日間、麻雀のない生活を送った頃、全部で二週間は経ったのかな……
茜ちゃはいつもゲームばかりしていた。
にゃーちゃんが帰ってきた日だった。
「ただいま 」
ドアをノックして、開けないまま言われるのはもういつもの事。 脊髄反射であたしは飛び出して抱きついたけど、あいつの背中だったのも言わず何とか…… 茜ちゃの膝枕を堪能したのも言うまでもない……
でも、なんかあたしの不安だけが大きくなるんだ。
茜ちゃ…… 人と向き合うことは自分だけじゃなくお互いが傷つくこともあるって、にゃーちゃんが言うよ?
だけど茜ちゃ…… 茜ちゃの本当があたしには見えないんだ。 この数日間すれ違った訳じゃない。 一緒にいたし、お風呂も一緒だ。
仲の良いお友達以上に沢山の時間を過ごしたはずなのに……
時折見せる茜ちゃ……
約束を破る事や隠し事に、あたしは疑問を持っていたのに言うことは出来なかった。
にゃーちゃんが言うように向き合うということが疲れる事でも、傷つく事でもあたしは茜ちゃを無くしたく無いなら、あたしが茜ちゃを止めなきゃいけなかったんだよね?
いつでも一緒にいたい大事な大切なあたしのお友達だよ。
「第一回! 温泉大会ですー、二泊三日ですー 」
唐突過ぎるし、男の娘のテンションに付いていけない……
「んで? あたし達は留守番してろと? 」
前髪が決まらないことよりもイラッとして詩穂は男の娘に食って掛かった。
「違うですー 皆一緒ですー 石段の街へいくですー 」
何それ? 二人は聞いてキョドッたが、茜は同時に携帯の画面をピコピコと検索する。
それに気付いた詩穂は、茜のモニターを覗いて二人とも興味を示した。
「い、き、たいで、す? 」
「一緒に行くー! 」
女の子独特の興奮冷めやらぬ様子を、通りかかったにゃーちゃんは廊下を歩きながら言う。
「準備十分ね? 僕は車持ってくるから 」
眠たそうに、だるそうに着物姿で力なく歩く男は言って消えた。
男の娘は既にキャリーバッグを二個持って出る準備が終わっていた。
「早く準備しないと置いていくですー 」
二つの内一個はどうせにゃーちゃんのだろうけど、用意が終わっている状況にムカッときたが、一言返すしか出来ず二人は引っ込んだ。
ただ引っ込むだけでは済まないのは性格の通りで、詩穂は燃え上がった。
「どうせメイド服とか、チャイナドレスとか入れてんだろ! あたしだってすんごいの用意するから待ってろ! 」
ってにゃーちゃんに言ってほしい、とは言えないまま焦って用意しだした。
茜は急いでいる様子なく携帯ゲームの充電を確認すると、満足そうに笑みを浮かべて鞄に入れた。
「い、い、感じ? 」

良い感じぢゃねーから!
にゃーちゃんは置いていくって言ったら本当にそうする人なの!
気付いて茜ちゃ!

「あ、茜ちゃ? にゃーちゃん急いでると思うし、もう少し急ごうか? 」
「そ、う? 」

そうだよ! 全力で急いでくれ!

「かわ、い、い、下、着、どれに、しよう、かな? 」

ぐうああああああああああああああああああああああああああああああ!

いつもだったら一緒に選びたいけど今は辞めてほしい!! 茜ちゃ! お願い!

あたしを誘惑しないでえええええええええええええええええええええ!

「あ、茜ちゃ? どれも可愛いよ! 絶対可愛いからね!? うん! 」
「そ、う? 」
そうだよ! と言いたいが、詩穂は自分の用意に混乱した。
にゃーちゃんは肌を出したりするくせに、あたしが肌を出すような格好は嫌う。 でも顔や性格を褒めてくれるのに、服装は褒められた事がない。
どうしたらいいか解らない……
いつも通りギャル服で気合入れていくか? それとも清楚な感じの?
って! ああああああああああああああああああああああああああああああああ!
そんなん持ってねーーーーーーーー!
「準備、終わった、ん! 」
「待ちなのは詩穂さ、んだけ? 」
何で最後だけ茜ちゃの真似して言うんだお前は!
時間切れの為、いつも通りギャル服で用意させられた詩穂は、萎えたまま最後に階段を降りた。
そして悪足掻きに、鍵を閉めながら考えていた。
温泉街着いたら浴衣くらい借りられるんじゃね?
それなら目的地まではこれでも行ける。 勝負は現地で決めるしかない!
そうと解れば単純にメイクに気合入れるのみ!
萎えた気持ちを水やりされたばかりの朝顔のようにスクスクと持ち直した。
先に出て行った二人に追いつくと、お店の前に車は止まっている。
二人とも荷物を載せている最中なので、詩穂も荷物を積んでお気に入りのクッションの収まった後部座席に茜と乗り込んだ。
「楽しみだね 」
「う、ん? 」
携帯で調べた旅先の町並みは、何処か懐かしさの漂うノスタルジックな石段が主役の街らしく、その石段を中心にお店や宿が並び賑わっている。
勿論そこまでたどり着くまでに、車で何処か寄れたりするだろうし、そういった期待も込めて二人は楽しみを膨らませた。
「サービス、エ、リア? 行ってみ、たい、な? 」
「にゃーちゃんは、サービスエリア好きだから大きいところは行くと思うよ! 」
「僕もサービスエリア好きですー すぐお土産買っちゃうですー 」
詩穂は男の娘をスルーし茜に話掛ける。
「お土産は帰りに買おうね? 」
「う、ん ? 」
にゃーちゃんが準備を終えたらしく、運転席に乗り込んだ。 乗り込んだにゃーちゃんから、微かに煙草の匂いを感じたのは、暫く吸えないのを決めた上で吸ってきたと解る。
「二時間半くらい掛かると思うから寝ててもいいよ、二人とも向こうに着いたら遊びたいだろう? 」
車のハンドルに手を掛けて、にゃーちゃんは男の娘にカーナビを打ち込ませると、そのまま片手に扇子を広げて持ち仰いでいた。
鍵を回しアクセルを踏み込んだにゃーちゃんは、サービスエリアに着くまで声を出す事も無かった。
最初のサービスエリアまで30分ほどの道を、詩穂と茜は携帯で旅行中何をするか会議中だった。
あっと言う間にサービスエリアに着くと屋台仕様のお店が列をなし、見た事もない食べ物がところ狭しと並べられている。
これに真っ先にヒットしたのは、男の娘でその量を一人で食べるの? まさかな……
そんな量をそのまさかで食べ始めていた。
好きな物は最後に取っておく性格なようで、通り過ぎたにゃーちゃんに牛の串焼きを取り上げられた男の娘は失意体前屈をし、ゴスロリに合わせたタイツを破いた。
「ここでも僕は負け組みなのか…… 」
何の勝負を繰り広げたかは誰も解らないまま、破いたタイツを気にする事無く、男の娘はもう一度串焼きを買いに戻っていく。
茜はそのやり取りを見届けると、サービスエリア限定商品のキーホルダーを何故か内緒にして買っていた。
気付く事無く詩穂は、茜が喜びそうな珍しいお土産類を物色していたが探し出せないまま、にゃーちゃんに声を掛けられた。
「そろそろ行こうか 」
「はいにゃ! 」
結局二人分のソフトクリームを買って、茜と一つずつ車の中で食べる事にした。
特別美味しく感じたわけでもないのに、今もソフトクリームの味を詩穂は覚えている。
流れる景色を詩穂と茜は見ていた。 一面が山に囲まれた道を真っ直ぐひたすらに車は走る。 幾つかのサービスエリアを楽しんで、目的地まではそろそろといった所。
「空気、違、くね? 」
車から降りてすぐに茜は言うと、差して変わらない気がする詩穂も空気が違うと言い出した。
「本当だ! 茜ちゃの言う通りだね 」
空気ソムリエの二人は空気の違いを胸いっぱいに吸い込む。
「これくらいの距離しか走ってないのに変わるわけ無いしー 」
少し上から言う男の娘。 カツラをツインテールに変えて、タイツも新しくした為、機嫌が良かったようだ。
「あんたさー? 今日も男の娘全開で街を練り歩くわけ? 」
ジト目で男の娘を見ながら詩穂は質問した。
「ゴスロリで合わせてみたんですー 貧乳ギャルとは合わせられなかったですー 」
無い奴に言われたくないわ!!
思うこと数秒、にゃーちゃんが車から降りてきた。
「シフォン? これお小遣いね 」
二人分のお小遣いを渡されて、ありがとうの気持ちと共に飛びつくが、割って入った男の娘を抱き締めて詩穂の感謝の気持ちは終わった。
「僕のはないんですかー 」
「…… 」
この二人の関係が未だに良く解らないし納得いかないものの、目の前の石段を早く上ってみたいなと二人は考えていた。
目の前には石段が、ゴールには縁結びの神社が小さく確認できる。
階段の脇には黄金色の温泉源が流れ、所々に十二支のエンブレムが埋め込まれている。休憩所や足湯まである。
美少女二人に男の娘は、看板を見ると目的地を決めないまま散歩をしてみる事を決意した。
そんな中にゃーちゃんは黒い浴衣姿に白い帯、頭に黒いタオルを巻いて鉄製の扇子を片手に何処かへ歩き出す。
「泊まる場所はここに書いてあるから、夕食までには帰っておいで 」
詩穂が受け取ろうとすると、男の娘が又も割って入ってメモを受け取った。
「無くしたら、困るですー 」
家の鍵から財布まで良く探す癖のある詩穂は言い返せないまま。
素直に黙って引き下がるしかなかった。
「さ、んびゃく、ろくじゅ、うご段? 」
この距離を歩くのか……
既に諦めモードな茜は、歩かなくても良い道があれば良いのにと妄想した。
それに気付く詩穂はこの階段の周りのお店を見て回ろうね?
と声を掛けてくるのでモチベを取り戻しつつあった。
空気を読まない一人は話し出す。
「この散歩道の奥にも温泉があるんですー 」
あんたと入る事は一生ないけどね。
「へー、そうなんだ 」
興味無さそうに詩穂は返すものの、心の中では旅行先でも茜と一緒に入れる下心を隠すのに精一杯だ。
「一緒に、は、い、ろう、ね? 」
言われなくても一緒に入りますけど?
そう言えないまま、ニヤケを堪えて詩穂はうんと返し、とうとう石段を踏み出した。
男の娘は射的をやりたいらしく、お店を探しながら歩くのに対して、二人は既にお店お店で食べ歩きを始めている。
十二支を探しては写真を撮り、男の娘も入れて三人で記念撮影をしたりと満喫という言葉の意味を三人が共有できた時間の始まりだった。
「見つけたですー 」
早歩きになった男の娘は射的屋を発見、追いかける二人も入店する。
どのくらい昔からあって、いつからこういうスタイルの遊びかが不思議に思う世代三人が解らないまま楽しむには充分だった。
次はあれ、次はこれと的を決めて打つ三人。
茜が弾を込めて狙いを定めると詩穂は刹那に止めた。
「茜ちゃ! それ的じゃないから! 」
日の出を連想させる、見事なはげ頭に向かい面白そうだからという理由で狙っていた。
救われたのは茜の射撃の下手さで、日の出の頭上を越えたことだ。
何が起きてるかも解らない日の出な店主は機嫌上々で三人に話掛けるも、男の娘が男だと気付き店主は世界を捻じ曲げられた気分に落ちた。
「自分た、ち、は、女の、子、ですよ? 」
茜が不慣れな笑顔を見せて話すと詩穂に抱きついた。
「ねー? 」
と同意を求める茜はそのまま二人でピースして旅の一枚を男の娘に撮って貰う。
詩穂はニヤケを止められないまま、前髪パッツンゆるふわガールとゴスロリ巨乳娘の怪しい女の子同士。
奇跡の一枚が完成したのだった。
お店を出てすぐ、茜にもう無茶は止めてくれとお願いした。
階段はまだ3分の一程度、事件を起こすには充分である。
干支を探し、お団子を食べてはお店を見回すと、にゃーちゃんがお酒を飲んでいるお店を発見した。
「な、んか、観察した、く、ね? 」
悪戯心、好奇心、どれとも取れる発言が三人に悪魔を召喚させた。
「ダ、ダメだよ! 茜ちゃ、あたしたち目立つしすぐバレちゃうって! 」
説得力の無い好奇心顔が二人に火をつける。
そもそも謎だらけなこの男の素の部分を誰も知らないから尚更だった。
「全員一致ですー 」
胸の前で手を合わせる男の娘も下心が見て取れる。 茜に至ってはお店の扉前へ歩みを進めていた。
すぐさま三人は近くのテーブルへ着席しターゲットを確認する。 相手に動きは無く、ただ携帯の画面を見て何かを調べながらお酒を注文しては飲むだけだった。 何も掴めないまま、息を潜め続けることが続き、ターゲットの携帯が鳴ると三人は耳を大きくした。
「ご心配おかけしますが 」
「勉強もしておりますので 」
端的に聞くと男の口調は柔らかくゆっくりだ、誰と話しているかは解らないまま。
通話中の男は無表情、時折煙草に火をつけるが、電話相手に悟られないように吸う姿が見える。
「お互い仲も良くやっておりますので、ええ…… そこはお構いなく 」
にゃーちゃんの弱みや何かを握ろうと潜入したものの、他愛ないやり取りしか見せない為、軽く飲み干して三人は気付かれない前に出ようと合図した。
お店を出て何も無かったね? と女の子二人が話しだすと男の娘が口を開いた。
「あの電話、茜ちゃんのママだと思うですー 」
シリアスな空気に決してならない、雰囲気を醸し男の娘は話した。
「あの人は毎日連絡してるから、時間的に見ても間違いないですー 」
小さな約束事すら守らない茜が既に三週間近く寝泊りしていた間。
にゃーちゃんが代わりに連絡しているのを今知った詩穂は胸打たれた。
なのに何で今まで自分がそう出来なかったんだ?
言えなかったのだ? と考えていた詩穂。
根本を否定するように倫理観という壁を壊す如く茜は言った。
「別に、良、い、のに、ね? 」
人の気持ちを考えない人なのは解っている、けどもう少し違う考え方があっても良かったはずだ。
発言をする前に考える事も出来たはずなのに……
「もう少し人間って何なのか考えたほうが良いですー 」
男の娘は茜の頭を撫でて優しく助言した。
詩穂は何でここまで、価値観が違うのか考え始めた。
それでも茜を好きなまま、こういった問題に向き合わないまま別の道を探していた。
お店を出てそれからも三人で十二支を探しては、シャッターを押して振り返ってはシャッターを押して振り返っては景色を写し、何かを食べては三人で記念撮影し、半分以上を上ってきた。
そこから見える町並みを見下ろして空と自分達の間の景色を遠く深く見つめて、また皆で旅行出来たら良いねと口を開いた。
残りの石段をゆっくりと歩いて、小物屋を発見した為入店。 注意しないとお店を見つけられない程小さな脇道に、雑貨や小物が置いてある和風のお店。
履物や扇子を見ては、ゴスロリ二人組みは手にとって見比べる。
その間も詩穂は、茜に対して思うことや自分自身を見直し始めたが、上手く考えは纏められないまま、小物を見てはハシャぐ茜と男の娘に割って入った。
「あ、茜ちゃ、この髪止め似合うよ! 」
そこにある赤黒い髪止め、これをセンス良いかどうか考えるまでもない。
「そ、う? 」
茜は褒められれば嘘と解りそうな事でも満更でもなく、詩穂の言うアイテムを手にとって笑顔を見せる。
やり取りに割って入った詩穂だったが、どうしても今までの事を話さなきゃいけない気がして心の中が曇ったままだった。
単語がワンパターンになるほど可愛いと言い合った。 その間すれ違う浴衣姿の人を見て自分達も着替えたいと話し、履物をそれに合わせるように買うことにした。
最上段の神社まではすぐそこの距離となり、買い食いも限界に感じるものの、温泉饅頭を一個買っては三人で分けて神社に辿り着く。
「長、かっ、たね? 」
茜は嫌な事から全て逃げ出すタイプなので、この石段を上り切った事自体大きかった。
カツラが蒸れて仕方ない男の娘はカツラと頭皮の間に手を入れたかったが、周りの観光客の目もあり汗を拭きつつ笑顔で我慢。
「あんたさー? 夏場くらいロングウィッグ止めたら? 」
詩穂は呆れて言うが、男の娘は顔に汗をかかないことを良い事に言い返した。
「あんたと違って顔に汗かかないですー 」
ムカついたが色々悩んでしまった詩穂は、言い返さないまま階段下に広がる景色を三人で見守った。
蝉時雨が夕闇を連れてくる頃合までそう長くなく、風が遠くの潮風を運ぶ頃、神社のおみくじを三人で引いてそれを見せ合いながら笑った。
詩穂のくじだけ凶だったのが、引きの違いと幸の薄さとこの神社のご利益が試されることとなった。
頂上から続く散歩道朱色の架け橋を見ると、有名アニメの作品を思い出し、三人が役になりきってはしゃぐ。
ゆるふわカールのギャルにゴスロリ巨乳娘に、メイクが落ちてきた男の娘の演じる有名アニメのワンシーン。 誰がどう見ても違和感しか残さないし、無理がある出演状況ではあった。 それはきっと一生の思い出になった。
ずっとこんな時間続くわけが無いのは、もう少し大人になれば解るはずなのに。
その事には誰も気付かない振りをして今晩の宿を目指した。
三人は来た道を通らないルールを考案し、大分迷子になり結局男の娘がにゃーちゃんに電話した。
「迷子になったですー 」
そう言って許される年頃の人間はいなかった。
「ふう…… 迷子になったですー 」
カツラがズレてることにすら気付かない男の娘は、にゃーちゃんの待つ旅館前でそう言うと笑顔を取り戻す。
「何でお前がいて迷子になる…… 」
にゃーちゃんが呆れた顔をして扇子を扇ぐと、その後ろに広がる赴きある景色を前に女の子二人は大いに喜んだ。
「茜ちゃ! これあの映画の旅館にそっくり! 」
「ほん、と、うだね? 」
相変わらず同意なのか解らないが、顔を見ると納得してるようだ。
映画の続きを楽しむように、旅館前で二人は大はしゃぎ。
やはり顔に縦線が入るにゃーちゃんは三人に声を掛けた。
「もうご飯の時間だから、食べる前にお風呂入っといで 」
浴衣の左裾に閉じた扇子をしまうと、幻想的な外観の旅館へ消えた。
「どうせ先にお酒を飲んでるですー 」
口を尖らせて男の娘は、女の子走りでにゃーちゃんを追う。 それを見た詩穂はそこまで女の子しなくて良いよと思ったが、それよりもお風呂が気になった。
「茜ちゃ! 部屋行ってお風呂行こうよ! 」
いろんな意味で詩穂は瞳を輝かせて言うと、茜も笑顔で首を縦に振った。
「一緒に、入、ろ、う、ね? 」
顔が熱を持つのが解るほどテンションが上ったが、それを悟られないように何故かブリキの玩具の如く詩穂はぎこちない歩きで二人を追いかける。
そこには触れないまま、茜は詩穂の手を取り部屋を目指した。
部屋は広めで窓を開けた景色は、これまた映画のワンシーンを思わせる植物アートが広がった。
蝉と虫たちのざわめきすら珍しく感じる二人は、虫刺されを気にするまで窓の景色を見ている。 それは何故か気温を忘れさせてくれる風の中だった。
「す、ごい、ね? 」
「あのシーンの景色みたいだ! 」
何かとアニメや映画に置き換えて興奮する二人を他所に、男の娘はカツラを取ってメイクを落としている。
「暑かったですー 」
備え付けられた鏡に向かい、奮闘する男の娘は鼻歌を交え機嫌良く進めた。
歌下手すぎじゃね? 詩穂は先ず最初に思った。
しかしお風呂も行きたい浴衣も着たい、急がねばとにゃーちゃんに話し掛ける。
男の娘の鼻歌を聴いて、お酒の進みが悪くなったにゃーちゃんは機嫌悪そうに片肘をテーブルに置く。 旅館ならではの酒を一口毎に味わっては扇子を持ち音を立てて広げて閉じてを繰り返していた。
「にゃーちゃん! 」
浴衣を借りれるのか聞きたかった詩穂は、声に反応したにゃーちゃんの扇子の先を見る。
茜と詩穂は用意されて置かれた数種類の浴衣を見て反応した。
「ふ、お! 」
「可愛いね! 」
どれが似合うか? 赤やピンク、紫と合わせてみて二人は着付けも解らないまま悩む。
「じ、ぶ、ん、これが、良い? 」
選んだ浴衣は意外にもピンクベースの蝶と花柄のものだった。
「あたしはこれにする! 」
詩穂は大胆に紫色のボタン柄を選択する。
この紫は大人色! これを着て見せたらにゃーちゃんが……
18禁の下心を見せる詩穂に悪寒がしたのだろうか?
にゃーちゃんが男の娘に声を掛けた。
「けーや、二人に着付け教えてあげてお風呂行かせて 」
そう言われた男の娘は、僕も今忙しいんですー と言いたそうにキャリーバッグの中を漁ったが手を止めて二人の下へ足を向けた。
それは残念そうに近づく姿だ。
「完璧ですー 可愛いですー 」
胸の前で軽く手を合わせた男の娘、二人の帯姿はとても可愛いのは否定しない。
詩穂の胸にタオルを盛られているのを見て一人の男だけが笑いを殺していた。
「お、お風呂行ってきな 」
顔を下げて扇子を開いては閉じ三人が部屋から出るのを息を殺して待った。
「盛りすぎちゃったですー 」
「お前のせいで恥をかいたわ! 馬鹿! 」
いつもと違う顔真っ赤で男の娘を詩穂は睨んだ。
「詩穂さ、ん、可愛い、よ? 」
茜に言われて猛烈に照れた詩穂は、瞬間に男の娘のカツラを剥がした。
「髪は女の命ですー 」
そもそもどこから間違えを突っ込めば良いか解らなくなり、二人の浴衣美人とカツラを取られたオカマの時間は止まった。
それを拾って在るべき所へ帰らせると、男の娘は自撮り棒を出して三人で記念撮影。
真ん中に立つ人を決めてはワンショットし、数枚撮り終えると三人はお風呂を目指した。
何故か男の娘だけ手前の青い暖簾をくぐり抜け、二人は赤色の暖簾を潜り抜ける。
いつもと変わらないお風呂タイムを終えた二人は、お風呂上りの牛乳かコーヒーかで議論をしていると、男の娘はフルーツ牛乳を飲みながら暖簾から出てきたのだった。
二人は当然それを見ると無いなと心の中で思ったが、温泉疲れも手伝って食事が恋しくなった。
このとき鳴った何かの音は一人分ではなかったのに、詩穂も茜も当然男の娘だったと言い切った。
僕のお腹は鳴ってないですー
そんな気持ちを全面に押し出しながら、飲み終えた瓶を持て余しつつ部屋へと歩く。
二人は旅館通路を見ながら、ここはあのシーンだ! あれはあのシーンの何処かだ!
とヲタガールトークを繰り広げている。
部屋へ着く頃には食事が並んでいる事を期待して、三人はご飯の話しかしなくなった。
期待を裏切らないとはこの事であったか!
そう思えるほど凛とした存在感を放つ舟盛りに、揺らめく炎の上にそびえた鍋、それを目の前に呆れて天井の灯りだけを見つめる男。
一部がイメージと違ったものの、ド派手な料理だけは期待以上だった。
「何これ何これー! 超やばー! 」
少年のような詩穂の笑顔に乗っかり茜も興奮を隠さなかった。
「テレビよ、り、す、ごい? 」
「僕が選んだコースですー 」
三人のテンションはブチ上げ状態。 席はどうしようと考え話し合う中、天井を見上げてフリーズした男が、ゆっくり三人に視線を向けて牙を見せた。
有名ホラー映画を凌ぐ動きをまさかの動きで見せられた瞬間。
「これ…… 残したら怒るからね? 」
焚き火の薪が割れ音を鳴らすよう誰かの持つ扇子が開いては閉じてパチパチと鳴った。
詩穂だけは流石に気付いた。
これめっちゃ豪華だ…… 即ち! にゃーちゃんのお財布が悲鳴を上げてる!
けーちゃん…… これやり過ぎっしょ!
絶対予算を大きく超えている! てか超えている!
一人の男だけが口から溜め息を吐くというか、魂が抜けるようなうなだれを見せる中、お食事会の始まりである。
「いただ、き、ま、す? 」
茜が口火を切ると、三人だけが笑顔の乱舞を見せ口々に美味しいを連発する。
先程まで余裕綽々でお酒を進めていたはずの男は、刺身を味わい溜め息、お酒を飲んで溜め息を繰り返した。
「けーや? 好奇心で聞くのだけど、一晩幾らで設定したの? 」
ハムスターのようにした男の娘(カツラなし)はモゴモゴ答えた。
「言われた金額内で予約したですー 」
瞬間に悟った。 この野郎三日分の予算を一日分で使い切ってやがる……
誰にも読めることの無いにゃーちゃんの心の内を一瞬説明。
それでもにゃーちゃんは怒りはせず、溜め息交じり返す。
「そ、そうか…… ありがとう。 でも残したら怒るよ? 」
自分の伝え方が悪かった、そう言い聞かせる気持ちは詩穂でさえも解るわけなく聞き流された。
「そ、れ、ア、ジの、お刺身? 」
舟盛りに手を付ける男の娘に茜が反応する。
「解らないけど食べ物好きですー 」
食べられれば何だって良い、味覚障害の男の娘はひたすら箸を走らせる。
箸を持つ腕の動きが何本にも見えるのではないかと疑えるほど残像を残す勢いだ。
詩穂は気付くと、強引に舟盛りを奪い茜に好きなものを選ばせる。
「ごめんね、茜ちゃ…… あいつ食い意地張ってるから 」
「あり、が、と、う? 」
選んでは小皿に移す茜。 舟盛りごと持つ詩穂はナイト気取り。
どれを平らげても次から次へと運ばれてくる。
二人の浴衣美人がギブアップ寸前で料理は終わった。
にゃーちゃんに怒られないで済むぜ! と詩穂は思ったが、本人はそれほど不機嫌でもなく落ち着いた時間が来ると感じた。
「僕はお風呂行くから…… 皆はお祭り行っといで 」
にゃーちゃんが言うとノーケアだった隠れイベントを教えられ二人は帯を締め直した。
「僕はもう良いですー 」
軽く見ても四人前ほど平らげた男の娘は外へ行きたくないとフラグを立てたが、にゃーちゃんはそれを許すことは無く口を開いた。
「二人だけで行かせることは許さないからね 」
許さないという言葉遣いに男の娘は反応し、少し時間を置いてからお祭りに行こうよと提案する。
二人の浴衣美人も、今すぐ行きたいとは思わなかったため、三人足を伸ばして両手を付いて休憩することに決めた。
一日中酒を浴びた男は、風呂を目指し浴衣姿で部屋を出た。
食べ終わった料理の数々を、旅館の仲居さんが片付ける間三人は今日の出来事を振り返っては話し込む。
蝉たちのざわめきも大分落ち着いて、それ以外の虫達の声が楽しい笑い声と重なり始めたときに重い腰を上げ始めた三人だった。
「お祭り見に行く人―? 」
男の娘が聞くまでも無く疲れた身体を無視して、手を挙げた二人は男の娘を先頭に旅館を出た。
石段の街と謳うだけあって、それを中心に夜限定でお店が並んでいた。
「おお、す、ごい、ね? 」
本当にそう思うか解らないが、茜は並ぶ店を見て言う。
甘いもの好きな詩穂は先ず、水飴やカキ氷から探し始め、誰の許可無く三人分買い込んで戻った。
拒む者は無く、食べ歩きが始まると、水飴を口に頬張りながら三人は足湯を体験。
「気、持、ち良い、ね? 」
「うん! 」
男の娘は少し間を空けて二人に言う。
「この旅は意味があるんですー 二人とも頑張って答えを見つけるんですー 」
何が言いたいのか解らないまま。
考えることすらしないで二人はずっと続くと思う時間を楽しんだ。
街を見て回ったが、足湯に浸かってのんびりしてる時間が一番良かった。
と祭りの場を一周して二人は思った。
部屋へ着くと、風呂上りの男が窓を開けて月夜を眺めている所に出くわす。
左足を窓の縁に掛けて濡れた髪のまま、浴衣姿でタバコを吸う姿が何処か世捨てした人間のように思えた。
キュンキュンモードの詩穂は無い胸を大きく膨らませた。
「にゃーちゃーん! 」
抱きついてやろうと即座に男に向かうものの、右手で額を止められ制止された。
「今日は楽しかったかい? 」
一言言うと、三人に気を遣ったのか煙草の火を消して窓に腰を掛けるのをやめた。
にゃーちゃんが思うことは誰も解らないまま、一日目のクライマックスは視線の外に用意されていた。
茜だけは期待通りだったのかもしれない、男の娘は今日が来たことを悲しく思いながら詩穂のおでこが赤くなるのを見守った。
「にゃーちゃん…… 照れすぎ 」
照れてるのは詩穂だが、そこを突っ込む人はこの場にいないまま。
残酷な物語の幕は開けようとしていた。
窓辺に立ち腕を組んでいた男は、その動きがスローモーション。。
この場にあった空気が入れ替わった気がした。
酔いを覚ましていたのか…… 月夜を眺める為にそこに身を置いたのか……
解らないまま三人は男が近付いて言う言葉を聞きたくなった。
「旅行はどうかな? 」
乾ききってない髪を両手で上げて、誰とも視線を合わせる事無く三人の間を通り抜け隣の部屋の戸を引き進んだ。
開いた光景はいつも見ていた麻雀卓とは違い、大分背の低いテーブルが用意されている。
「これは座卓という全自動卓だよ 」
感情を出さないまま静かに笑う男は、テーブルの牌を触ってまた話した。
今日はね、僕が君達を麻雀に誘おうと思うんだ。
「ここが逢う魔が時かな…… 」
茜だけは期待した展開だったかもしれない。
男の娘は何が起きるか想像できたし、緊張の男の娘を見て詩穂も確信した。
あたしのせいだ…… 茜ちゃん…… 失いたくない!
旅の最後でもないこのタイミング、男が用意した麻雀卓は悲しいほどに決別の場所。
この面子で最後の麻雀が始まらなければいけなかった。
「ルールは雀荘ルールで良いよ。 ありありの25000持ち、30000返し赤あり祝儀は要らないね? 」
ルールを提案すると、感情を表に出さない男。 今夜二人に何をもたらすのか……
「優しく教えてあげても良いと思うです…… 」
かなり勇気を出して男の娘は二人を守る発言をしたが、寂しそうに口の端を上げた男が視線を合わせて続けた。

「優しいって何だろうね? 」
人は優しさを勘違いしているよ。
その多くは甘くて温い誰の為にもならない、嫌われない為の言葉だ。
優しいと感じた発言に対して人はそれが本当かどうか解るはずなんだ。
誰の為の言葉だろう?
そこだけ注目して考えても、多くは自分と相手を甘やかせるための依存物質で、人はその言葉の本質に気付かないまま依存を繰り返すのさ……
僕が二人に出来ることは嫌われることで、気付く機会を与えてあげることじゃないのかな……

「せっかくこんなに仲良くなれたのに、寂しいですー 」
男の娘の人の良さは詩穂も解っていたし、これから何を言われるかも大分想像できた。
約束事すら守らない彼女に対して、本気で友達と思うなら詩穂が言わないといけないことが今まで多くあったはず。 嫌われることを怖れた余り、そこから目を背けていた。
でも、今から始まるイベントは間違いなく歓迎事ではないんだ。
茜だけが気付かないまま、にゃーちゃんが幾つか牌を取りながら話は続いた。
「選びな…… 」
そう言うと東南西北の字牌を伏せて混ぜる。
その四つを前に誰と決めず男は言った。
茜は躊躇わずその伏せられた四つから東を引いて起親が決まる。
南を引いたのは男の娘、西を引いた詩穂…… 最後に北でにゃーちゃんが準備し始めて座る場所が決まる。
「この麻雀は君達の今後を決める麻雀にしよう 」
男は言うと条件を提案した。
先ずシフォンへの条件は今後麻雀で友達を作ろうとしないこと。
そして友達と向き合うことから逃げないこと。
けーやは一日三食で3000キロカロリーを越える食事を一ヶ月しないこと。
茶畑さん、君には酷だが今後麻雀もアニメもゲームも禁止にしようか。
僕がトータルプラスならそれが対価として頂こうかな……
考える間もなく茜は即答した。
「自分が、勝った、ら、詩穂さ、んと、一緒にいたい? 」
「僕に勝てたらそれで良いよ。 僕の部屋も好きに使いなさい 」
「う、ん? 」
茜の無能さと能天気さに男の娘も詩穂も凍りついた。
間違いなく茜は勝てない……
決定的な理由が数多くあるのに、今までそれすらも茜のプライドを守るため、詩穂は当然男の娘も言わなかった。
「僕負けたら死んじゃうですー 」
一日一食を言い渡された気分の痩せた大食いの男の娘は死活問題。
詩穂は友達なんていらない、茜だけがいてくれれば良かっただけ。
何故か今後麻雀で友達を作ろうとしない事と言われた。
向き合うということの難しさを条件に提示された今。
詩穂にのしかかるが、何より今の条件で茜を失うことが大きく怖かった。

 半荘5回で良いかな……
短期的な勝負では運だけが物を言うのもまた麻雀。
実力を決めるなら半荘10回程度は打てる人なら欲しい所。
 「僕が今日、君たちに出来ることは新しい世界の始まりを教えること…… だね 」
 そう言うと、静かに最初のゲームが始まった。
 「右6…… だね? 」
 茜だけがいつも通り手を動かすと、男の娘も詩穂も言葉をなくしたように自分と向き合うことになった。
 「まずは依存症の世界へようこそかな…… 」
 男はそう言うと毎ゲーム二秒ほどの打ち出しで行動する。
茜は好きな事だけして生きたい。 自分の思うことをしていかなければ気が済まない。こういう生き方で趣味と思うものと同一化して生きてきた。
本来学生の頃に通らなければいけないこと、友達付き合いから学ばなければいけないこと。
独りぼっちを選択して楽な道を歩いてきた。
だから今がどういう時かも解らなかった。
男の娘はこのゲーム早々に息を潜めた。
まずにゃーちゃんが、どう出るのか見ないことにはタイミングが掴めないと判断したからだった。
詩穂の手は4順目、既に聴牌してリーチを打たないまでも12000点作っていた。
リーチを打つか、にゃーちゃんだけの直撃を待つか息を呑んだ。
そんな中で茜は詩穂の当たり牌を打ち込むが、詩穂はそれを見逃しリーチを打ち込むことに決めた。
「あ、あたしはにゃーちゃんが言うことは全部正しいと思ってる。 だけど、あたしは今日にゃーちゃんに負けたくない! 」
詩穂が言われたことは、麻雀で友達を作らない。 友達とは向き合え。
この意味は存分に理解していたはずだった。
なのに、言われたことを守ることは愚か、友達にも言ってあげることも出来ないまま時間を浪費した今がある。
詩穂はそれも解った上で男を倒そうと決めた。
「リーチ! 」
金髪に近い茶髪をなびかせて、詩穂はリーチを宣言した。
「通らないね 」
そう言ったにゃーちゃんが、扇子を閉じて右から牌を一閃する。
詩穂は12000点を打ち込んで残り13000点……
既にこのゲームの参加権が失われつつある決定打になるも心折る事無く、テーブルに12000点を置いた。
間を空ける事無く詩穂は賽を振った。 淀み無い流れのように四人がゲームを進める。
「にゃーちゃん…… 」
聞こうともせず、圧倒的に速い打ち筋のにゃーちゃんが話す。

「君達は、家族に麻薬中毒者がいたらどうするのかな? 」
親でもいい、兄弟でもいいさ、大半の人は真剣に止めるだろう?
それはなんでかな?
人間とは何か? を考える倫理観なのかい?
 違うよ。 その人の終わりが見えているからさ……
そしてそれが見えない中にも終わりはあって、そこに気付かないまま終わっていくことも世の中にはあるんだよ。
依存の果ての世界とでも言うのかな……

「むず、か、しい、ね 」
茜は自分が言われていると思いもしないのが見て取れる……
男の娘はこのゲームを完全に捨てることを決めて、点数を減らさないためだけに徹底する動きになった。
男の娘の親番ではあるが詩穂はもう一度、リーチを打ち込んだ。
「何があっても諦めない! 」
ここで参加してくるのは自分勝手な茜だが、今回手にならないようで参加してくる気配は無い。
「気付くことが大事なんだ 」
詩穂のリーチの後もノータイムで牌を打ってくる男は言った。

約束を破ってしまった。 心配掛けている人がいる。 嘘や隠し事で傷つく人がいる。
物や行為に捕らわれ過ぎると全てを無くすのさ、お金だったり時間だったり人だったりね。
そうならない為に人は向き合って生きて、時には傷つくし時には笑い合える…… 辛い時間が来ようが、楽しい時間が来ようが、それだけで終わることは無いんだ。
じゃあどこまで僕らは人と向き合わなければいけないかな? 答えは単純さ、向き合いたい人と向き合えば良い……
そして諦めないことだろうね……
だが解らないのもまた依存の果ての世界なのさ。

茜だけが酔っているんだなと思う中、詩穂が自分で上った。
「ツモ! 」
「僕の山だし裏ドラは僕がめくろうか…… 」
にゃーちゃんがそう言うと自分の前から牌を捲った。
詩穂の手牌【三暗刻】そのまま裏ドラが三枚乗って倍満になった。
男の娘はその瞬間を見逃さなかった。 にゃーちゃんの手牌が足りないことに気付く。
裏ドラ表示のその牌は、にゃーちゃんの手牌から抜いた物で、きっと男の右手には詩穂にとって不要な牌が隠されている。 つまり詩穂を助けたのだ。
それが解るのに男の行動は見えてこなかった。
「4000,8000 」
男の娘は8000点払うことよりも、この今の瞬間が不思議に思い思考を巡らせたが追いつく事無くゲームは続いた。
「いい上がりが拾えたね 」
男はそう言うと自分の手牌を直して伏せた。
詩穂はすり替えられたことに気付けないまま、夢中でこの状況を変えたいだけの考えに落ちた。
余裕などもう無かった……
詩穂はリーチをすることが苦手だ、リーチをすれば捨て身になる。そこから見える景色が苦手だった。 感情のぶつかり合いが苦手でリーチという目立つ行為をして注目をされることが何より怖かった。
リーチをするという事のデメリットが、詩穂の性格と裏側に合っていて、詩穂は大抵のゲームはリーチせず進める人間だった。
この麻雀で決意し行動することの意味を知ったのかもしれない……
それは既に遅く、刈り取られる命を先延ばしにする為の抵抗でしか無い。
それでもゲームは進み茜が前へ出た、本来ここで詩穂に決めてもらい格上の男の点数を出来るだけ下げておきたい所だったが理解などしなかった。
「リー、チ? 」
ピンクの浴衣の裾を捲り千点棒をテーブル中央におく、捨てた牌から見ると索子が一番切り辛い感じ。
出てしまう索子を詩穂も男の娘も避ける形で手を回していく、にゃーちゃんはノータイムで牌を切る。
にゃーちゃんが打ち出した牌は茜が捨てていた牌、萬子だったが茜はにゃーちゃんが打った牌を確認して自分の手牌に目を落とした。
瞬間、詩穂も男の娘も待ち牌が萬子であることを悟った。
この人間の意識下の癖とでも言うのだろう、リアル麻雀とネット麻雀の違いが浮き彫りになる中、無慈悲が近づいた。
「リーチだよ 」
にゃーちゃんが動いた、この時点で詩穂も男の娘も動けなくなった。
茜の当たり牌は萬子のどこかだとわかった上での状況。 男がリーチを打つということは出ない形を作り上げて追い込んだか、茜以外の二人から上る自信があるからだと思ったからだ。
ゲームは続き茜が最後の牌を掴んだ。 茜の当たり牌ではなく捨てたくない嫌な予感はしたがテーブルに置かなければいけなかった。
「海の底も川の底も…… 見える世界が多いことだ 」
茜が置いた牌をにゃーちゃんが宣言した。
12000点を打ち込んだ茜はついてないと思い込むだけで、にゃーちゃんの手牌をしっかりと確認しなかった。
にゃーちゃんの手牌からは茜の待ち牌は出ない形で作られていて、そこに気付くと絶望しか生まれないやられ方だったのに茜は運の差だとしか思い込まなかった。
「君達は、白昼夢の中生きているようなものだ 」
扇子を広げては閉じて不適に笑うと話は続いた。
それがにゃーちゃんの親番で……
「川の底で打ち込んだ事の勉強は出来たかな? 」
茜を見ないまま話すにゃーちゃん……

「僕もまた依存の果ての世界で生きているのかもね 」
よく考えてごらん?
倍も歳が離れているであろう人間と知り合った事。
君と向き合い歩いてくれる人間との絆を……
今君が気付けないことなのか? 違うね、変化を怖れて認めたくないだけだよ。
人間に優劣など存在しない。
そこに気付くのか、向き合うことから諦めて何を無くすのか考えられるはずなんだ。
君は周りとは違う生き物でそこを大事に今まで生きてきたのかもしれない。
個性というのはさ。 周りから評価されるもので何処か他とは違う自分を演出したがるのは君の自己満足でしかないんだ。

「……」

普通と違うことの自分が居心地良いのかい?
それは、普通の人と違うということが、自分を神格化することに繋がるのかな?
答えは今僕が見せてあげよう……
君の好きなもので好きなことで、心をへし折ってあげるよ。
好きなことと趣味、好きと思うことと病気は違うんだよ。

「リーチだよ 」
圧倒的に牌姿(スピード)が違う。 三人はそう思うものの、茜はこの人に好きなことを認めさせたいだけで周りを考えず突き進んだ。
「まあ、こうなることは解ってはいることさ 」
5800点を打ち込んで茜は死に体になる。
即座に男は賽を回しゲームを進めた。

「教えてほしいんだ 」
君の今までは何の為にあったんだい?
ただ人と向き合うことから怖れては好きだと思い込むことに依存して、周りの気持ちも考えたくも無く、そこに居続けて判断を放棄しただけの嘘つきじゃないのかな?
君を愛する人も向き合う人も全てを捨ててまで、物や行為に依存して終わるのかい?
人間にはその程度の価値しかないのかな?
君が依存する全ては人間の手によって作られてきたもので、又それがどうして作りこまれているか気付けないかい?
麻薬だろうがアルコールだろうが法律上問題なかろうが、依存症と言うものは何でもあることなんだ。
そこに気付いても気付かない振りをして生活が成り立つこと。
それを一般には共依存というんだ。
今のシフォンもけーやもそうさ、君に対して本気で止めることの意味を見つけられなかった。 それが最も悲しいコトなのに、今の楽しいだけを二人は選んで真実から逃げたんだ。
辛いこと悲しいこと人は沢山あるし傷つくことも生きている限り続くものさ。
受け止めたり、乗り越えたりすることを美学と言うのじゃない。 生と死が身分を越えて平等に訪れる。 僕ら人間はどれだけ感謝しなければいけないかを考えなければいけないんじゃないかな? だって永遠に生きる人はいないのだから……
毎日毎日好きな事だけをして、面倒な事からは逃げる?
世界中では未だに人々は殺し合い、飢餓に苦しむ人もいる。 この国だって苦しんでいる人はいるし、何より僕らが生きる上で毎日が命を摘み取って生きている。
自分だけを特別に考え君は依存症に浸り約束も守らないまま今がある。

「ツモだよ 」
6000オール…… で一回目は終了。

「今夜は僕が君達へ葬送麻雀を贈る形になるのかな…… 」
誰だって誰にも嫌われたくないのは確かさ、嫌われてまで言う人なんて稀だよ。
家族が麻薬中毒者なら止めるだろう? それが他人なら止めない? それが恋人なら止める? それが家族になりたいという人だったら?
何処にでもある哲学をしたいわけじゃない。
シフォンには今夜から逢魔が時だ。 けーやもそうさ、君の優しさは自分だけを傷つける。 茶畑さん…… 君は今夜選ぶのさ。 今までの自分が死んで、これからの自分を産むのか? 今日までの自分を殺して、今までの自分で生きるのかをね……
出会いは一生に一度きり、無くした人間は戻らない。
死ねと言われたとしよう? それは何を意味するんだい? 言葉の表面上でしか捕らえない君は絶命しろと言われたと感じるのだろう?
答えは不充分だよ、死ねと言われた考え方に、今までの自分を捨ててくれという願いがあったのかもしれない。
せっかくの縁だから、最初に傷つける相手を僕が買って出よう。
さあ! 君の正しいを教えてくれ。

シフォンの親から二回戦は始まった。
口開く事が重いと解るその雰囲気。 それは彼女の勇気……
「あたしはにゃーちゃんが神様だ! それは変わらない。 だけど茜ちゃを失いたくない! 神様はいつだって不平等だ! そんな悲しい世界あたしだって解ってる 」
詩穂がにゃーちゃんに噛み付いたのは今日で二度目、一度目は初めて出会った日そして今日が来る。
辛うじて泣くことはしないものの、どう足掻いたところでこの世界が変わることは無いかもしれない。 それでもなお詩穂は抵抗することを望んだ。 これから先友達が欲しいわけでもない。 にゃーちゃんがいてくれれば良いんだ。 だけど茜ちゃを無くしたくない。 あたしが悪かったこともあるし、こんなの悲しすぎる……
詩穂は最短で攻撃するタイプではなく、周りから空気を読んで攻めきれるときだけを選んで行動するタイプだった。
人が変わるという言葉の通り、詩穂は変わった。 親の権利を最大限に生かすべく、リーチ(攻撃)を躊躇わなかった。
あたしが倒れても茜ちゃがにゃーちゃんを倒せば良いんだ!
一人の決意がこれ程無力なことも珍しく、にゃーちゃんは心を無くした人以外の生き物の様にただ獲物の命を狩り殺す獣だった。
男の娘は死活問題と詩穂の気持ちを両天秤にかけ一ヶ月生き延びよう。
そう思いを決め込み詩穂をアシストした。
「ここで変わる人間の遅かったことか…… 意味を残せるかな? 」
にゃーちゃんが言うと、珍しく詩穂へ18000点を打ち込んだ。
続く詩穂のゲーム、にゃーちゃんが早々にリーチを掛ける。
詩穂は、にゃーちゃんの捨て牌を読もうとせず、真っ直ぐに走り続ける。
男の娘に上げてもらった髪も振りほどいて、前髪パッツンゆるふわカールの本気出しでにゃーちゃんを追いかけた。
「3900は4200 」
にゃーちゃんから打ち取った詩穂は手が震えていた。
状況は詩穂がリードしているものの、点数の総合が足りない。
トータルトップを考えると、このゲームで絶対的優位に立ちたいからだった。
男の娘の気持ちを折るように、次のゲームで茜は12600点をにゃーちゃんに打ち込んだ。
状況を考えると茜が三着もしくは四着で二回戦が終わると、茜のトータルポイントが絶望的だった。 コンタクトが浮いてしまうほど涙が張り詰めた。
「けーちゃ…… 悔しいよ、こんなのって無いよ 」
珍しく名前で詩穂は男の娘に助けを求めた。 だが三人で協力しても男一人の分厚い壁がどれだけ硬いかを解っていた男の娘は無責任な発言は出来なかった。
「僕は一ヶ月生き延びるです。 だから詩穂さん、茜ちゃん信じて頑張って! 」
そう言うと早々にカツラを脱ぎ捨てて、浴衣の右半身を男の娘は脱いだ……
右肩から伝説上の生き物が姿を現して、茜だけが少し驚いた。
「りゅ、う? 」
男の娘の肩には竜と見て解る和彫りが刻まれていて、その目は紅く人々に喰らいつくほどの威圧感が込められている。
「花笠の盆の時以来だね? 」
にゃーちゃんが男の娘に小さく声を掛けた。
「二人を守れって言ったのは貴方ですー 」
カツラを取った男が女口調、口を尖らせて言うものの……
事態の深刻さ重さはきっと茜だけが理解しないままだった。
男の娘は元々裏稼業の人。 それはにゃーちゃんと男の娘だけしか知らない話。
ここで蒸し返すことも無いわけで、今の男の娘は、巨乳ゴスロリ娘と前髪パッツンゆるふわカール貧乳ギャルのナイトだ。
にゃーちゃんが留守の間、彼女達を守っていた彼がどういう風に感じたかは知らない。
そもそもある日の出来事で命すらなかったかもしれない状況。
にゃーちゃんに身を引き取られた男の娘だ。
売れない作家という建前が男にはあるものの、売れない作家御殿には似つかわしくない物を彼は持っている。
謎ばかりの男の背景そこを置いても、男の娘も詩穂も恩を感じて生きている。
そんな大義を仇で返す事に成ろうと、感謝の気持ちも刃に代えて男を倒そうと二人は覚悟した。
茜だけが非現実、この空間を理解しないまま。 ゲームは進んでいくだけ、茜を浮上させる切っ掛けが無く二人だけが緊迫し重圧に苦む。
「りー、ち? 」
単純に茜の捨て牌から怪しい牌を、詩穂も男の娘も打ち込み数順せず、男の娘は茜に8000点支払った。
「じぶ、ん、も頑張る、も、んね? 」
既に無垢な笑顔を見ても二人は焦りしか生まれないまま……
にゃーちゃんをラスにして、茜を二着にすることを考え胃を握り潰されながら苦しんだ。
「誰が為に鐘は鳴るってやつさ…… 」
にゃーちゃんが寂しそうに言うと手牌を伏せた。
詩穂の麻雀は人間観察の為だけに教えられた。 守りの強い麻雀だったが切り替えて攻撃しなければならない状況に胸が苦しい。
「もうこんなのいらない! 」
気合を入れたかったのか、巨乳を演出するための、胸の中に入れていたタオルを投げ出して詩穂は決意表明した。
そのタオルが男の娘の頭に不時着した瞬間、詩穂は脊髄反射でタオルを引き戻しキレた。
「あんたに渡そうとしたんじゃないからね! 」
顔真っ赤にそう言うと、左頬を引っ叩かれた男の娘が頬を押さえた。
「別にあんたに興味なんてないしー 」
その答えはそれでムカついたが、叩いてごめんねとも思い、どうして良いか解らない状況に陥ってしまう。
「まあ、そういうやり取りも暫く無くなるさ…… 」
手牌を伏せたまま、にゃーちゃんがリーチを打ち込む。
詩穂は12000点を作り上げてる状態、これがチャンスだった。
「にゃーちゃん! 」
彼を呼んだ瞬間、詩穂は千点棒をテーブルに投げて右手で首の根元から髪を払い上げた。
「あたしの我儘でごめんなさい! 」
にゃーちゃんが置いた牌を詩穂は捕らえた。
16000点を決めてにゃーちゃんがラストでゲームが終わった。
男の娘は少し厳しい状況で、にゃーちゃんよりトップへ行くには、茜も詩穂も希望が持てる形。
そう思えたこのゲーム以外は、ただの消化試合で絶望と別れの決定のみが肩に圧し掛かるだけだった……

「努力も一生懸命も、した人間にしか解らない…… 」
それを評価するのも自分自身ではないよ。 懲役三年の実刑判決を受けた犯罪者が一ヶ月や二ヶ月服役しただけで罪は償えたと犯罪者が言って良いのかい?
答えはノーだよ、そこを決めるのは当事者ではないからね……
なぜそこに気付けないのだろうね?
裏切ることを過去も未来にもしてはいけないのさ……
作り上げられた世界や価値観。 僕らは猿山で生活している猿ではないんだ……
まあこれは僕の価値観かな……

地獄の入り口はここからすぐだった。

「けーや 」
君と会ったあの日もこんな雰囲気だったのかな?
右手でお絞りを男の娘に渡すと、それを受け取りメイクを拭った。
「はは、イケメンってやつだね 」
男は扇子を開いては閉じて男の娘を見た。
「あの日のことは忘れませんよ。 でも今俺は彼女たちを守らなきゃ 」
俺と言う自分を指す言葉に詩穂は初めて聞いたし、男の娘を見る限りにゃーちゃんがすると言ったことが絶対なのは変わらないと感じた。
右半身を晒して卓上に着く、男の娘だった青年と巨乳娘に貧乳ギャル……
黒い浴衣姿の男は扇子を開いては閉じて音を立てては静かに笑みを見せた。
ここからは僕が贈る、君達への切ない思い出だ。
「僕の親からだね 」
そういうと静かにゲームは始まる。
「けーや 」
配牌を取ると男の娘に話すにゃーちゃん。
「お前は優し過ぎるから、目先の感情でぶれてしまうんだ 」
一回目も二回目も何度も二人から上れたんじゃないのかな?
麻雀は不思議なものでさ、弱い相手を庇いながらゲームを続けることが実力以上に難しいんだよ。
二人を守ると言うのが本当の意味で考えられたのなら、先ず自分が取れるトップを捨てたらいけないんじゃないかな?

「……」

花笠の盆へ君が乗り込んできた日、君は友達を救う為、腕に覚えのある麻雀で僕の前に来たんだったね。
僕からしたら良い迷惑さ、まさか君が腕一本掛けているなんて、漫画の世界の戯言でしか無かったからね……
腕を落とされる所を見ても良いと思ったよ。 でもそんな降らない、友情の末路なんて漫画の中だけで僕は満足さ……
だから君を貰うことにした。 後はただ知る通り断捨離ってやつだ、君の不必要を僕が規制して君の生き方を僕が押し付けた。
暴走族上がりの暴力団で幹部だっけ? 十代のエネルギーからしたら不思議とエリートコースなのかな……
野良犬が何の骨かも解らない物を銜えて吠えている気がしたよ。 月に向かって吠えるバカな犬さ……
その世界が全てだったんだ、恥じることじゃない。 うん、恥じることでは無いけれど、君は僕の為に生きてくれている。 だからこそ君は今日を以って、優しさの結末を見届けて貰おうと思うんだ。

「ツモだよ 」
にゃーちゃんが扇子を開いては閉じて音を合図に手牌を倒した。
先ずは6000オールで幕を開けた、むしろ幕は閉じている事に男の娘は気付いていた。
「けーや 」
君の実力なら一人は救えたかもしれない。 解るだろう? 三人僕より上へ押し上げること、駆け上がることの難しさが……
「俺は今の生き方が好きだ。 あんたの優しさは理解されないことが多い。 でも俺は!あんたの諸刃の刃に傷付いたとしても、倒れないし死ぬまで友達でいるよ 」
だから今俺があんたに歯向かうことも、二人に何も残せなくても俺のやり方で二人を守ると決めた!
半端はねえよ、あの日俺は帰る場所も無くしたままこの世界に生きているんだから。
にゃーちゃんが扇子を開いては閉じて数順、退屈そうに手牌を倒すと4000と100オールで三人が点数を削られた。
尚も男は扇子を閉じて中央のボタンを押すと男の娘に話した。
「いつも僕を支えてくれてありがとう 」
僕ら人間はさ、動物なのは間違いない……
じゃあ人と猿は何処が違うんだい?
この世界は何を中心に回るのさ?
依存する世界の果てに僕は全てを無くしてきた。
君は仲間に依存したんじゃない、自己の強さに依存して、現実を見なくなった化け物だった。 悪のヒーローだったよ、つまらない物事から逃げ出したくて、君は助けを求めてきた仲間を判断しなかった。
見えていることだけで全てを判断して自身の強さに疑問を持たなかった。
この世界には最も強い人間なんて者はいないのさ……
それはもう解るだろう?
二人を君が救う事は、麻雀じゃなくても良かったんじゃないかな?
どれだけ何を伝えようとしても、末期癌の患者を診るように、医者が投げてしまう事もあるんだ。
僕もその一人だったし彼女もまたそうなのさ。

「信じてあげることだって道はあるだろう! 」

どうかな? 君がそう言っても、相手からしたら良い迷惑。
どれだけ向き合っても逃げ出すだけで、問題を解決しようとしない人もいる。
だからただ、その人は相手を信じて生きれば良いものを、依存の海の底まで落ちた人間は思考を止めて繰り返すだけさ。
「ツモ…… 」
4200オール……
もう一方通行の道しか残されていないまま、何も出来ない状況だけが進む。
「けーや…… 」
扇子を開いては閉じて音を鳴らす男は続けた。
全てを無くしても、依存する世界へ戻る人間はどうするんだい?
向き合う事は疲れるだけで、相手はどれだけ苦しんでる姿を見せても響かないんだよ。
それでもなお君は諦めない心が在るのかい?
何を言ってあげても、答えは無言の日々が続くだけ。
二、三日前に言った事が覆される日々が続くのさ……
精神はその対象者から周りに感染して、その苦しみは形に変わり関わる者を引き摺り込むんだ。 蝕まれる時間は長く苦しめる……
当の本人はそれすら感じないまま、今まで通りの日常を繰り返すだけさ。
そしてそれが物凄く苦しい世界に変わるのは置いていかれた人間だけ……
つまりは君達二人だけなのさ……
それでも抗うかな……
「りー、ち? 」
この流れで茜が押してきた。 男の娘に出来るのは彼女の点数を底上げ、自分が消えることだけ。 ミスは許されない状況下、心の不安はピークのまま動きを止める。
一息に茜の当たり牌と思う場所を卓上に置いた。
「ろ、ん? 」
12000点を男の娘は支払って、トータルプラスが狙えない位置に自分を沈めゲームは終わった。
「あんたが言うのは誰も解らない世界の果てだよ。 そうしても解らない人なんているに決まってる! 」
にゃーちゃんは動揺することなく扇子を開いては閉じて言う。
「その優しさで傷付いたとしても、君は自分だけが悪いと思えるのだろう? 」
残酷にも男の娘はここで終わった。
心なんて苦しいものは男には無いのかもしれない……
茜が賽を振ったところでにゃーちゃんが親を取るだけで、見えない決まった啓示がそのまま流れてくるのを詩穂は感じた。
「けーやはもう二人にばら撒くだけしかないね 」
扇子を開いては閉じて繰り返す男は、躊躇う事無く四回戦を開始した。
「シフォン 」
君と会ったあの日の公園も、ここまでの成り行きは想像出来なかったかな?
「ち、い? 」
茜だけがにゃーちゃんを倒そうと、出来ることを自分なりにもがいている。
「にゃーちゃん…… 」
詩穂と茜に見える勝ち上がりが遠く霞んだ先で、希望が持てる状況は無かった。
「この数日間は楽しめたかい? 」
何度も繰り返される牌を持ってきては切る作業を秒速で男は終わらせる。
「にゃーちゃん! 」
詩穂はにゃーちゃんの何処に抗えば良いのか、答えは出せないまま感情だけが先に走り名前を呼ぶことだけが先行してしまう。
「シフォン 」
 君もけーやも優しさを履き違えている、そこをぬるま湯のように浸からせると人は勘違いしてしまうからね……
約束事と言うのは即ち倫理観。 人間とは何か? を考える一つさ……
一度了解したのなら完結しなければいけない。 やらなければいけない事を自己都合でやらない理由に摩り替えてはいけない事など今の歳になれば解るものだろう?
つまりは責任だよ。
そこでだ、駄目なものは駄目だと言ってあげることもまた友達の役目で……
気付かせる為にどれだけ向き合えるかが、愛情というものになるんじゃないかな?
嘘を付いたり、隠したり、誰かを傷つけてまで続ける事の異常さを感じてこれたはずだ。この人変わってるな? その一言で終わらせるには全てが足りないままの人間関係でし
か無いだろう? 伝わるかな?
そこで終わって見守るつもりの行動と言うのは、共に共存するだけの行為で誰の為にもならないのさ…… 解らないかい?
僕らが出会ったあの日は、君のどん底だったかもしれないね。
だが今日この日にまた変わるのさ……
何かが終わることによってね……

 「ツモだよ 」
8000オールを当然のように引きあがる。
 残された道が細く蜘蛛の糸で紡がれたほど不安定なもので、首を絞められて酸素を吸い上げるほど深く溜息する詩穂だった。
 「諦めないし、あたしは今日までのことを反省もしている。 明日からあたしは変わるから! 」

明日やろうは、馬鹿野郎って台詞を何処かで聞いたことがあるよ。
シフォン? 気付けたのは大きい、だけど気付かないままで逃げている人もいる。
僕と向き合う為に今があるんじゃないんだ。
気付けるかい? 今この場にある時間は誰の為の時間で、誰と向き合わなければいけないかを考えな?
僕が言うことはさ、僕といるのなら家のことはやれということ、毎日深く考えろということ。 あとは勉強しなさいだったかな……

 「ちゃんとやってるし、あたしは嫌いな勉強も、何故毎日しなきゃいけないか考えちゃうけどしてるもん。 なのに答えは出ないし悩んじゃうときもある 」
 そう食いついたものの、打ち込んだ牌をにゃーちゃんが笑った。 

 「麻雀と一緒だよ 」
 それは僕の当たり牌だ、だけど今僕が自分で上がるよ。

 「ツモ…… 」
 ネット麻雀で言うなら、チート展開の最強な流れの中。 にゃーちゃんは4100オールを上がり、そのまま続くゲームは逆らえない流れの中でしかなかった。

 「じゃあ、誰が何を救うつもりで僕らは今があるのかな? 」
世界中の全ての人が幸せでありますようにと願うのは簡単な事だ。
だが悲しいほどそれは上辺だけの薄っぺらい願い事さ。
僕らがこうしている間に中国あたりでは、子供達が汚染水を川から汲み上げて飲んでいたり、ジャカルタなんかでは永遠とも知れないダイオキシンにまみれた産廃工場が燃え続けていたりとね。
目を背けては通れない同じ時間軸の中で、人々は苦しみもがいて一生懸命生きている。
この世界のある国では趣味だと思うことに夢中になり過ぎて、その行為が体の一部だと公言する人もいるんだよ。
世界を気にかけろと言うのではない。 僕らは僕らで向き合わなければいけない人と人の繋がりがあるんじゃないのかい?
シフォン? 君の友達は世界のどこに生きているのかな?
この国が生んだサブカル的な流行や情報操作の中。 それが正しいと思い込み、異常な精神状態に気付けないだけの何か病的な者になっていないのかな?
「にゃーちゃん! 」
詩穂はそれしか言わないまま……
「終わりだよ 」
にゃーちゃんが8200オールを上がって一方的なゲームは幕を閉じようとする。
最終局で茜も詩穂も望みは薄い。
何も間を開けることなく賽を振る男だけが寂しそうに笑っていた。
4700点を三人が持つ中。 このゲームも終わりと男に告げられ、敗戦濃厚のままゲームは進められる。
「シフォン、逢う魔が時さ 」
夕闇に差し掛かるその狭間に魑魅魍魎と出会う時。
今君の立たされている舞台そのものだよ。 君は誰と出会っているんだい?
「にゃーちゃんが意味のないことをしないのは解ってる! でも何だって正しいとは限らないと教えてくれた。 いつだって、にゃーちゃんが教えてくれたことは後から解る時の方が多い。 そんなの今更解ってるよ! 」
感情的な詩穂に対して、男は微動だにせず。
牌を持ってきては切る……
ただそれだけ……
男の娘の右半身に潜んだ竜が男を睨む。
それが意味を成さぬ事。 息せぬ作り物に動じることなく、悲しさと寂しさが交差する絶望の時間が部屋に張り付いた。
「ぽ、ん? 」
字牌を手にした茜。 この状況でまだ足掻く独りぼっちが、伝えられない思いと相手との実力差の中諦めないように見えた。
徹底して詩穂も男の娘も字牌を抱えて、茜のサポートに回ることを決意する。
「にゃーちゃん…… あたしはにゃーちゃんが教えてくれたこと、解ってないかもしれない 」
一緒に住み始めたころ、偶然出会った友達と話し込んで夜中まで公園を出歩いた。
何度も心配になるから帰れと、言われていたのにあたしは帰らなかった。
知らない男の人が近づいて来たときに、あたしはやっと意味を理解して心の中でごめんなさいした。
あの時、にゃーちゃんが迎えに来てくれるタイミングが少しでも遅かったなら、あたしか友達は駄目だったと思う。
あたしの中でにゃーちゃんはヒーローなんだ!
「お陰で僕は警察のお世話になったけどね…… 」
金属音が鳴り、扇子を開いては閉じてを繰り返す男は無表情のまま話を聞いた。
「だからあたしが悪いのも、この場所が望んだ場所ではないことも解ってるのに…… 」
にゃーちゃんの行動や気配に気をつけながら詩穂は字牌を打ち込んだ。
「ぽ、ん? 」
茜は役満を目指している。 その距離が遠く感じるものの男の娘は希望を見た。
瞬間、男の娘も字牌を打って出る。
「ぽ、ん? 」
茜は静かに筒子を置いて少し笑った。
間違いなく茜は攻撃できる最大の形を作り上げて待っている。
ここから誰もが男と茜の一騎打ちを邪魔しないようにゲームを見守ることになった。
そこはただ地獄の中、一筋の光を見上げる場面。
緊張感のない男だけが変わらずノータイムで牌を切り出す。
「シフォン? どれほど伝えても、どれ程行動しても、壊れた人間は築いた関係も捨てて行くんだ…… 」
君の逢う魔が時に出くわした魑魅魍魎とは僕だと思うのかな……
彼女の待ちはね…… 筒子で間違いないよ。
役満が見えるとするなら【大三元】だけかな…… くだらないね。
ネット麻雀でも一点で読める間の出来方だった。
「リーチだよ 」
にゃーちゃんが左手で裾を捲り、右手で千点棒をテーブル中央に置いた。
間違いなく全員が次で終わると感じた。
「俺はさ? あんたの思うこと今一解らないわ。 だけど誰にも見えない先を見て行動してるとも感じるのよ 」
男の娘は少し考えて手牌を見ている。
「俺だってあんたほどじゃないけど、彼女の待ちくらい読んでみせる 」
見開いた瞳の先に落とした牌を茜が応えた。
「ろ、ん? 大三元 」
まさかの男の娘の自殺行為で点数は跳ね上がり、次のゲーム茜がトップ、にゃーちゃんが死亡してラストなら勝てる位置につけた。
「なぜ今足掻くかな…… 」
男は扇子を開いては閉じて、悲しそうに笑顔を作るだけだった。
茜がまたも賽を振ると、流れが変わったのか詩穂の親でゲームは始まる。
この場はもう茜とにゃーちゃんが切り合う場所。 詩穂と男の娘が許されるのは自身が死なないように男の体力を削りつつ、茜をトップに押し込むだけ。
一対一の綱渡りをサポートするのみだ。
「茶畑さん、君は己を知っているかい? 」
心の中のお話さ…… 御伽噺と思い、聞いてくれても良いんだ。
独りぼっちは楽しいかい?
傍に居てくれる人をどう思い、この期間を過ごせてきたのかな?
「………… 」
学校の文化祭でクラスのユニフォームが一枚余ったことがあるね?
これ誰の? と誰かが聞いた時さ、無言でその手に持たれたユニフォームを取りに行ったんだ。

心の中では何を思うんだ?

アニメやゲームで忘れられる時間、一日の大半はそう過ごしては、楽しいと思い込んで現実を忘れた。
いや見たくなかったんだろうね。 そして無くしたんだ。
本来付き合いから学ばなければいけないことも、家族が気付いて君に言わなければいけないことも、全てが君と共依存する余り深く君の精神はどこかへ飛んだのだろう?
卒業旅行も行かないまま、ずっと部屋で趣味と思い込む事に落ちては楽しいと思うことに染まったね。
それは何でかな?

一匹狼かっけー! って奴かい?

乾いた木材の割れる音が響いた。
金属音が鳴る……
男が扇子を開いては閉じて話すだけのゲーム。 茜はただ沈黙、それが茜の守り方。
「にゃーちゃん! あたしがいるし、茜ちゃはひとりぼっちぢゃない! 」
感情的なまま、詩穂は腰を浮かせてテーブル中央へ千点棒を置いた。
「リーチ! 」
尖った歯を見せてにゃーちゃんを見た詩穂。
男の娘はにゃーちゃんの動きに警戒しながらゲームから避難する。
「遅い…… 詩穂が思う全てが 」
ノータイムで詩穂のことなどどうでも良いようにゲームを進める。
「ずっと、一緒、だ、もん、ね? 」
茜がコミュ障全開で言うまま、詩穂はテーブルに手を伸ばした。
「うん! あたし達は最初で最後の友達だよ! 」
少し尖った音を立て、詩穂は手牌を倒す。
「4000オール 」
最終的に茜をトップにしなければいけない中、男の体力を削ったことだけはでかい。
「詩穂、さ、ん。じぶ、ん、ずっと、一緒に、いる、よ? 」
その言葉を素直に信じて詩穂はニヤけたい……
目の前に居るラスボスがそうさせない空気を感じさせて、怖くなりテーブル向かいの茜に飛びついた。
「ごめんね! 茜ちゃ…… 茜ちゃは悪くないもん 」
初めて目的通り飛び込んで抱き締めあえた。
詩穂が震えた理由を茜が感じたかは解らない……
それでも震えは止まり、茜がはっきり言った。
「詩穂さんがいれば無敵だよ! 」
数週間一緒に居たが初めて聞いた心の声だとこの場の人間がそう思った。
詩穂の両肩から背中へ手を回す茜。
「うん、うん! 」
背中を押された気持ち。 詩穂を立ち上がらせる姿を見て男の娘は視界が解らないほど泣いた。 メイクを落とした顔に、そして女物の浴衣。
右半身だけ刺青を曝け出した男の娘は、泣き所にバットを打ち込まれた般若の顔で悶絶した。
「絶対勝つよ! 」
金髪に近い茶髪を右手で払い、席に着く詩穂は気合を入れなおした。
その顔は恋人を守る覚悟のように凛々しく強い表情。
「過ぎ去りし情熱と解っているものの…… 付き合おうかな…… 」
対して男は寂しい笑みを見せるだけ、彼女達のやり取りを快く思わない素振りだ。
男の娘は泣き止めないまま、鼻を啜っては一人で色々拭っていた。
それを鬱陶しい目で見ながら、にゃーちゃんがお絞りで顔を拭く。
「付き合わせて悪いね 」
この男一人の行動で三人が心の中、世界の終わりを感じている。
なのに意味が解らない怖さだけ残った。
「僕はさ…… 無くしたいわけでも突き放したいわけでもないのさ 」
扇子を開いては閉じて音を立てる男は、尚も進むゲームの中言葉を投げた。
「卒業アルバムかな…… 」
独りぼっちだった誰かのために、アルバム製作委員の娘達は君と記念撮影するね。
私達の学校生活に独りぼっちで過ごした残念な生徒は居ませんでした。
そういう嘘の記録で永遠に残る余計なお世話さ……
だが誰が見ても何も知らなかった人達は思うのさ。
このクラスに独りぼっちの地味娘でヲタクの気持ち悪い生き物は居なかった。
仲良しで素敵なクラス、それこそが虚飾のエデンだ……
じゃあ聞こう、君は何者でどんな人だったかをだ!
本当は独りぼっちが好きなわけでも、コミュニケーション障害を理由にして一人で居たかったわけでもないのさ。
アニメやゲームで人間関係の在り方を理想立てては恋焦がれ憧れていた。
本当の自分なんて受け入れてもらえない。 誰にも自分の価値観など解るはずもない。
そう自分にとってプライドが傷つかない方へ、自分を納得させては物事から人付き合いから逃げただけの弱虫さ。
敢えて僕は君の心に刻んであげよう。 嫌われてあげよう。
一生心の傷になるほど深い傷を残してあげよう……
そこから学びなさい、君は全てに出遅れてしまった。
飛ぶことを躊躇い怖がる一匹の巣立ちを迎えた雛だから……

「じ、ぶ、ん…… 友達、な、んて、いらない 」
「それでは、また全てが矛盾するだろうに…… 」
「にゃーちゃん! 茜ちゃを虐めないで! あたしが悪いの! 」

「二人とも気付かないで終わるつもりかい? 」
扇子を開いては閉じて音を立てる男は言う。
全てを無くすんだ、時間も物も人でさえも……
金だろうが、物だろうがいつかは回復できる……
無くしてはいけない人だから、そこに到達して無くす前に気付くことが大事だ。
シフォンが悪い? それもあるだろうさ……
趣味が体の一部だと言う。 それも悪だ、毎日がルーチンワークではない。
毎日を退屈させるのは己の捉え方思考の浅さ……
毎日勉強して何が大事か解らない? 必要じゃない?
そこに辿り着いて台詞をほざいて良い人は、やる事をやり遂げた人以外ならない。
世の中金じゃない?
それは金を持った事のある人間が言って良い事、貧困の中でしか生きたことない人が言うことじゃない。
学歴もそうさ、生活に安定を求めたがる人間もそうだ。
年間何千社と会社が潰れる危機にあるのに、社会に安定など在るものか……
それら真贋を見極めること。 考える事の権利を、今の世代の君達は持っている。
そしてそれらが判断出来ない社会に構築したのは僕ら以上の大人さ……
では無くしてはいけないものは何だった? 答えは今見つかるかもしれない、そうじゃないかもしれない。
見つかったその場に、誰を残せるんだい?
「ツモだよ 」
1000、2000。
100点付けで男は体力を回復し、絶望が見えて答え探しもままならないまま。
茜とにゃーちゃんの潰し合いが続く。
「僕以上に大人という世代が作った闇へようこそ 」
男は言った。 感情が感じられることなど無いままに……
部屋の明かりはそのまま。 だが視界は暗く映りだすほどに闇に包まれる。
「俺は、あんたの思考の足元にも辿り着けてはいない 」
自身を俺という男の娘は、第一打から卓上に音を立てた。
牌の音が乾いて天井に木霊すると男の娘は言った。
「皆が皆、あんたのように強くはない! 」
にゃーちゃんの生き方は零か一でしかない……
瞬間の美学を確かに持って生きていることは男の娘も詩穂も解っている。
ただ毎日を憂いに包まれたような生き方をしていては、何処か放ってはおけないカリスマが男にはあった。
まるで麻薬のように一度手をつけてしまえば、手放すことが怖くなるほど男は破滅的であり…… 解る人にしか解らない依存的な優しさがあった。
男の全てはまるでサイコパスという危険人物のように心理の隙間に染みてくる。 それなのに男は相手の未来ばかりに捕らわれては、相手を生かそうとする刹那主義者だ。
付き合いも長い男の娘は、そこを止める事も変えることも出来ないまま最後までいようと決めて今日があった。
悲しいほどに残酷。 エンディングから始まった糞映画を見せられる様に今在る。
「だからごめんねって言っているだろう 」
そう言いノータイムで切られた牌を今度は男の娘が捕らえた
「12000! (ハネマン! ) 」
開いた扇子を閉じて、差して何も感じないはずの男が少し驚いた。
「そこで山を越す度胸は流石だね 」
当たり牌は茜も詩穂も出していた。 動じることなく男の娘は茜に賽を振るように言う。
「左8(ひだりっぱ)! 」
「僕の山が崩されたら悪戯もしにくいな…… 」
にゃーちゃんがそう言うも、自分のためにイカサマしている形跡は無かった。
男の娘が見ていたイカサマは、詩穂の攻撃をサポートしたり、茜の役満を上がらせるためにイカサマしたくらいだ。
同じ世界の住人を警戒するくらいは平和ボケなどしていない。 男の娘は自分の眼を、価値観を信じて、ゲームの見届け人を勤めていた。
次のゲームで動きを見せたのは茜だった。
「どう、したって、駄目、な、ものは、だ、め、じゃん ? 」
「それを言い切るには早過ぎるし、無さ過ぎるだろう? 」
茜は水泳部だった。 途中の活動までは挫折することなくレギュラーを勤めるも、後から来た後輩に抜かれては諦めてマネージャーになることを選んだ。
努力をしたところで才能ある人と戦っても勝てないし惨めなだけだ。
それが努力をしないきっかけの一つで、逃げる為に編み出した正当化だった。
悔しくて涙しながら甲子園の砂を拾い集める人間の気持ちなど解りはしない。
それは今もそのはずで、変化を怖いとどこかで思う茜は、楽な道へ逃げては自分を守るということで正義の刃を振りかざすだけだ。
そんな茜に大物手が入った。
「りー、ち? 」
背水の陣を決めたわけではない、これ以上向き合うことが茜に怖かっただけ。 自分で考えて行動することも、恐怖というものも不安というものも向き合えないままだ。
「僕と少しお話しようか? 」
そう言うと静かに男もテーブルに千点棒を置いた。
男の娘は思った、これはブラフだ!
今の切り出しを見ると攻撃する準備は終わってないはず。
なのに何故この局面で動いた?

「君の生き方が正解だとしよう 」

それはどれだけの人間を殺すのか? 解るかな? 依然話した通り人に優劣などほぼ無いのさ……
その小さな差を埋めるのは才能じゃない……
君はこう言っても才能だと言うだろう?
だが才能で全てが決まると言うなら、君の持つ才能はなんだい?
そこが全てなら逃げる事無く言えるだろうに……
追い討ちをするようだけど言おうか?
これからシフォンも君も、友達も出来るだろうし、恋人も出来るだろう。
でもね? この大事な瞬間に気付けないまま、諦め続けると全てが無くなるんだ。
向き合ってくれた人すら無くすし、騙されては意味のないことを繰り返す。 堕ちるとこまで堕ちるということを、わざわざ体験してから気付かなくても良いのではないかな?
君の両親は、君が趣味と思う事までを否定しなかったね? それが共に依存するという行為だとしても、向き合わないままいつかどこかで気付いて。
娘を信じるという上辺だけの正当化で、逃げ道を歩いた人達だと気付けないかな?
誰かがどうにかしてくれるじゃない。 気付かなければいけない時ではないのかな?
「ろ、ん? 」
にゃーちゃんが放った牌を12000点で切り込んだ茜がいた。
これでにゃーちゃんの点数は300点。
理想の展開に近付いたにも関わらず、茜の親権利を守りながら戦えるのか?
男の娘は不安を隠せなかった。
茜が右手を伸ばしたテーブル中央のボタンを押して賽を振る。

「君はいつまでそう生きるんだい? 」

親に言われた事は守る。 素直な良い娘を演じてはいるものの、親に言われた事で自分が妥協出来る所を探しては、それだけを聞く操り人形だろ?
悪いとは言わないよ、大海を知らない蛙はいるものさ……
君の世界は嘘だらけで自分すら見失う、現実的に言うなら白昼夢ってやつさ……

「あえてリーチ出来ると言おうかな…… 」
あまりにも早すぎて危険すぎた。
残り点数は僅かではあるものの、男の行動は解らな過ぎて恐怖だった。
「ツモ 」
1000、2000。 引き上がると、そのまま無感情で賽を振った。
4600点持ちの男は気にもせず会話を続ける。
「どう言えば解ってくれるかな? 答えは単純だ、認めたくないだけ 」
君は依存する世界だけが正しくて、本当は嘘を直す気も無いし見極められない。
自分の都合にあった甘い言葉を信じる振りしては欲求を満たすだけの壊れた人間さ……
己を知るが良い…… 取るに足りない人間性の嘘と隠し事でまみれた。
異常な世界の中でね…… それはもう歪んだ宗教でしかないのさ。
「にゃーちゃん! にゃーちゃん! 」
それしか言えないまま心が折れた詩穂は、二人の邪魔をしないだけの案山子になる。
「自分の、こ、とは、だ、れ、も、りか、い出来、ない? 」
茜は自分の価値観も心理も誰も理解など出来ないと牙を見せる。
むなしくも悲しい何かを見るように男は言った。
「違うね…… 」
理解しているからこそ、今日までがあったんだ。 それにも関わらず、途中で投げ出したり不満しか漏らさないのは君だろう?
君が破った約束も、隠し事も原因は君自身に満ちた自覚無い悪意の中でしかない。
君が何で認められない? 解ってくれない? を感じると同様に、周りも苦しんでいるのを気付くのが大事だったんじゃないかな?

「己を知れよ 」

すごく乾いた言葉だった。

「ツモ 」

6000、12000……

麻雀で言う最高級の上がりよりも難しい、トリプルという三倍満を男が上がった。
死神に振り下ろされた鎌のように切り口鋭く、血が噴出すには感じるよりも遅いのか早いのか、切れたのか切り落とされたのか誰も解らないほど鮮やかだった……
抗う誰かは卓上に言葉を書き漏らす。
「俺が族の頃にさ? 」
男の娘が話し出す、それはもう絶望の中認めたくは無い時間の先延ばしでしかない。
それは解ってはいるものの……
口を閉ざさず言った。
「旗持ちの後輩がさ…… 」
薬に手を出したよ。
俺達は気付いた時に止めろって何度も止めた。
最後は大きな橋から蝶々になって海面に腹を打ち付けて死んだんだよ。
あの時、止めることが出来たなら俺の人生も少しはマシだった……
だけど止め方なんて解りはしなかったし、何を言ったところで会話にもならなかった。
じゃあ、どうしたらいい?
本気でそいつを止めたはずなのに、そいつの都合の悪い全ての物事は黙ったまま……
もうどういう風に接していても止まらないチキンランだ。
俺があの時、どうすれば良かったのか解らない。
そいつが全てを無くした後、俺達は解散したよ…… その後だったかな?
悩んだ後輩が潰れて借金増やして俺のところに来て花笠の盆で決着をつけようとして、俺は腕一本持って行かれる所だった。
「あんたなら救えたんじゃないか? 」
それを考えては相談したかった。 終わってしまった時間の取り戻しつかない決着だけど、答えを聞きたかったんだよ。
何で人間は考えたら解る事にも、間違いを選択する奴がいるんだよ。
俺には解らないし、あの日の夜から俺は生きることの意味を見出せないままだ。

「僕にも無理だよ 」

僕だって今まで向き合った人間もいた。
それでも伝わらないまま過ぎ去った人もいる。
理解なんて出来なかったさ、病人だよ彼らは……
そこに向き合うには心も体さえもやられる……
蝕んだ何処かの誰かはそれにすら考える余地など無いまま。
西へ東へと人を求めては壊れていくばかりさ……
鬱病ってあるだろ? あれは伝染る(うつる)んだよ。
間違いなく健常者まで巻き込んでは蝕む負のスパイラルさ。
僕を強いと言うのは僕を知らないだけなんだ。
何故なら、僕もそんな人間に殺された一人だし、一生を背負う十字架も一人で押し付けられた。
相手は依存症の末期患者で回避性人格障害そのものさ。
今頃自分のしたことなど忘れて、猿山の猿のように繁殖活動を繰り返しては、狂気の世界で幸せを思い込んでいるさ……
誰しもが同じ価値観の元に生まれ育つ人ではないんだ。
僕は完全無欠のヒーローでもなければ、最強最悪のヒールでもない。
ただの猿でしかないよ。
「不思議なものだね 」
麻雀というのは年も男女も関係なく、打てる人が心を見せることが出来る世界だ。
四人の向き合いの中、自分勝手に終わる人も、まあ周りを考える人も様々にゲームは作られる。
サッカーで言うところ、ゲームメイクと言うかな?
それらを上手く操作する人間までいるのだから、変化ないゲーム性のまま長く愛される事もわかるよ。
じゃあ変化しないことが正義だろうか?
それは解釈次第さ……
ゲーム性が変わらず続く麻雀もテーブルは時代で変化している。
今でこそ自動で配牌まで浮き上がるシステムのものもあるんだ。
根底が変わらなくも愛され続けることも在るんだ。
この麻雀は君たちへ贈る葬送麻雀さ……

「寝る時間が迫っているよ 」

絶望と共に茜が打ち込んだ牌をにゃーちゃんが……

「おやすみなさい、子供は寝なさい 」

都会から離れたこの場所は穏やかに木々が朝を告げてくれる。
昨夜の出来事は予想の域を出る事無く、にゃーちゃんが勝ち越した。
旅行疲れもあって、麻雀の後、私達は泣き疲れた子供のように眠ったんだ。
あたしは…… 何が出来て、何をしなきゃいけなかったんだろう。
「お、は、よ? 」
両手を伸ばして胸を張るグラビア級の茜ちゃ…… 今日もあたしの天使は何事も無いように起きてくれた。
「おはよう 」
あたしたちの隣の部屋は、にゃーちゃん達が寝てる。 それを起こさないように着替えて旅館を出たんだ。
浴衣で石段を歩いて上って、頂上の神社にゴールした。 あたし達は二人でせーのって振り返って景色を眺めたんだ。 決してあたし達が住む街では見ることが出来ない風景を、雀やカラスしかいない朝の神社の中……
二人で見たんだ。
「詩、穂、さ、ん? 」
茜ちゃがあたしの手を強く握って、少し間を開けた後。
あたしの左頬に感じたこと無い感覚を覚えたよ。
「全部、は、じ、めて、だ、もん、ね? 」
あたしは何をされたか解っていたのに、それを認めてしまうと気を失うんじゃないか?
そう思う感触が思考を止めたんだ。
「最初、で、さ、いご、だよ? 」
ここが神社なのは間違いなく、だけどあたしの頭は白い教会が鐘を鳴らしている。
うん、もう茜ちゃと一生いなければ!
「あたしだってずっとそう思うよ 」
そう返すことが、あたしの精一杯の背伸びだったよ。
一緒に引いたおみくじが、洒落ではなくて今日も凶だったけど……
茜ちゃ? あたしは茜ちゃを愛しているんだ、きっと……
「メイクに時間かかったですー 」
聞き慣れたあの声が階段下から聞こえるから、あいつが来たんだってすぐ解ったよ。
にゃーちゃんは酔いが覚めてないから、あたし達の所に来たと言って三人でロープウェイを目指したんだ。
その景色もまた、茜ちゃが撮るインスタントカメラでポラロイドが出る度に夢中ではしゃいだね?
田舎の景色と言うか、あたし達が普段見ることが許されない世界の景色。
どれだけ多くて発見が在るかを、繋いだ手を離さないまま……
共有出来ているとあたしは思っていた。
「自分、今ま、で、旅行とかも、した、こ、と、ない、も、んね? 」
全部初めてであたしが茜ちゃの全部初めての人になれたことが、あたしの幸せの景色や形を素敵な色に染め上げた。
一人邪魔者は居たけど、さっきから散歩がてら、あたし達が食べ残すものを食べてくれるのは助かったしね。
歩き疲れてお腹が空きだした頃、にゃーちゃんが着替え終わっていて旅館の前で扇いであたし達を待っていたんだ。
「お昼行こうよ 」
昨日の事(麻雀)に触れる事無くにゃーちゃんが車を回して、地元で有名なうどん屋さんに着くと、本物の味というのをあたしは知った。
そういうお昼だったんだ。
「ふぉお! 」
茜の驚きが見て取れるそのお店は純和風の檜造りの家屋だった。
水の流れる細やかな音だけが辺りを包むのと、囲む山が一層雰囲気を醸している。
「凄いですー 」
胸の前で両手を組むと、男の娘は食べ歩き続けていたにも関わらず、一目散にお店へ入っていく。
我先にとはならないまま、にゃーちゃんを先頭に格式高いと思えるお店へ入店した。
それぞれが頼んだメニューを一口と摘まんでは美味しいを連呼する男の娘は、自分だけ三人前頼んでいるのが呆れる光景だ。
「席外すね 」
にゃーちゃんは席を外しがちなまま、三人は美味しい昼食を食べては記念撮影して喜んだ。
「あの人、油で酔ってるですー 」
ざまあという顔を見せ男の娘は、にゃーちゃんの天麩羅まで手をつけては平らげた。
「にゃーちゃん…… 」
詩穂は心配するも、にゃーちゃんが好きなものを食べてるときに、そのまま美味しかったと言うことが無いことを思い出しては少し笑った。
食が細いというか食事が遅い茜は味を堪能し、新鮮な魚を丸飲みして喜ぶ水鳥のように笑顔を見せては口へ運ぶ姿だった。
「気持ち悪い…… 」
青ざめたにゃーちゃんは自分の食事を平らげた男の娘に何も言うことはなく、このままテンションの上がらない中年になった。
お店を出て町へ戻った頃には、にゃーちゃんはお酒を求めて何処かへ消えた。
温泉街を三人は散歩して、茜が射的をやりたいと言うものの詩穂は止める。
男の娘が食べたいと言うものを詩穂は制限し、温泉街を堪能しては笑顔でそのものを楽しめた。
アニメの登場人物に成りきっては三人ではしゃぐ中、時間が過ぎるのが思ってる以上に早く…… 今夜も部屋に戻ることになった。
その夕闇が三人にどう映ったのかは解らないまま、豪華な食事が並べられたテーブルに天井を見上げて呆れ果てる男が扇子を扇いでいた……
「残したら怒るからね…… 」
もう聞き慣れた台詞は無視だ。
「い、ただ、き、ま、す 」
本当に美味しく楽しく思い出になった。
海老の取り合いも、お刺身の取り合いも。
茜が食べたい物を確保する一幕も全部が楽しかった。
今夜が終わってしまえば、帰ることになることが物凄く寂しいと思っていた。
夏休みが終わる前日の、子供の頃の日を詩穂は思い出していたんだろう……
旅の終わりを惜しみながら親しんだ部屋へ帰ってきた。
遊び疲れた旅人の三人は運転する男をよそに高速を降りる頃には、眠っていて帰ってきたことも解らないまま到着したのかもしれない。
重い体を引きずるように詩穂も茜もお風呂へ直行。 思い出話を楽しんだ後、二人は眠りについた。

終電がまだある頃合い、茜は詩穂を起こさないように、細心注意して部屋を降りるところ。
「お疲れ様…… 送って行くから車に乗りな 」
今日茜がそうする事を予想していたのか、それとも解っていたのか…… 男の声に声を出す事無く、茜は車に乗り込んだ。
「詩穂と仲良くしてくれてありがとう 」
「別に…… 」
茜は男と視線を合わせる事無く、俯いて口を閉ざした。
男は出て行くことの理由も聞くことは無く車の鍵を回す。

「このまま無言で帰るのは、僕が心苦しいから、戯言を聞いてもらって良いかな 」

君は今日までの時間は辛い事しかなかったかい?
生きていく上で辛い事も楽しい事も、大なり小なりあると思うんだ。

 「そうだな…… 」

男は視線を茜に合わせないまま話をした。
ある人の心の中は大きな山々に囲まれた人工物で加工されたダムなんだ。
知識というもの、好きな事ばかりを不必要にまで溜め込むダムさ。 それを管理する人は数人しかいないね、表面上亀裂が無いか壊れる危険が無いのかだけを気にする人だけさ。
その水質や溜め込んでいる量が本当に問題が無いのかまでは考えないのさ。
ダムはそうだな…… 抱えきれない水量になると水を吐きる捨てるだけなのかな。
その下流で生活している人達の危険も不安も気にかける事なくね……

「…… 」

興味など無い、全てを奪おうとする人間の話など……

「裸の王様さ…… 」

馬鹿には見えない服だと言われ、大層立派な生地で出来たといわれる服を、ありもしない物に拘り下着姿で得意気。
城から出ては価値観を押し付けて、誰にも見ることは出来ない大層立派な何かを王様は見せて歩くのさ。

「僕は子供だからね 」

当然何で王様は裸なのか聞いてしまう。
言われた王様は顔真っ赤さ、誰一人として、自分の間違いを気付かせてくれる人などいないのだから……
確立した固定観念や価値観の全てを否定したいんじゃないよ。
裸なのかどうかそれだけさ、僕が言う事はね……

「知らない、興味も無い 」

茜は、ただ視線を合わせる事無く、何を言われているかも考える事もしないまま、俯いて会話を終わらせるだけの返事をする。
男は叩けども感触の得られないサンドバッグを感じながらも叩く場所を探したのかもしれない。

「アニメやゲームでは定番だね、こんな展開がある 」

一人の勇者は伝説の剣を手に取って、絶対的な悪と戦うんだ。
大きく振りかざした剣は、悪を切り裂くことが出来ないまま。
勇者は何度も傷ついて倒れるのさ……
仲間達はそれでも勇者を信じ支え、勇者は何度も立ち上がり、最後に悪を倒すことが出来る。
予め決められた予定調和を走らせただけの物語なのかな?
ファンタジー溢れたこういう話をさ? 現実に置き換えてみたらこうさ。
今日までの世界で言おう。
僕は君にとって魔王と言った所かな……
君は主人公で勇者さ、仲間はそうだな……
君の正義の剣が呪われた剣だと言ってあげることが出来ないままの仲間達だ。
その伝説の剣で無敵だと思っていた世界の中は、ただ君を含めた全てを呪いで縛り苦しめる。
気付く事は出来たはずだ。
そして、立ち上がることもね……

「知らない…… 」

何を言われているか、どうでもいい話をする男が面倒だった。
一人で帰れば良かったとすら思う。 深夜に一人帰すことの危険性を考えた上で、この時間に帰る事を変えないだろうと考えた男が、何も無いように車を出して送ってくれていることにすら茜は気付く事もないし考えない。
余計なお世話でしかないまま、茜の住む部屋の前に車は静かに止まった。
「見えているものだけ、聞こえてくる表面上だけ 」

全てが判断できると思い込むには勉強が足りないんじゃないかな……
君が取った行動は誰かを傷つけて不幸にするだけさ。
君が傷ついていることも解った上で、その先を見てくれて向き合った人がいたことを忘れてしまうんだ。

「…… 」
俯いて黙るだけの茜を、男は見ないまま最後に言う。
「これを君に渡したいんだ、ただのゴミさ…… 」

捨ててくれても構わない。
最後に聞いてほしいのさ、僕には左手の親指に傷があるんだ。
僕が愛したその人も、同じ場所に傷を持っていた。
これは見えている部分だけのお話だ。
二人は向き合うことに苦しみ悩むほど問題は大きく。
最後は向き合うことも無いまま。 いなくなってしまった。
何かがある度に、その人に思い出を返したんだ。
思い出という絆から、その人が何をしてしまったか考えてもらえるように……

「嘘や隠し事が多い人でね 」

僕は向き合うことの勇気が無くなってしまい、相手の本当が解らなくなってしまった。
答えを探しているんだ…… 見つかるはずの無い答えをね……

 「知らない…… 」
車を降りてしまえば良いだけなのに……
茜はその話も最後まで聞くだけは聞いた。
そして荷物を持った右腕を離さないまま、茜は左手で男から二つのリングを受け取った。
「君の今日までの思い出や記念にしてくれても良い。 捨ててくれても構わないよ 」

人と向き合うことは疲れてしまうね……
僕は向き合うことをしないから、こういう生き方になってしまったのさ。
君たちは若い、若いから言われていることが解らないという大人がいるけどね。
答えは違うんだ、解らないという若い人がいるだけさ。
今日までの世界を捨てて君がどう生きても、傷つく人がいて苦しんで生きることになる人がいる。
そう言わせてもらおうかな……

「帰りなさい 」

そして還る場所を探しなさい。
向き合ってくれる人を大事に思える日が来なさい。

健やかなる時も病めるときも、富めるときも貧しいときもってやつさ。

君だけが世の中苦しんで生きているわけではないことに、早く気付いて自分が何者か考える強さを持ちなさい。

「お、く、って、くれ、て…… 」

ありがとうは言えないまま、浅く頭を下げてマンションの中へ茜は消えた。
翌日詩穂が激しい感情の、混乱の中へ堕ちることを茜は考えたのか解らないまま。
部屋に着くと詩穂へメールした。

自分は…… 帰ってきてもベッドにそのまま、ぼふって飛び込めない……
部屋は無菌室のように思う、神聖でなければいけない所……
だから外から帰ってきたらまずお風呂、好きな事をして過ごす。
昔に戻るだけだ、簡単じゃないか。
コミュ障の自分は、もう治らない。 一匹狼かっけーってなってからは中二病を患った。
確かに友達と思う人も少なかったし、独りぼっちが長いけど。
自分にはアニメもゲームも、麻雀もあって毎日が楽しいんだ。
なのに全てを取り上げてくる。 あの人は、理解できない。
社会に出たら、今している勉強の殆どなんて役に立ちもしないのに……
する意味なんて無いじゃないか……
時間の無駄だ、だから好きな事をして何が悪いんだ?
誰にも迷惑かけていない、自分はまともだ……
おかしいのはあなたでしょう?

左手に握った掌の指輪を眺めて、茜は詩穂にメールした。
左手の親指に傷があるんだ……
男の言った言葉を思い出して、自分の左手の親指に傷があることを茜は思い出した。
「こんなのは偶然じゃん 」
そして、さよならを言わないまま、詩穂と茜は完全にお別れした。

目が覚めた詩穂は、寂しい夢でも見ていたように泣いて目が覚めた。
「あたし、何で泣いてんだ? 」
右手で目を擦りながら、部屋の空気が違うことに気付く。
 完結した物語の最後のページを読み終わった如く、理解のまま視界が暗くなった。
 「茜ちゃ……? 」
解っているのに名前を呼びたくなった。
ガラスのテーブルに置かれた自分の携帯を詩穂は見た。
そこには茜が帰ること、茜は体の一部と思うことを捨てられないということが書いてあった。
「な、んで…… 」
詩穂の頭は混乱の中、後頭部の毛細血管があちこちで音を鳴らして切れていくような感覚に襲われた。
不思議と叫ぶようなこともなく、冷静に携帯を読み進めている。

【 趣味と思うことは、自分の体の一部だ、だから捨てられない 】
【 空気を吸うように嘘をついてしまう 】
【 中二病を患ってから自分はコミュ障だし治らない 】
【 部屋に着いて昔の自分と、今の自分が重なった。 それは永遠って事で素敵だと思った 】
【 絶対幸せになってね 】

頭で理解出来る言葉はこれくらいで、どこから何の話をしたかったのか……
言いたい事がきっとこうなんだろうと想像しては、文章を頭の中で作り替えると、一時間ほどテーブルと向き合って固まった。

茜ちゃは、自分で禁止されると解って麻雀したんじゃなかったの?
でも、体の一部と思うくらい好きな事だから捨てられないって事?
あたしの事は捨てちゃうんだ……
幸せになってね? って……

何度見直しても茜の本当が見えなかった。
会って話をしたら良いのかも、電話して話したら良いかも解らない。
メールの内容が理解できなかった……
焦点が何処にも合わせられないまま。 詩穂はお店へ降りてにゃーちゃんを探した。
「にゃーちゃん…… 」
 カウンターにいた男に話しかけた。 気付いた男の娘はカウンターを交代してくれた。
 「遅いね、全てが…… 」
小さく笑うと、男は飲み物を用意してテーブルに置く。
昨日まで置かれた数と違うことが寂しくて堪らない瞬間。
声を上げる事は無く詩穂は泣いた。
ゴール地点に張られたテープをトップで切り離す行為とは真逆に、いつまでもゴールの見えない闇の中を走り続けなければいけない不安に襲われて泣いていた。
「約束を守らないのは何でかな? 」
にゃーちゃんがグラスを拭きながら静かに話した。
「嘘や隠し事は何でかな? 」

全てが悪いとか、僕の言うことを聞かないから駄目と言うんじゃないんだ。
悪い事をしてしまったなら、どう償うか考えたり、次こそしないぞと思ったりね。
相手に理由や責任を求めるよりも、多くは自分の中に原因は在るものさ……

「うん、今解ってる 」
地に着かない足をぶらぶらさせる事無く、詩穂は涙を拭かないままにゃーちゃんの話を聞いている。
「シフォン? 」

友達や恋人、家族が麻薬中毒者だったらどうするって話、あれは止めるかい?
依存症や人格障害という心の病気を持つ人は、非常に不安定な中で生きている。
今日言った発言は明日や明後日になれば覆されるし、言った本人もまたどれが本当か解ってないかもしれないよ。
まあ誰しも心に病的な何かを持っているだろうし、僕だってそうさ。
だから気付かせてくれる人も大事だし、自分を知る事や気付くという事は難しいね。
シフォンは何で腕を傷つけることを止めたんだい?

「にゃーちゃんが、あたしを救ってくれたから 」
「違うよ、自分で気付いたから止めたんだよ 」

救ってくれたと言うね?
だけどここに身を置く事も逃げ出す事も、手首を切る事も切らない事も。
シフォンの意思即ち選択だろう?
僕は切っ掛けを与えただけじゃないのかな?
そして自分の中に答えを出せてはいても、周りのお陰にしてしまっている時も在るんじゃないかな?
それが良い事でも悪い事であってもね……

「にゃーちゃん…… 」
「シフォンの好きなようにやってみたら良い。 絶望しかないと思うけどね 」
救ってくれる言葉なんて無かった。
あたしの今日一日はあたしを見てくれない人との向き合いだけだった。
出されたテーブルの飲み物を少しずつ、気持ちを整理するように飲み干して、詩穂は着替えた。
いつもカラコンを装備して、メイクに30分かけるギャルはラフな格好のまま、お店にまた降りた。
「茜ちゃに会いに行ってくるね 」
詩穂は終わらせる気はなかった、にゃーちゃんが絶望しか待ってないと言うのに受け入れたくなかった。
「シフォン? 一生に一度だよ 」

一生に一度とか、一生のお願いとか、言葉は姿を変えて言い方を変えては人々を惑わせたり虜にするのさ。
良いかい? この日この時間この場所も、一生に一度だ。
簡単だろう? 意識をした日、全てが一生に一度という日になりうるのさ……
それを判断つかない人間は、運命的な何かを結びつけては間違いを残す。
今日この日に何があろうとしても、シフォンが選んで行動した。
向き合ってきなさい。逢う魔が時もまだ終わってないのかもしれないね……

「帰る場所はこいつがいるからね 」
「いてあげるですー 」
ツインテールの黒髪男の娘のメイド服……
いつもなら犬猿の仲をアピール出来たはずなのに詩穂はそれでも泣いた。
本当に悲しかった。 寂しかった。 自分だけがこんな気持ちになるなんて不公平だとも思った。
それでも詩穂は泣きながら、最寄の駅を目指している。
誰にも頼れない二人だけの問題が最初で最後に始まる日。
真夏の太陽は涙を隠すようにそれ以上にも取れるほど人々を暑くさせた。

茜の住む街へ詩穂は着いた。
電車に乗っている最中、何度も携帯を取ってはメールしようか電話しようか悩んでは止めた。
茜が住んでる近所まで辿り着いて決した。

【 茜ちゃに会いたいから近くまで来たの、お話出来ないかな? 】

心臓は重く動いてるのが解るだけで、鈍く苦しい時間が長かった。
両手で携帯を包み込んで近くの公園の椅子に座り込んだ。
返信が来ようが来なかろうが、今この時間が苦しくて吐きそうになるほど小さい胸も頭の中も苦しかった。
長く感じた時間はそれ程でもなく返信は来た。

【 何処に行けば良いですか? 】

 近くの公園にいることを告げると、会いに来ると返信があった。
心の中は不安しかなかった。 こうまでして何を話せば良いかも解らなかったし、混乱の中苦しみと悲しみしか無かった。
それから尚悩むこと10分程で、赤と黒のゴスロリ姿で身を包んだ茜が、日傘を差して向かってきた。
その姿はまるで詩穂の事を気にかけてきた様子もなく、詩穂が悩んで苦しんだ時間など気に掛けないような歩み寄りだった。
「茜ちゃ…… 」
姿を見つけるなり詩穂は名前を呼びたくなった……
詩穂はジーパンにティーシャツ姿でノーメイク。
茜はいつも通りのゴスロリ姿で異世界に舞い降りた感覚にすら似たものが頭の中で連想させた。
正直、それが詩穂は怖かった……
昨日までの茜を感じる事が出来ないほどに、他人行儀に感じてしまう歩き方を感じる。
「詩穂さ、ん? 暑く、ないの? 」
話し方はいつも通りなのに、既に話す順番が違うだろ!?
と思う詩穂に対して、茜は日傘の下に詩穂を入れた。
そのまま隣に座ると、茜は口開くことは無く、詩穂も何から話せば良いのか解らないほど距離を感じて恐怖心が強くなった。
この間、詩穂は熱さを感じさせないほど、今在る空気間のおぞましさに耐えられなかった。
何も言えない時間が過ぎる……
口火を切ったのは茜だった。 それは凄く的外れで、どうしてその言葉から始まったのか、詩穂は理解できないまま茜は話した。
「自分の、服、装は、武装な、んです、よ? 」
意志の弱い奴に見られたくないから、こうやってゴスロリ衣装に武装してる。
自分は本当は口も悪くて、いつもは普通を装ってるだけ。 深く考えるのは苦手で、頭が痛くなるし、自分のしたい事はしないと気が済まないんです。
「…… 」
黙るしかなかった……
炎天下の日差しに照らされた。 日傘を差した影絵の中は混乱して固まった一人と、何を言い出したか解っているのか疑いたい状況で動くことはなかった。
 一生に一度と言う、にゃーちゃんの言葉と、絶望しか待ってないと言われた言葉を同時に思い出す瞬間。 詩穂は茜に向き合うことを決めた。
 座った椅子の上で両手を強く握った詩穂は茜を見て話した。
 「茜ちゃ…… いなくならないでほしいの 」
 顔を見たものの茜は俯いたまま、詩穂を見る事は無かった。
そのまま俯いて茜は言った。
「自分…… 体の一部と、お、も、う、事、捨て、ら、れな、い? 」
驚愕したのは詩穂。
まさに今、詩穂の事は捨てられるけど趣味は捨てられないと言われた。
解らなかった。 何がここまでさせるのか?
そもそもが人って何なんだろう? とすら考えても浅い程、あっさり捨てられた気がした。 尚も向き合おうと恐怖心を押さえつけて話を返す。
「茜ちゃ…… 茜ちゃは何で、にゃーちゃんに禁止って言われたか解る? かな 」
詩穂こそ全部なんて解かっていなかった。
説き伏せるには無理があることも解っていたけど、まず本題に入らないと話が進まない事は既に解っていた。
「じ、ぶ、んの事、は、誰、に、も、解って、もら、え、ない? 」
少し間を開けた返事は、意味が解らないやり取りの始まりでしかなかった。
止めるといったのは茜であって、誰がという話ではなかったはずなのに……
まず茜が言うことは、不思議な茜の自己満足エピソードから、自己完結シナリオへと向かっていたのは解る。
「茜ちゃ…… にゃーちゃんが言う事は意味があると思うんだ 」
会話のキャッチボールにならないまま。
詩穂もまず言わなければいけない事を言ってみた。
その台詞と同時に茜は答えた。
「知らないし、ど、う、で、も、良い、です 」
我儘というか、自己中というか、子供というか捉え所無く、理解し難い台詞に詩穂は夏の暑さを感じないほどに凍りつく。
詩穂は、無くしたくない絆を確かめるように言葉を選んでは続けるしかなかった。
「茜ちゃ……? あたしがいたら無敵って言ってくれたよね? 」
「…… 」
「あの神社で何で茜ちゃは、してくれたの? 」
「…… 」
「茜ちゃ、一生側にいてくれるって言ったよね? 」
「…… 」
全て反応は無言のまま。 リアクションもなく茜の文字通り……
無言の抵抗が詩穂を襲うだけだった。
既にこの会話のやり取りは一時間ほど過ぎていて、無言の暴力にすら当てはめられるほど会話は難航したまま苦しく辛い無反応が続く。
詩穂は辛いというよりも、無言で抵抗する茜が怖かった。
昨日まで恋人なんじゃなかろうか? と勘違いできるほどお互い仲が良かったと思っていたのに……
趣味品から一切手を引けと告げられた茜は、心を閉ざした人間に変わった。
ここまで人って一瞬で変わるのか?
疑いたくなるほど感覚の違いと、意識の違いが本気で怖くて、詩穂も何を言えば良いのか解らなくなった。
暫くまた黙り、一生に一度を思い出した詩穂は抵抗する。
「にゃーちゃんが言うことは意味があると思うんだ。 それはあたし達の事含めてだよ? 」
「何だって、良い、です 」
茜はもう何を言っても、自分の趣味は捨てないという意思だけ示す。
もう狂った時間の羊と狼でしかなかった。
詩穂は口を開けば傷つくだけ、茜は自分の趣味と思う事を守るだけ。
誰が正しいとかではなく、お互いの正義を振りかざしては、その正義の剣でお互いを斬りつけては傷つけあう時間が更に続いた。
苦しい…… 約束を守らないのは茜でも、それが何で悪いのか?
嘘や隠し事が人を傷つけるのが解らせてあげられない。
詩穂は自分に苦しんだ。 そんな時間も茜は感じないように言った。
「自分、も、う、他人と、深く、かか、わら、ないです。 誰も、信じられ、な、い 」
何故そう言われるのか詩穂には解らなかった。 真夏の日差しが肌を焼いてるはずの時間も肌寒くさえ感じるほど恐怖した。
顔にそれが出てしまうのではないか?
詩穂は自信無いまま茜と話を続けるしかなかった……

「あたしは茜ちゃを無くしたくないのに、何でそんなに趣味と思う事にこだわるの? 」
にゃーちゃんが言うように、暫くそれから遠ざかっても良いんじゃないの?
だって普通の人とは違うほど拘りすぎだよ…… 趣味なんでしょ?
約束事を守らないから、嘘ついたり隠したりしたから、試合に負けて禁止を言い渡されたんだよ。
暫く反省の意味も込めて……

「知らない、で、す 」
詩穂が話を言い切る前に遮断してまで、茜は知らないと言う……
そこまでして趣味と思うことを捨てたくない、自分のしたい事はすると言い出している茜を詩穂は怖いと思うまま。
立ち向かう事、向き合う事の自分の無力さに自信を無くし心が折れていた。
どう話しても駄目なだけじゃん……
詩穂は思うまま、思い出を辿る事にした……
詩穂だけが夏の暑さなど感じないまま。
時間が過ぎていくだけの空間が公園の一角に存在だけしていた。
詩穂は自分の無力さに本気で悩んで言葉を探す。
考えれば茜は一緒にいる間。
学校のやらなければいけないこと以外は、全てゲームして時間を過ごしていた。
にゃーちゃんが最初に言った事は、勉強も家の事も自分でやりなさい。
夕食は男の娘が作ってくれていた。 それだけだった。
そもそものやり取りが、にゃーちゃんの逆燐に触れたと言うより……
にゃーちゃんはそもそもこうなる事が解り切っていて、あたし達に課題というか宿題というのか出していたのかもしれない……
そこに今更気付いても、もう遅いことが今までのやり取りで解っている。
尚も諦めたくは無いまま、無駄と感じる時間の過ぎる残酷だけが詩穂を支配していた。

「茜ちゃ…… 結局、茜ちゃはどうしたいのかな? 」
「…… 」 

あたしたち二人とも悪かった部分はあると思うんだ。
それはにゃーちゃんとの約束事を、守らなかったり隠したり嘘ついたりね……
それが、にゃーちゃんが言う何かしらの問題だとしたら二人で頑張ったり出来ないかな?

「…… 」
茜はもう答える意思など無かった。
これは茜の意思表示、決別の時のまま覆される事は無いままだ。
「茜ちゃ…… 」
それでも詩穂は、茜の良心を信じたかった。
「にゃーちゃんは暫く禁止って言うだけで、永遠に禁止って話じゃないと思うの! 」
そんな言い訳どうでも良い茜は言う。
「それは、自分、に、は、かん、け、いない、で、しょ、う? 」
黒いレースの日傘を回転させて、俯いたまま吐き捨てた。
詩穂はもう駄目かもしれないと、終わってる物事に対してまだ希望を探した。
「二人でこの後、努力して一生懸命やったら許してくれる日が来ると思うし! 」
その可能性は充分にあったはずだ。
何故なら二人は楽しいを優先するばかりで、全てを堕落したから制裁された。
「努力って、な、に、か、な? 」
「一、生懸、命、って、何? 」
もう何処から諭せば良いのか、詩穂には解らない返しの言葉だった。
怖いとかではなく、言葉の通じない人との会話を今している事を意識した。
「茜ちゃ…… 」
涙をする場面ではないことは、詩穂が解っている事なのに、どうする事も考えられないまま、涙が意思とは反して溢れた。
気付いた…… この人と歩み寄るのは不可能だと……
自分の好きなことをしたいと言うのは、本気で他人の気持ちなど考えてくれはしない。
欲望に忠実な、盛りのついた動物と同じように欲求を解放するだけの生き物だと……
それが凄く悲しいまま、全身に鳥肌が立ち吐き気に襲われた。
それでもまだ諦めたくない詩穂は、足りない頭をフル回転させて言葉を探した。
その間、茜は俯いたまま黙ってやり過ごす姿勢と、詩穂がどんな気持ちか考える素振りなど見せなかった。
絶望しか待ってないと言われた言葉を、詩穂は思い出して否定した。
 「茜ちゃ…… ? 」
にゃーちゃんが麻雀して、茜ちゃを叩きのめしたりするのは、あたしも解らなかったんだ……
いつもなら面倒臭そうに構ってくれるだけで適当にあしらって終わらせる人なのに……
今回までずっと怖い人でいた。
その意味は今だから少しだけ…… 少しだけね?
解る気がするんだ。
あの人は茜ちゃに何かを伝えたくて……
全てをゼロにしようとしたのかもしれないって……
その何かはあたしには解らないよ。 あの人の考えている事なんて解らないもん。
あたしはにゃーちゃんが好きだ! 誰にも渡さない、あたしだけのヒーローなんだ。
そう思っては夜這いすらしたことあるのに、あたしはまだ新品なんだ……
笑われても良いし、恥ずかしいとは思わないの。
だってあたしは、あの人以外もう見えないし、見る気もしないからね……
だから茜ちゃを、あたしの部屋に連れてきた日、不安にもなった。
にゃーちゃんが言った。 努力した先の世界は努力した人しか解らないとか。
何だかんだ色々言ってたけど、あたし達はそういう全てから、眼を背けてはクールを気取っていただけの人なんじゃないかなって……

「…… 」
茜は聞いてるのか、興味がないのか、諦めたのか解らない無言のマネキン……
それでしかなかった……

「茜ちゃ? 聞いてよ! 」
あたしだって別に友達なんて少ないし、茜ちゃが大事で今話してるの!
何で何も答えてくれないの!
暑苦しいのは嫌とか、格好つけたくないとか解るよ。 解るけど今日この日、この場所、この時間は、一生に一度しか来ないんじゃないの?

「…… 」
茜はもう諦めて、感情を見せない何かになった。
というよりこの展開全てが、自分の中の物語の一ページに過ぎないまま。
つまり、あの時はこんな事あったな? 程度の振り返る出来事でしかなかった。

「茜ちゃ! 何でそこまで物や行為にすがるの? 」
あたしがいると言うことじゃ駄目なの?
なにがそこまでさせるの?
今日この日絶望しか待ってないと、にゃーちゃんが言った。
「茜ちゃも言ってた。 詩穂さんがいたら無敵だって! 」
あたしが茜ちゃ守るし!
これからずっといるもん!
だから茜ちゃ…… 今は、約束事守ったり嘘をついたりするのお互い止めようよ……

椅子から立ち上がり、茜の瞳を直視できないまま…… 両手は拳を握り締め、ただ人という漢字をなぞるように詩穂は目を閉じて強く言った。

「すい、ま、せ、んで、した 」
数秒後、茜が言った一言は、詩穂の心を折るというよりは再起不能にするほど深く貫かれた刺殺行為でしかなかった。
一緒に頑張るとか、一生懸命になるとかそう言った事が茜は出来ないという結論だった。
詩穂は言葉を受け取ったと同時に、全てがセピア色の風景に変わり…… 日傘を差して何処かへ帰っていく茜を、スローモーションで見送る無様を体験した。
その位置から体を動かせる事も無く立ち尽くしたまま……
声を上げる事は一切無く詩穂は号泣して苦しんだ。
心の中は待って! 待って! そう繰り返しているはずなのに……
壊れた人間に声を掛ける強さも勇気も詩穂には無くなっていた。
これで完全に二人がいたら無敵という、嘘も暴かれてお互いが全てを無くした夏が終わった。 詩穂は力無く、目の前の椅子に座り込んで枯れるまで涙した。
その事を茜は知らないし、全てを奪われるくらいならどうでも良かったから……
詩穂だけが泣いて椅子に座り込んでいる。
セピア色の風景に茜の後姿……
涙は拭かないまま公園の一角に詩穂は固まった。
やがて雲行きも詩穂の心を映すように黒く重い空模様に変わり、多くの涙を流すように傘を持たない女の子を包んだ。
「傘…… 持ってこなかったな 」
視界の先は一メートルも見えない中、椅子から立ち上がり何処へ向かえば良いのか解らないまま。
「あー びしょ濡れですー 」
メイド服の男の娘が傘を差しながら、詩穂の元へ歩いてきた。
男の娘は詩穂を見て傘を差しても意味が無いのを見ると、自分の傘も閉じてしまい雨に打たれた。

「こういう日が来てしまっても、僕は何もしてあげられないから 」
だから今は一緒にこの雨の中にいるんですー

「全然嬉しくなんてないよ…… でもね 」
びしょ濡れのまま…… 詩穂はおでこを、男の娘の胸に乗せてやっぱり泣いた。
声を出して泣くのは卑怯だ。 いつもそう思ってた。
ただの構ってちゃんだって、そう思うから声を出して傷ついてますってアピールできなかった。
初めて弱い自分で泣いた……
声を出して泣いてしまった。
「寂しいよ…… 」
胸に置かれた詩穂の頭は地面に向かってそう言った。
どろどろに流されたメイク顔の男の娘は真っ黒な雲を見上げてカツラが地面に着地した。
「雨のせいですー 」
自前の髪を両手でかきあげると、男の娘はそのまま顔を拭った。
詩穂がカツラを拾おうと手を伸ばすと、その付近に手紙が落ちていたのが解った。

詩穂さんへ

滲んだ文字があるものの、読めなくは無い手紙……
開いて読むのも怖かった。

【自分は大切な物を一個しか持てない】
【趣味を禁止と言われた時、自分の中で答えは出ていた】
【性格や人格があの人の理想にならないと駄目だと思う】
【若い内にしか出来ない事をしたい】
【最初で最後です、真ん中も…… 】

依存するための理由が書かれているだけの手紙にキーホルダーが入れてあっただけ。
どう読み取ろうが書かれた内容からは、自分が趣味と思う事を邪魔するな、止めてくれるなと書かれているだけ、周りの感情なんてどうでも良かった。
雨はその文字を一層滲ませて、読み返すには厳しい象形文字へと変わった。

努力するとか一生懸命って何?
そんなことしても才能のある人に追い抜かれては惨めなまま。
自分は嫌なことがあったら、のらりくらりと逃げてきた。
今日までずっとそうだったし、これから先もそうやっていく。
誰にも迷惑なんて掛けてない、趣味は自分の体の一部だ、捨てられるわけ無い。

降りしきる雨が手紙の記憶と記録を破壊した。
立ち尽くしたまま、男の娘は詩穂の肩を叩く。
「帰りましょ! 美味しいご飯食べるんですー 」
うんとは言えなかった。
気持ちの整理なんてつかないのに、足は不思議と公園を出ることを決めていた。
にゃーちゃんの車が公園を出た先に、運転席の感情を伝えないまま二人を待っていた。
びしょ濡れのまま、後部座席に男の娘と乗り込んだ。
その座席にはバスタオルが置かれていて、それを理由に頭からフードのように被った。

「会えたかい? 」

逢う魔が時ってこの事だったんだ、何を言っても全部無言だった……
どうしていいか解らなかった、何が本当で何を信じたら良いか解らなかった。
「あたしの全部無くなった…… 」

「そう、ではここからどうするんだい? 」

「にゃーちゃん……」
努力するとか一生懸命って何?
解らなくなっちゃったよ、そんな事しなくても生きていけるって言われた。

「麻薬中毒者みたいな台詞だね…… 」
それが正論だとしても、そこが生きる理由になると言うのは、依存するための正論じゃないかな?
確かにこの国は、努力しないままでも生きてはいけるよ。
麻薬と変わらない程の強烈な依存性在る物で溢れかえった世の中だ。
努力しろ、一生懸命になれと強制したいわけじゃないよ。
廃人ではないのかな? 依存し尽くして、全てを壊して自分だけが生きる人。
それは非ず人に近いだけの生き物だね。
先の世界を見たこと無い人が、それを笑う人でいる。
結果が出ないまま、諦めた人は更に笑われる。
人って残酷だ、弱い人間が更に弱い人間を殺しにかかる。
生きていることに意味なんて無いのかもしれないよ。
だからこそ向き合わなければいけない時が、人によって来るのではないかな?
気付くということは難しいことだ。 気付かせてあげることもね……
努力も一生懸命も諦めてはいけない一つの道なだけ。
あの人は努力した、この人は一生懸命だと決めるのは自身ではなく周りだから……
健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時もって奴だね……
言葉の表面上、行動の表面上だけで判断するしか出来ない人も多い。
それら全ての人を救えるなんてない。
ある種、趣味と言うのはその人の宗教のようなものだ。
難しいよ、落ちていくことは簡単すぎて楽だから……

「諦めて無くても、どう言っても伝わらなかった 」
あの無言は怖すぎたよ。 ホラー映画とかの作り物じゃなかった。
会話の何処までも繋がること無かったもん。

「そうね…… 」
今日までの世界が破滅したのは僕らに力が無かった。 それで良い。
シフォンはもう少し勉強しないとね。 独りになる人間に手を差し伸べる多くは愛情じゃないんだよ。
利用するためさ、周りに相談できる場所が無い人間ほど、手を差し伸べる人間を愛したくなるからね。
独りというのは楽なようで危険しかないんだよ。
本気で愛してくれる人がいたとするね。
後は泥沼さ…… 笑ってしまうほどの地獄しか待っていない。
価値観の違いという言葉を武器にして、お互いの正義を振りかざす。
依存してる物事が原因で喧嘩を始めても、いつの間にかすり替わるのさ。
あんたが悪い! あんたがおかしい!
愛情なんてものが無ければ、そんな独りの人を傷つけたり悩ませたりせず、都合よく使って捨てるだけなのにね。
向き合った人は捨てられて、捨てた人間は自分だけを愛して生きるのかな……
人と向き合うというのは難しい、どれだけ必死に訴えても相手が麻痺していたら尚更だ。
「無くして気付くこともあるからね 」

部屋に着いた後もあたしは、ずっと今日までを考えていた。
あたしの携帯に入っている写真も、沢山の思い出も見てしまうと苦しいだけで、頭の中で血管が切れる感覚と聞こえるはずの無い音が響くんだ。
蝉の抜け殻のように、パリパリに乾燥して握ってしまえば壊れるくらい脆いまま。
不安定なこの心は、茜ちゃが本当はこうなんじゃないか?
そんな事を美化して思い込んで、茜ちゃを責めれないまま苦しんだよ。
一生懸命って何?
それはあたしだって解らないし、茜ちゃが言った努力も一生懸命も無理と言う事や無駄と思う理由も頭の中では解っているけど……
それらを無かったことにしたり、嘘をついたり、隠したりすることが正解にも思えなくなって、今までが何だったのか振り返って頭や肩が重くなった。
にゃーちゃんが他人の相容れない部分を、どれだけ理解して気付かせるかが大事と言っていたけど。
どんなセラピストだって、あんな風に無言で時間をやり過ごされたら心なんか壊れるに決まってる
あたしは麻雀が好きだけど、止めなきゃいけないなら止めようって思える。
それが他の趣味だって、誰かが傷つくだけの快楽でしかないなら、あたしは捨てなければいけないと思えると思う……
独りぼっちの時間、好きな事だけを繰り返すと、こういう人間になるとかそんな事を教訓にしたいわけじゃない。
寂しいし悲しいだけだ。

茜ちゃ…… 茜ちゃの好きな事はもう麻薬と一緒だ。
あたしには止められなかったし、あたしでは価値すら無かったんだって解る。
あたしはにゃーちゃんが言う世界の住人だ。
だから、にゃーちゃんが何をするか考えた。
でも、にゃーちゃんはきっと、下らないと思う人間と関わろうともしない……

毎日沢山二人で写真を撮ったよね?
沢山お出かけして、沢山食べて遊んだね。
あたしの一生の思い出をアルバムと絵本にして茜ちゃに贈るだけ。
それしか出来なかった。
帰ってきてよ。 気付いてよって……
もう何も反応なんて無かったね。

決めたよ。

あたしが努力や一生懸命の先に何があるか教えてあげる。
それが茜ちゃに届かなくても、あたしが生きる道を努力しよう……

あたしプロになるよ。

うん…… ずれてるだけ、意味なんて無いかもしれないよ。
だけどね? 諦めて逃げる人にならない事で、見える世界を変えてやるんだ。
だからおやすみなさい。
凄く悲しいおやすみなさいを茜ちゃ……
茜ちゃだけにあげるから……

さようなら

「蝉は一週間で死ぬんだって…… 人は80年とか生きるんだって。 あたし達はその間、ずっと一緒に居られるよね? 」

ガラステーブルを挟んで会話した時の言葉を思い出して、詩穂は一生分泣いた……

愛してるって……

人間って?

なんだろうね……

ありがとう
 さようなら

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